軽口を叩きながらも笑って過ごせることに幸せを噛み締めてると、つい口が滑る。
グラスを待って自分のベッドに行こうとしてるあなたの左手を掴んでそう言うと、あからさまに動揺していた。
……まずい。
いつも隣で飲んでたから、つい癖で。
当たり前に今日も隣で飲むと思った。
それがホテルのベッドとなると話が違うのに全くもって油断をして、あなたの表情を見て初めて、相手はそんなつもりが全くなかったことに気付くんだよ。
やべぇ、これは完全に間違えた。
今からでも誤魔化そうかと思ったけど、あなたは逆に「…ユンギがこっち来ると思ったのにー」と口を尖らせて自然に俺のベッドに上がった。
どうしようかと焦った時間は短く済んで、あなたのおかげで再び平和な時間が取り戻せたと思う。
こういう時は変な緊張をしない方がいいんだ。
そもそも、俺が強行的にホテルを取ったんだから。
セミダブルのベッドに2人並んで座り、ヘッドボードに上半身を預ける。
視界の中に白のバスローブがチラつくだけで、先程の光景が頭の中に広がっていく。シャワー後の独特の湿気感、あの空気、雰囲気、しっかりとタオルを持つ手そして濡れた髪と上気した頬。
全部が危なかった。
何を期待しているのかと言われたら、そりゃ何でも期待してるだろ、と答えたいくらい。
明日を待つ俺達はきっと今同じベッドに座って同じ姿勢を取りながら、違う未来を向いている。
この3ヶ月、ずっと一緒にいたわけじゃないけどあなたが2人の為に忙しくしていたのは知っていた。
たまに相談にも乗ったし、制作の為にヌナの好みとかアドバイスもしたし、本当おかしな関係だと思う。
その度に、この必死さや注がれる熱が俺に対してならいいのにと何度も願った。
明日が過ぎればまた俺たちの関係も変われるんだろうか。
俺は一体、今日なんのために、この機会を得たんだろう。
最後の一口を飲み切ったあなたが自分の足先を絡めている。
バスローブから真っ直ぐに伸びる足がほろ酔いの俺を誘った。
ショートパンツだったり、スカートだったりする無防備なあなたの素足には慣れているはずなのに、場所が違うというだけでこんなにも刺激的なものになるとは。
まだ残ってるウイスキーをゆっくり2、3回に分けて飲んでいるうちに、隣がうとうとし始めて、接している肩の重みが少しずつ増えていく。
一杯でこうなるのは珍しいから、きっと今日はかなり気を張ってたんだろう。
無事に間に合わせたことであなたの気持ちを落ち着かせてやれたかと思うと、我ながら誇らしい。
あなたの口元にグラスを持っていくと反射的に唇を開けてごくごくと飲んだ。
わずかに顎が上がったのを見落とさずにグラスを離すと、口の端から一筋だけ水が流れた。
それがまた俺の中のデジャヴを呼ぶ。
あの日、あの弱りきって俺に全てを預けていたあの日
変な遠慮をせずに同じベッドで寝ていたら。
泣いてるあなたをきつく抱きしめ続けていたら。
今何かが変わっていただろうか。
吐き気がするほどクズな望みを自分自身で断ち切って、過去は過去、今は今とけじめをつける。
弱みにつけ込むのは好きじゃない。
完全に睡眠に突入している安心しきった隣人を見て、マジで0%の可能性かと笑える。
男として意識されて無さすぎだろこれは。
でも、その無神経さと色気のないポンコツさが、笑えてくるほど愛しいんだよ。
身体をずらして枕の上に頭を置いてやり、電気を間接照明だけにして布団をかけた。
俺のベッドに寝ているあなたを起こさないように静かに立ち上がると、しっかりと足元から回り込んで反対側のベッドへと向かった。
お前のせいで、長い夜が始まりそうだよ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!