第3話

俺は意気地無しだから
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2026/02/17 08:42 更新
盗み聞きはよくない。
それは承知している。
阿部亮平31歳。頭脳枠として地道に歴を積んできたとは思う。
しかしどうしても、視界の端で動くピンク頭を意識し、耳を傾けてしまった。

考えてみて欲しい。
想いを寄せている人が、深刻そうな顔をして、人たらしなメンバーとこそこそ話していたら、気になるに決まっている。
気にしない方が無理だろう。

俺はうつむきがちにめめと話している佐久間を、じっと見つめた。
距離的には聞き取れない部分が多いが、気になるものは気になる。
めめにしか話せないことなのだろうか。
悩んでいるときは、いつも俺に相談してくるのに。

もやりとした黒いものが、心の片隅を覆った。
佐久間のことになると心が狭くなる自分に、つくづくあきれる。
佐久間
佐久間
……て
佐久間がそろりと周りを見渡す。
ばち、と目があった。
佐久間
佐久間
!?
佐久間は思いっきり顔を背けた。
ずきり、と心の傷が疼く。

……嫌われた…!?
思い当たる節ならある。
やはりライブパフォーマンスのキスだろう。

目を瞑って、ねだるような演技をしていた佐久間を思い出す。
実際に口づけようか迷ったのだ。
ていうかしたかった。
ライブにかこつけてできるならしたかった。
でも……。





何万人ものファンの中で、佐久間はあのとき、俺だけを見ていた。

佐久間とキスなら、したことがある。
先輩に言われて、酔ったノリで。
記憶なんてあったもんじゃない。

でも今日は、目の前にいる佐久間は、演技とはいえど、「するため」に唇を差し出していた。
佐久間
佐久間
阿部ちゃん
俺の首に腕をまわし、名を囁いた佐久間は、今まで見た何よりも妖艶で、それでいて可愛かった。
わざとらしく細いの腰に手をまわし、目を細める。
そして、さもキスしているかのような角度で覆い被さった。

ファンのみんなの阿鼻叫喚が聞こえる。

徐々に距離を埋めていく。

これは演技だ。仕事。合法。だからキスしても…

…いや、待てよ?

ファンが求めているのは、本当のキスなのか。
流石に引かれるか?
ガチキスはゆり組だから許されるものか?
うんゆり組は尊いもんな。
いやそもそもみんなはあべさくに何を求めているんだ???
プロとして、わかっていたはずのことが、わからなくなってくる。
ただ目前にあるのは、佐久間の端整な顔。
佐久間の………
え?していいの?
ちょっと待てよ阿部亮平。
なに普通にしようとしてるんだ?

ゆり組はゆり組だからゆり組だとして。
めめとラウールだっていくらなんでもちゃんと話し合ってからキスしたよな?
照と康二もそうだろうな。

でも俺達なんも話してなくない?

しちゃっていいのか?これ。
いいのか?
てか佐久間も佐久間でなんでそんな無防備に差し出してんの?
変な人に連れてかれたらどうするんだ!?
いや落ち着け阿部亮平。
ここに佐久間を襲おうとするはいない。
いや大ブーメランか。
いやいやそんなことはどうだっていい。
落ち着け。冷静に。
落ち着…

康二
康二
次はぁ~、オレンジキィィス!
阿部ちゃん
阿部ちゃん
ん!?!?
康二の無邪気な声に、一気に現実に引き戻される。
照
……ジkiss…
いつもはしっかりとこなす照が、なぜかワンテンポ遅れて歌い出すのが、耳に入った。

♪~チャーチャチャッチャーと曲が進んでいく。
阿部ちゃん
阿部ちゃん
なっ、えっ、
現実を脳が拒む。
キスガチャの時間が終わった…!?
もたもたしていたら、するしない以前に終わるって…!!嘘だろ!?
照
あー……阿部が周り見えてないって珍しくない?
深澤
深澤
ほら…あれじゃん。ピンク頭のことになるといつもそうだよ
康二
康二
ちょっと照兄!歌いだし遅れとるやんかぁ~
ラウール
ラウール
康二くぅぅぅん????
すがる思いでメンバーを見つめると、そこそこ近くにいた照とふっかと目があった。
こそこそと何かを話している。
康二はこちらを見もせずに、一人わいわいしながら、通常通り照をいじりはじめていた。
何故か本当によくわからないけれど、俺と対角線上にいるめめは、額に手を当てて薄笑いを浮かべていて。
ラウールにいたっては満面の作り笑いで康二の肩をぎちぎちと掴んでいた。


ペンライトが徐々に黄色へと変わっていく。

あぁぁやらかした。俺のバカ!
翔太
翔太
やったなあいつ
フェイクを終えた途端、翔太は康二を指差し、舘さんと真顔で顔を見合わせている。
人前で翔太からゆり組しに行くなんて珍しい。
嬉しいねゆり組担のみんな。俺も嬉しい。

…じゃなかった。ぼけっとしている場合ではない。
はっと下を向くと、佐久間は感情の読めない顔で俺を見つめていた。
阿部ちゃん
阿部ちゃん
(佐久間のこんな顔、見たことない)
無機質なその顔に、戸惑う。
いつもの明るい佐久間じゃなくて、落ち込んでいる佐久間でもなくて…。
知らない佐久間だった。

普段ならわかっている。
佐久間の考えは、ちゃんと分かっているはず。
でも今は、佐久間の心が、自分から

1歩

2歩

遠ざかっている気がしてならなかった。

…弱虫。

佐久間がそんなこと言うはずないのに、その瞳に、責められている気がするのは。そう見えるのは。

俺が自分自身をそう思っているからだろう。
阿部ちゃん
阿部ちゃん
(…俺は、意気地無しだから)
あぁ、惨めだ。

どうすればいいのかわからず、いつも通りに笑いかける。相変わらず佐久間の表情は変わらない。

既に照が歌い始めており、自分の番が迫っていることに気づかされる。
名残惜しいが、佐久間から離れ歩き出した。
阿部ちゃん
阿部ちゃん
!?
急に後ろへと、体がぐいっと引っ張られた。
佐久間
佐久間
待って
驚いて振り向く。

佐久間が俺の服の裾を掴んで、なにかを、言おうとしていた。









作者より
長くなりすぎたので、回想途中で切り上げです…
次に続きます!
たまに公開した話も修正いれてます

今回も読んでいただきありがとうございました!

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