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第6話

全部、きみのせい。 5
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2019/01/06 08:57
周りがざわざわし始めた。
あぁ、そろそろ時間なんだ。

やっぱり2人は戻ってこない。てことは、これはそういうこと、なんだよなぁ。
分かりたくても、嫌だと思う。美涼、大丈夫かな…



















ツリー越しの空に向かって息を吐いた。

白い息の向こう側、
ツリーの星が静かに輝き出した。
御影 悠(みかげゆう)
御影 悠(みかげゆう)
あーあ…
周りの男女が抱き合い始めた。
私はほぼ息だけの声で呟いた。無意識だった。
御影 悠(みかげゆう)
御影 悠(みかげゆう)
ついちゃった…
新野 正流(にいのただる)
新野 正流(にいのただる)
悠…!
同時に正流が私を呼んだ。振り向いて目を合わせても、彼は何も言わなかった。あ、と呟いて眉を下げて目をそらされた。
御影 悠(みかげゆう)
御影 悠(みかげゆう)
二人、戻ってこなかったね。
はは…は…
私の声は人混みの中にすっと吸い込まれて、あっという間にその響きを失った。

空を見上げると、瞳に張り付いたオリオン座が涙に濡れてかすかに揺れた。
その光は、ツリーの星よりも眩しかった。





























2人は戻らない。それはわかっていた。どういう結末だろうと、快には私は邪魔になってしまう。
わかってる。だから、駅に向かって足を進めた。正流は黙って後ろを歩いてくれた。決して隣を歩かない正流の足音が、人混みから離れるにつれてくっきりと耳に届いてきた。

またたくさんの人がいるところにいるのが辛くて、一駅分歩いた。耳に届くのは、ジリジリと鳴る古い街灯の錆びたような音と、離れ、また重なり合う二人の足音だけだった。
御影 悠(みかげゆう)
御影 悠(みかげゆう)
次は、電車、乗ろっか。
…ごめんね。
人気のない駅の改札の前で、正流を見ずに呟いた。正流は定期を通して、優柔不断な私よりも先に改札を通ってくれた。そんな正流の背中を追いかけて、私は切符を買った。



数分も待たないうちに電車が来た。意外と人は少なかったけれど、座らずに立っていることにした。
手すりを握り、少しだけ肩を預けた。正流は私の隣で扉にもたれかかっていた。人一人分空いた私たちの間を、電車のアナウンスが埋めるように、虚しく響いた。

私の降りる駅が近くなった。正流はまだ先だ。












新野 正流(にいのただる)
新野 正流(にいのただる)
送ろうか…?
御影 悠(みかげゆう)
御影 悠(みかげゆう)
ううん、大丈夫。
迎えに来てもらうよ。
連絡しておいたから。
嘘だ。連絡なんてしていない。それより今は、1人になって、なるべく早く、この恋のほとぼりを冷ましたかった。
私の降りる駅に着いた。開いた扉から出て、正流を振り向いた。
私の嘘に気づいた彼がゆっくり右手を差し出した。
新野 正流(にいのただる)
新野 正流(にいのただる)
女の子なんだから冷やしたらダメだ…
ちゃんと家に帰れよ。
新野 正流(にいのただる)
新野 正流(にいのただる)
またな。
御影 悠(みかげゆう)
御影 悠(みかげゆう)
うん、また。
〝また〟と言ってくれることが嬉しかった。
正流を乗せて電車は去っていった。握りしめた両手にはさっき正流がくれたカイロと、少しだけ、彼の体温も残っていた。
駅にあった公衆電話から家に電話をした。スマホを使ってもよかったけれど、今は快の連絡先を見るだけで、いろいろよぎって、泣きそうだからやめた。
ふと手を開くと、カイロのカサカサという音ともに、何かの文字が、目に飛び込んできた。かすれて薄くなっていて、見にくくなっていたから、よく目を凝らして、その一点を見つめた。

















涙が出た。人がいないのをいいことに、声を上げて泣いた。涙の雫は、冷えた頬には暖かく感じられて、余計に止まらなくなった。堪えられなくなって、しゃがみこむと、駅のホームには、私の涙よりも先に、静かに降り出した雪があとをつけた。空を見上げると、薄い雲からはらはらと雪が落ちてきてそれがあまりにも美しくて、気づけば手を伸ばしていた。肌に落ちた雪は冷たいはずなのに、体の内側は温もりを感じていた。でも、なによりも握りしめた、正流のくれたカイロが暖かくて、温かかった。




















































































あれから今日で1年になる。
君を窓越しに追いかけてから、
君に温もりを分けてもらってから、
君に名前を呼ばれてから、

君に恋をしてから────
変わった。
失恋だけれど、決して恋を失ったわけではない。


















思った通り、快は美涼に告白をした。美涼は断ったと言っていたけれど、私は、美涼の幸せが一番だと伝えた。

赤築さんは、見事大学に合格した。いつかは教育の場に立ちたいのだと言っていた。その眼差しには、はっきりと熱がこもっていて、心から尊敬した。そして、そのあとにかけてくれた言葉も、私には応えられないけれど、嬉しかった。

青木くんは、時期美化委員長として、最近忙しく走り回っている。廊下で出会うと、にこりと笑って挨拶をしてくれる。もう、1人の後輩だけれど、去年の冬の思い出には、ただの後輩でなかった彼がいた。今思い返せば胸の奥がくすぐったくなる。




そして、私は────
御影 悠(みかげゆう)
御影 悠(みかげゆう)
ごめん!待った?
私は、ほとんど髪を上げるようになった。
それは、似合うと言ってくれる人がいるから。






新野 正流(にいのただる)
新野 正流(にいのただる)
待ったぁ…
2人は肩を並べて歩き出す。去年はほぼ同じだった背丈も、もう頭一つ分程離されてしまった。私は少し悔しいけれど、彼はそれが嬉しいのだという。
友人だった私たちは、より親しい仲になった。
恋人ではないけれど、お互い好きあっていることに気づいている。
人混みから少し離れた自動販売機を通り過ぎ、同時に足を止めた。今日も人々の目を引くのは、光の灯っていない星だった。
新野 正流(にいのただる)
新野 正流(にいのただる)
今年は、もう、ずるしないから。
言い終わってから目を合わせた。正流の中で、あれはずるだったのかもしれない。でも私は、あれが嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
視線を解き、ツリーに目をやったとき、星は向こう側で一度点滅し、じわりと周りを照らしだした。

新野 正流(にいのただる)
新野 正流(にいのただる)
悠、好きだ。ずっと。
自然と向き合った私たち。私は右のポケットから取り出したものを、正流の胸に押し当てた。
御影 悠(みかげゆう)
御影 悠(みかげゆう)
私も、好き。
正流は私の左手と、胸に当てられたカイロを握りしめた。そこに書いた文字を見るなり、泣きそうになって、微笑んだ。
新野 正流(にいのただる)
新野 正流(にいのただる)
あったかいやぁ…
人目が少ないのをいいことに、正流は私を抱きしめた。私も背中に手を回す。聞こえるのは、人々のざわめきをかき消す、二人の鼓動だった。
新野 正流(にいのただる)
新野 正流(にいのただる)
ねぇ、悠?
御影 悠(みかげゆう)
御影 悠(みかげゆう)
…ん、なに?
新野 正流(にいのただる)
新野 正流(にいのただる)
髪、下ろしててもいいよ。
俺と2人のときなら…
なんで?と聞きたかったけれど、正流がなんと答えるかは想像がついたので、やめた。その代わり、腕に力を込め、頬を彼の胸に押し当てた。
御影 悠(みかげゆう)
御影 悠(みかげゆう)
私を…好きでいてくれてありがとう。
新野 正流(にいのただる)
新野 正流(にいのただる)
…ううん。
俺を選んでくれてありがとう。
頭の上で優しく響く声は、私たちを暖かく包み込んだ。ふわりと正流の上着の匂いがして、思わず笑みが零れた。
新野 正流(にいのただる)
新野 正流(にいのただる)
なにぃ…?
御影 悠(みかげゆう)
御影 悠(みかげゆう)
んーん、幸せだと思って。
新野 正流(にいのただる)
新野 正流(にいのただる)
…キスしたい。
御影 悠(みかげゆう)
御影 悠(みかげゆう)
へ?…嫌だ。恥ずかしい…
顔を上げて小声で言った。あまりにも恥ずかしくて目は合わせられなかった。おずおずと正流を見ると赤い顔のままもう一度私の肩に顔をうずめた。










人々が帰るのに流されるように、私達の足も駅に向かった。あまりにも人が多いから、ひとつ後の電車に乗ることにした。さっき密着していたことが、二人とも今更になって照れくさくなってきて、自然に顔を見れなかった。
私たちが乗った電車はやはり人は減っていた。でもやはり立って窓の外を見ていた。マンションをすり抜けて、川を横目に流し、時計の針が半周した頃、アナウンスが別れの時間を告げた。
新野 正流(にいのただる)
新野 正流(にいのただる)
今日は送る?
御影 悠(みかげゆう)
御影 悠(みかげゆう)
ううん。大丈夫。
ありがとう。
柔らかく口角を上げて笑いかけてくれた。電車から下りてもその温かさを感じられて、すごく愛おしくなった。振り返ると、寂しそうに眉を下げていた。それを見て、離れたくないという思いが強くなった。そして、思わず手を引いてしまった。正流は驚いたように、でも微笑んで電車を降りた。






これからどうなるんだろう。
君と目を合わせてから、
君に初めて触れてから、
君に抱きしめられてから、

君を愛してから────



































冬色に染まった電車のホームには、
淡くて小さな二人の恋の花が芽をつけた。














彼に驚かれたら、
全部、きみのせいだ、と笑ってしまおう。


私はかじかむ手を彼の肩にのせて、
目を閉じ、背伸びをして────

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