『Burnin' Tires―火をつけろ、心に―』
港の片隅にあるバイク修理屋。
そこには、いつも火が灯っていない。
蛍光灯は半分切れかけていて、工具の音すら静かに響く。
そこにいるのは、チャンビン。
一昔前、裏ストリートで「火の男(ファイアマン)」と呼ばれた伝説のライダー。
今は、その名残すら見せない。
油に汚れた手で、黙々とエンジンを磨きながら、彼は今日も言葉少なだった。
「……また来たのか、あの夢」
夜明け前の風が冷たく吹き抜ける。
誰もいないガレージに、チャンビンの独り言が落ちる。
夢の中では、いつも同じ場面。
アクセルを握る手。
後ろから迫る爆音。
飛び込んでくる光。
そして、何も見えなくなる――。
彼は何かを失った。
速さか、自信か、それとも心か。
何もかもを焼き尽くしたあの夜から、彼はもうレースに出ていない。
ドアの上には埃だらけの看板が掲げられている。
> 「BURNIN' GARAGE ― 燃えたきゃ来い」
看板はかつての彼自身のようだった。
埃をかぶり、誰にも気づかれず、それでもどこかで「燃えたがっている」。
その時、錆びたドアの鈴がチリンと鳴った。
「……あの、すみません」
振り向くと、ひとりの少年が立っていた。
若く、目だけがやけにまっすぐだった。
「バイク……見てもらえますか?」
チャンビンはまじまじと少年を見た。
その瞳はかつて自分が持っていた“火”を思い出させた。
「……ここに来るとは、物好きなガキだな」
ふっと笑ったその表情に、ほんの一瞬だけ――
かつて“火の男”と呼ばれた、あの目が戻っていた。
火はまだ、消えていなかった。
ー 10,195文字
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update 2025/07/05