第5話

 深切
403
2026/02/17 07:45 更新


 
ん、、”?

 眩しい光にあてられ、意識がはっきりとしてくる。

 眠っていたようだ。

 ゆっくりと冴えてくる目で、辺りをぼうっと見回す。

 見慣れないソファ、ドア、そして今体重をかけている机。
っあ…

 そういえば、俺はお兄さんの家にいるんだっけ。

 その事実が脳内を駆け巡った瞬間、

 体がばっと動く。

 ガタっと音を立てて立ったその時、

 背後でバサっと何かが落ちる音がした。
ん、?

 見ると、お兄さんのものらしきパーカーが落ちていた。

 昨夜、俺の肩にかけてくれたのだろう。

 そっと拾い上げ、試しに腕を通す。
でっか、

 思ったよりも大きかったサイズに笑いながら、

 それを着たままお兄さんの姿を探す。

 リビングやダイニングにその姿は見当たらない。

 お兄さんの部屋だろうかと思った後、

 そういえばお兄さんの部屋を知らないことを思い出した。


 昨日は、家に来て足を洗ってコーヒーを飲んで、

 お風呂に入ったお兄さんと一度も顔を合わせることなく寝てしまった。
ぅーん…

 どうしたものかと悩んで一人唸っていると、


  ( ガチャ


 不意にリビングのドアが開いた。
ぉ、起きた?
ぁ、お兄さ…
はよ、
ぉ、おはよう、

 慣れない朝の挨拶に戸惑いながら、

 お兄さんの元へ駆け寄る。
ん、どした…って、
それ、着てんの? ( 笑
ぁ、忘れてた…
ま、オーバーサイズで可愛いでしょ? ( 上目遣
オーバーサイズっつーか服に着られてるっつーか、 ( 笑

 俺の渾身の上目遣いは効かなかったらしい。

 けらけらと笑うお兄さんに少しむっとする。
 ( 頬膨
そんなむくれんなって、 ( 笑
っわ、

 お兄さんは俺の頭をわしゃわしゃと撫でて、

 お湯を沸かし始める。

 電気ケトルのぽこぽこという音が響いている。
…あっちで待ってろ、

 お湯を沸かす様子を横でじっと見ていた俺を見兼ねてか、

 お兄さんがダイニングを指差しながら言った。
はぁい、、

 俺も素直に従い、ダイニングテーブルに腰掛けながらお兄さんを見る。

 冷蔵庫を開けたり閉めたりしている。
……パンでい?

 しばらく冷蔵庫をぱかぱかさせていたお兄さんが、

 覚悟を決めたように此方を振り返る。

 その顔が余りに真剣だったため、思わず笑ってしまう。
ふふ、いいよ ( 笑
何笑ってんだよ

 棚から食パンを一枚取り出し、

 トースターに置くお兄さん。
あれ、お兄さんの分は?
俺は毎朝コーヒーしか飲まねぇ
へー…
俺もそれでいいのに
お前は成長期だからしっかり食べ…

 何てことなく出た俺の言葉に、

 お兄さんは反論しかけ、途中で口を噤んだ。
どうしたの?
…や、
お前普段朝何食ってんの?
……パンとか、?
ふーん、、

 お兄さんの問いかけにびくっとする。

 寝る場所すら与えられていない俺が、

 朝の食料を与えられているはずがない。


 嫌な空気になるのを避けたかったため、

 咄嗟に嘘をついた。

 お兄さんは、咎めることもなく、そんな俺を眺める。

 しばらく俺に視線をやった後、

 ま、いいかと言って作業に戻った。


 数分が経ち、キッチンにいい香りが立ち込める。

らん、これ運んで ( 渡
はーいっ

 渡された2つのマグカップ。

 1つはブラックコーヒーで、

 もう1つはミルクや砂糖が入った甘いコーヒー。

 お兄さんと、俺のだ。

 
 マグカップの中で軽く波打つそのミルクティー色に、

 少し心を弾ませる。
食べてていーよ、 ( パン渡
!…いただきます、

 白いお皿に載せられたパンを受け取り、

 言われた通り、先に席につく。

 お兄さんの方を盗み見れば、余ったコーヒーを冷ましていた。

……

 食パンを齧り、甘いコーヒーを啜る。

 所謂、一般的な朝食。

 もぐもぐと咀嚼しながら、

 今頃お母さんはどうしてるだろうと考える。


 俺がいなくなって、焦っているだろうか。

 いや、それはないな。

 寧ろ喜んでそうだ。

 
 瞬時に否定できてしまうのが空しくなってきて、

 俺は直ぐに考えるのをやめた。
難しい顔して食パン齧ってんな
っん”ッごほッげほっ、” ( 咳込
……… ( 睨

 いきなり目の前から声を掛けられ、
 
 驚きのあまり咳き込んでしまう。

 思わず睨みつけると、お兄さんは笑った。
ごめんって、 ( 笑

 窓から差し込む光が、お兄さんの髪の毛を照らしている。

 俺のマグの中にあるミルクティー色のコーヒーと、

 お兄さんの髪の毛の色が少し似ている。

 
 俺はマグを両手で抱え直して、

 その縁に、優しくそっと口付けた。


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