おれ、本当は魚だったと思うんだよね
「はあ?」
海に足を脛あたりまでつけながらそういうそいつに、ぼくは思わず素っ頓狂な声を出した。
「なんでまたそんな」
けれどすぐに足元にある小さな貝殻を拾い始めて、ぼくは顔を向けることもなく、聞き流すように言った。
ちゃぷ
水が跳ねる音が耳元で響いて、そのすぐ後には、くく、と笑う声が聞こえた。
「だって、海に来るといつも、ここが家みたいな気がするから。」
「みんなが冷たいって言う海の水が、ぼくにとっては空気みたいにちょうどよくて。みんなはベトベトするから嫌っていう海風は、ぼくの体に染みていくみたいで心地いい。走るよりも泳ぐ方が好きで、身の水に足をつけるとなんだか息がしやすい。」
「ここがおれの還る場所なんじゃないかって、思うんだよ。」
「……」
その言葉に、ぼくはろくに言葉を返すことができなかった。なんて言っていいのかわからなかった。そうかもしれないと言うのも、そうじゃないと言うのも、どちらも心が咎めて、音にならずに空気になって口から漏れていく。そうかもって言えば楽だったのかもしれないけど、でもなんとなくそれが嫌だった。そんなことを言ってしまった時には、彼が本当に海に浸かったまま戻ってこれなくなるような、そんな理由のない不安がぼくを襲った。
「でも今のおれは人間だから。昔か大昔のどっちかだと思うんだけど。あ、それじゃ結局同じか。」
ぼくもわかんなくなってきたや。
今度は何やら吹っ切れたような声で言って、彼はまた海の水を足で弾いた。でもぼくは相変わらず何も言えないでいる。するとそれに気づいた彼はまたすぐに足の動きを止めて、いつの間にか彼を見ていたぼくを見つめ返した。
「…でも、」
「もしかしたらいつか、おれが海に還る日が来るのかもしれない。いつかはわからないけど。でもいつかきっと、やってくるんだと思う」
視線が合う。外してはいけない気がして、瞬きさえもできなかった。海風が肌を撫でて、少しだけヒリヒリする。彼は少し、間を開けた。けれどその時も、ぼくをずっと見つめていた。
「だからね。」
優しい声音だった。
「もし、その日が来たときは」
「ロンジュナ、お前が______」
あの時彼は、なんと言ったんだろうか。
いつも、思い出せないままでいる。
Retourner à la mer
ー海に、還るー












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!