雨上がりの空に消えていった君を私はまだ探している
雨上がりの空に伸びる、一本の飛行機雲。
水たまりに映る青空がゆらめく街角、彼女は傘をたたみながら彼の横に立った。土曜の午後、買い物途中で立ち寄った大通公園のベンチに腰をかけ、二人は何も言わずに空を見上げていた。雨上がりの空はいつもよりも澄み切っており、遠くに残る雲のかけらが宝石のようにきらめいていた。
「今が一番きれいなんだけどな」
彼がそっと囁いた。
指差す先には、真っ直ぐに青空を横切る白い筋が、まるで天辺に描かれた手紙のように細く長く続いていた。湿った風が並木道の木々をそよぎ、新緑の香りと土のにおいが空気に混ざる。彼はカメラを構えていたはずだったのにいつの間にかシャッターを押すことも忘れ、ただぼんやりと空を見つめている。
「あとで見る」
彼女は軽く笑いながら返し、手元のスマホ画面に目を落とした。友達から送られてきたメッセージが点滅しており、「今から集まるよ」という文字が並んでいた。「急いで帰らなきゃ予定があるの」と言い残し、彼女は立ち上がると彼の肩をそっと叩いた。彼は少し残念そうな顔で頷き、そのままベンチに座ったまま、遠くの空を見つめていた。
「また今度、一緒に見ようね」
彼女が振り返った時、彼はそう言って小さく手を振っていた。その笑顔が、いつも通りの温かなものだったから、別れが特別な意味を持つとは夢にも思わなかった。
それが、二人の最後の会話になるとも知らずに――。
夜の七時過ぎ、鳴り響く電話のベルが静かな一室を切り裂いた。着信表示にあった彼の母・美沙子さんの名前を見た瞬間、彼女の背中に冷たい気配が這い上がる。受話器から伝わる声は震えており、言葉に詰まる度に、壊れそうなほどの沈黙が彼女の耳元に迫ってくる。
「事故だって…交差点でトラックと衝突して…」
美沙子さんの声が途切れた。その数秒の間、彼女の脳裏には何も浮かばなかった。ただひたすらに、先ほど見た彼の笑顔が甦るばかりだった。病院に運ばれたものの、間に合わなかったという後半の言葉が、遠くの雷鳴のように聞こえた。
部屋の蛍光灯がまぶしく感じられる。彼女はスマホを掴み直した。画面には彼から三十分前に送られたメッセージが残っていた。添付されている写真には、あの時の飛行機雲が鮮やかに写っており、青い空の中で白い筋が輝いている。「本当にきれいだよ。君にも見せたかった」
ー 1,910文字
favorite1
grade1
update 5日前