急に吐き気が込み上げてきた。
忘れちゃあかんものを忘れている。
でも、その「忘れちゃあかんもの」が分からない。
血管が脈打ち、とてつもない速さで全身を巡る。
冷や汗も出てきて、視界の端から見えなくなってきた。
その時、頭が割れそうなほどの衝撃を受けた俺は、
意識を失った。
懐かしい声。
落ち着く。
あぁ。このまま沈んでしまいたい……
何も分からないまま。
少し先に薄らと光が見えるが、
足掻こうともせず、そのまま身を任せる。
どんどん光が遠ざかっていく。
苦しい。
でも、俺には合っている。
これでいい。これがいい。
どんどん沈みゆく体。
トンっと背中が地についた感覚がした。
もう光は見えない。
もう自分の名前すら分からなくなってきた俺が、
俺の大切なものを思い出せるわけがない。
眠い。
段々と瞼が下がってきて、
俺の視界は真っ暗になった。
……
……なんや、うるさい。
その声は、どんどん大きくなっていく。
分かった分かった。
起きるから。
重い瞼を開ける。
そこは、白い空間に一つの巨木がそびえ立っていた。
人の気配がしない。
幻聴やったんか?
誰かに何かを呼ばれた。
俺は咄嗟に振り返った。
なぜ振り返ったかは分からない。
でも、俺の体がそうした。
振り返った先、俺の前には女の人が立っている。
いや、立っているというよりは、浮いているの方が正しいか。
答えない。
何も出てこない。
その瞬間、俺が忘れていたものが一気に脳内へ流れ込んだ。
……せや。
俺は。
大切なもの。
___や。
女の人は微笑んだ。
見たことあるような微笑み方。
俺は満面の笑みで答えた。
体の周りに光が飛び回り始める。
段々と意識が消えていき、次に目を覚ました時は見知った天井だった。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!