第188話

.。oO
342
2026/03/13 14:38 更新
-🐻‍❄️ side-

眠れなかった。

目を閉じるたびに、今日のことが瞼の裏に張りつく。
京セラドームの歓声も、あの声も、ミノオッパの顔も、全部まだ新しすぎて、少しも過去になってくれない。

なのにそこへ重なるみたいに思い出すのは、もっと前のことだった。

日本へ発つ数日前。
彼から急に来たカトク。

【ツアーの移動期間って全部予定入ってるの?】

何の気なしにそう聞かれて、私は深く考えずに返した。
団体のスケジュールはあるけど、夜まで全部が全部決まってるわけじゃない、と。

すると彼はすぐに返してきた。

【じゃあその間デートしよ】
【2日目の夜からおいでよ】
【みんなで泊まる必要ないでしょ】

少しだけ、嬉しかった。
会いたかったんだと思う。
付き合ってるんだから、会いたいと思うのは自然なことだった。

でも、そのあとに続いた言葉には少し引っかかった。

【そもそも男と二人部屋なのも心配だよ……】
【もう事務所にバレたんだから言いやすくない?】
【彼と過ごすからって言えばいいよ】

たしかに、と思ってしまった。
もうマネオッパも知ってる。
みんなで泊まる理由もないと言われれば、そうなのかもしれないと思えた。

それでも一応確認するね、と返した。

マネオッパに話した時、返ってきたのは思っていたよりずっと冷静な声だった。

目立つようなことはするな。
あくまでツアーで来てるんだから、そこを忘れるな。
日本人スタッフのスケジュールが変わること、自覚しろ。

怒られたというより、釘を刺された。

少し息苦しくなりながら、それでも結局私は彼に【いいって】と送った。

すると彼はすぐに返した。

【メンバーには言わないで】

なんで、と聞くと、

【絶対反対してくるよ】
【わかるもん】

その時の私は、たしかになぁ、と思ってしまった。
ミノオッパは絶対嫌な顔をするだろうし、チャニオッパもいい顔はしないだろうし、スンミニも何も言わなくても分かってしまいそうだった。

だから違和感を覚えながらも、納得してしまった。

結局、ちゃんと会えたのは福岡二日目の夜からだった。

会いたかった、って言われて外で抱きしめられた。
その瞬間だけ少し気が抜けた。
でも同時に、マネオッパに言われた“目立ちすぎるな”が頭をよぎって、体の芯がすっと冷えたのも覚えてる。

彼はそんなこと気にも留めない顔で、ホテルに入るなり明日はどこ行く?って観光の話をした。
初めての日本なんだって少し嬉しそうに言っていたから、私は日本の美味しいご飯をたくさん食べてもらいたいと思った。

一緒に調べて、画面を覗き込んで、笑って。
その夜も、抱かれた。

抱かれながら、彼に言われた。

さっきまでみんなのアイドルだった子なのにな。

その時、ほんの少しだけ心がちくっとした。
でも私は、その小さな痛みをちゃんと拾わなかった。

拾ったらだめな気がした。
せっかく会えたのに。
せっかく、私を選んで会いたいって言ってくれたのに。

翌日の福岡は、よく晴れていた。

彼は帽子を深くかぶってサングラスまでしていたのに、私はそれ以上に、初めての日本だって少し浮かれている彼をちゃんと案内したい気持ちの方が強かった。

最初に入った店で、彼は素直に美味しいって言った。
それだけで少し安心した。

でも、食べながら彼がふと笑って言った。

「こういうの、メンバーとは来ないの?」

来る時もあるよ、と返すと、彼は軽く笑った。

「でも今日みたいなのは無理でしょ」
「こんなの、二人だからできるやつじゃん」

その言い方が少しだけ引っかかった。
“二人だからできる”。
たしかにそうなのかもしれない。
でも、その中にメンバーといる時間を少し下に見る感じが混ざっている気がして、うまく笑えなかった。

それでも私は、そうだね、と曖昧に返した。

彼はそのまま続ける。

「まだ門限とかあるの?」
「何時までに帰るとかさ」

あるよ、と言うと彼は心底不思議そうな顔をした。

「え、今でも?」
「大人なのに?」

私は曖昧に笑った。
仕事だから、団体で動いてるから、そう説明しかけた時、彼がまた聞いた。

「それ、他のメンバーも同じ時間なの?」

少しだけ言葉が止まる。

「……みんなはないよ」
「私だけ」

彼が眉を寄せる。

「それ、おかしくない?」
「管理っていうか……束縛?」

その言葉に、心臓が少しだけ嫌なふうに跳ねた。

たしかに普通じゃないのかもしれない。
でも、彼には言っていない私の過去がたくさんある。
メンバーがそうやって管理することも、事務所がそれを黙認していることも、全部私のせいだ。

だから、それを外から簡単に“束縛だよね”と言われると、一瞬たしかにと思うくせに、すぐに違うとも思う。

違う、とは言い切れない。
でも、そう単純でもない。

それに何より、理由を知られたら終わると思った。
そこまで知られたら、たぶんもう今みたいにはいられない。

だから私は笑ってごまかした。

「そうかもね」

そのあとも観光地を歩いて、写真を撮って、移動して。
日本語のメニューを私が読んで、これ美味しいよって教えて、彼がそれを食べて笑う。
そういう時間の一つ一つは、ちゃんと楽しかった。

だから余計に、引っかかる言葉を見ないふりした。

でも、ふとした瞬間にスマホが震える。

今どこ?
大丈夫?
顔見れてないからちょっと心配

ハニからだった。

続けて、

スタッフさんの集合時間変わったって
後で共有するね

スンミニ。

明日の入り時間、マネヒョンからまた来ると思うけど
一応こっちにも送っとくね

リクス。

さらに少し遅れて、

ヌナ、明日の移動の時
先に集合場所入るらしいですよ

イエナ。

通知の内容はばらばらなのに、全部同じ方向を向いてる。
業務連絡みたいな顔をしてるのもある。
でもその奥に、“ちゃんと戻ってくるよね”“大丈夫だよね”って気配がある。

特にハニは隠していなかった。

今どこいるの〜
ほんとに大丈夫?
あとで顔見せてよ〜

語尾は軽いのに、心配してるのがそのまま分かる。

彼が、その震えたスマホを見て言った。

「誰?」

私は反射みたいに画面を伏せる。
でも遅かったのか、彼は少し笑った。

「メンバー?」

私は曖昧に頷いた。

「うん」
「連絡」

彼はへえ、と言っただけで追ってこなかった。

でも私は、その“連絡”の中身をちゃんと説明できなかった。
業務連絡だよ、と言えば嘘ではない。
心配されてるだけ、と言っても嘘ではない。

でも本当は、そのどっちだけでもない。

私が今どこにいるか。
ちゃんと戻ってくるか。
大丈夫かどうか。

そういうもの全部が、あの短い通知の中に入っている。

それを彼に説明する言葉を、私は持っていなかった。

夕方になって、少し疲れたねって座った時、彼が私の肩を抱き寄せてきた。
外だったから、一瞬だけ体が固まる。

「大丈夫だって」
「日本だからそんな見られないでしょ」

その言い方に、私は曖昧に笑うしかなかった。
見られるとか見られないとか、そういう話じゃない。
でも、それをうまく説明する言葉がその時の私にはなかった。

ホテルに戻る頃には、少しだけ罪悪感の方が強くなっていた。

楽しかった。
たぶん本当に楽しかった。

でも、その分だけみんなの顔を見るのが少し怖かった。

なのに彼は、部屋に入った瞬間にまた私を抱き寄せて、会えてよかったって言った。
その声は甘かったし、触れ方も優しかった。
だから、また分からなくなる。

ちくっとした気持ちも。
少し嫌だなと思った言葉も。
こうして抱きしめられると、全部が小さくなっていく気がした。

でもその夜もやっぱり、途中で同じようなことを言われた。

「さっきまでみんなの前で笑ってたのに」
「そういうの、変な感じ」

私はその時も、ちゃんと嫌だと思ったはずだった。
でも嫌だと言ったらこの空気が壊れる気がして、結局何も言わなかった。

会えたことの方を大事にしてしまった。

福岡の夜が終わって、名古屋に移動しても、その空気は少しずつ続いた。

会えば嬉しい。
でも会う前より、少しだけ疲れる。

楽しいはずなのに、帰る時には少しだけ息が詰まる。

そんな変な感覚が、もうその頃には始まっていた気がする。

次にみんなと顔を合わせた時、それは思っていたよりずっと現実だった。

別行動してから初めての団体スケジュール。
私はいつもより少し早く起きて、何もなかったみたいな顔を作って、みんなと合流した。
でも、何も変わってないはずがなかった。

まず、送迎が違った。

今までは同じホテルにいて、同じタイミングで降りて、同じ車に乗ればよかった。
でも別で動くようになってからは、私一人のための送迎が増えた。

たったそれだけのことのはずなのに、それが思った以上に重かった。

私のために一台増える。
私のために誰かが動く。
私のために、少しずつ段取りが変わる。

マネオッパに言われた
日本人スタッフのスケジュールが変わること、自覚しろ
って言葉が、そのたびに頭の中で鳴った。

スタジオに着いてからも、似たような業務連絡が耳に入る。

あ、あなたの芸名さんって帰りも別なんだよね?
何時までいいんだっけ?
あ、時間はいいのか
じゃあこっちだけ先に回しとく?

誰も責めてない。
分かってるのに、その一個一個が、私だけ別の場所にいることを妙にくっきりさせた。

だから私は、次の団体スケジュールまでにできることを考えた。

謝るのは違う。
でも、何もしないのももっと違う気がした。

結局、差し入れを用意した。

今日現場にいる人の分だけじゃなくて、今回のツアーで関わる日本人スタッフの分も。
搬入の人も、警備の人も、制作の人も、会場ごとに入れ替わる人も、分かる範囲で全部。

ホテルの部屋で一人で箱を並べながら、何してるんだろうって少しだけ思った。
でも、それでもやらないよりはいい気がした。

次の団体スケジュールの日。
私は日本人スタッフさんたちに、それを一人ずつ配った。

自分が別行動しているせいでスケジュール変更になったと聞きました。
本当にすみませんでした。
仕事を増やしてしまって……。
これ、よかったらみなさんで。

そう言うたびに、皆さんそんな、って困った顔をした。
でもその顔を見るたび、余計に、ああやっぱり迷惑だったんだって思った。

その日の仕事が少し落ち着いたタイミングで、マネオッパに声をかけられた。

🐻‍❄️
……はい?

「差し入れ入れたって聞いたけど?」

その一言で、心臓が少し跳ねた。

🐻‍❄️
……あ

「なんで先に言わないの」

責める声ではなかった。
でも、見逃さない声だった。

🐻‍❄️
……仕事増やしちゃったから
せめて、と思って

マネオッパは少し黙って、それから低い声で言った。

「そういうの、自分一人で決めるな」
「気持ちは分かるけど、そういうのまで勝手に背負うな」

その言葉に、少しだけ喉が詰まる。

🐻‍❄️
……ごめんなさい

「謝れって言ってるわけじゃない」

そこだけ少し強かった。

「お前が気にするのは分かってる」
「でも、こういうのを“自分が何とかしなきゃ”でやり始めると止まんなくなるだろ」

たしかにその通りだった。
渡し終わったあとも、まだ足りない気がしていたから。

私は何も言えなくなって、ただ黙った。

「……次からは先に言え」
「勝手にやるな」

それから、ほんの少しだけ声が緩む。

「ありがたくはあったけど」

その一言が逆に胸にきた。
怒られた方が楽だったかもしれない。

去り際にマネオッパは小さく言った。

「お前、そういうとこあるから」
「気をつけろ」

その“そういうとこ”が何を指してるのか、聞かなくても分かった気がした。

名古屋に移ってからも、別行動は続いた。

福岡の時より少しだけ慣れたはずなのに、慣れた分だけ余計に、自分が何をしてるのか考えてしまう時間が増えた。

それでも彼に会えば、最初の数分は嬉しかった。
会えた、って思う。
今日もちゃんと会えたって、それだけで少し安心する。

でも、その安心は長く続かない。

名古屋でのデートは、福岡よりずっと見られている気がした。
たぶん、実際そうだったんだと思う。

もう気づいてるSTAYもいた。

その日、デートの途中で、STAYに声をかけられた。
あなたペンの女の子だった。

緊張してるのが分かる顔で、それでも礼儀正しく、震える声で
応援してます
って言ってくれた。

私は曖昧に笑って、ありがとうって言おうとした、その前に。

彼が先に笑って言った。

チャギヤのことよろしくね

その一言で、時間が少し止まった気がした。

女の子の顔が固まる。
私の笑顔も、たぶん一瞬止まった。

彼は何でもないことみたいに笑ってた。
でも私は、その言葉がその子にどう刺さるのかすぐに分かった。

チャギヤ。
その呼び方を、他人の前で。
しかもSTAYの前で。
しかも、私のペンの子に向かって。

胸の奥が、すっと冷えた。

その子は困ったように笑って、それでもちゃんと頭を下げてくれた。
私は慌ててありがとうって返したけど、たぶんもう何も取り戻せてなかった。

その子が離れていったあと、私は少し黙って、それから思い切って言った。

🐻‍❄️
そういうのは、やめて

彼はきょとんとした顔をしたけど、少し間を置いただけであっさり笑った。

「わかったよ、ごめんごめん」

そう言って、私の頭をぽんぽんと軽く撫でた。

その反応が拍子抜けするくらい柔らかくて、逆に何も言えなくなった。

怒るわけでもなく。
不機嫌になるわけでもなく。
ただ、分かったよって引いた。

その時、少しだけ思ってしまった。

ああ、思ったよりこの人に、自分の気持ちを伝えてもいいのかもしれない。

でも本当は、その感触に期待したのがたぶんよくなかった。

ホテルに戻って一人になった時、先に浮かんだのは別のことだった。

……ああ、あの子、やっぱり書いちゃうよね。

少し迷って、結局検索した。

もう出ていた。

名古屋で見かけたから声掛けたら気さくに対応してくれた!
しかもあの俳優の人にチャギヤって言われてた。
チャギヤのことよろしくねって言われちゃったよ(笑)
やっぱり付き合ってるんだなぁ、幸せそうだった!

悪意があるわけじゃない。
ただ、事実みたいに並べられてるだけ。

でもその“ただ並べられてるだけ”が一番きつかった。

私はベッドの上でしばらく画面を見たまま固まった。
分かってた。
分かってたのに、実際文字になると全然違う。

翌日の団体スケジュールでは、誰の顔を見ても少しだけ身構えた。

もう知ってるんだろうな、と思った。

誰が見たのかは分からない。
誰がどこまで知ったのかも分からない。
でも、ああいうのは広がるのが早い。

チャニオッパはいつも通りだった。
いつも通りに見せてるだけだって分かるくらいには、少しだけ丁寧だった。

ミノオッパは、いつもより静かだった気がする。
でもそれが目撃情報のせいなのか、もともとなのか、もう分からなかった。

スンミニは普通に業務のことを話してきた。
いつも通りの温度で。
でも、その“いつも通り”が逆に少し怖かった。

リクスも、イエナも、ハニも、ビニヒョンも、ジニも。
誰もその話はしなかった。

誰も聞いてこない。
誰も触れない。
触れないまま、普通に進んでいく。

それが優しさなのか、見ないふりなのか、その時の私には分からなかった。

ただ、触れられないたびに、ああやっぱり知ってるんだ、と思った。

だからその日は、余計にちゃんとしなきゃって思った。

笑わなきゃ。
普通でいなきゃ。
変に気を遣わせちゃだめだ。

ハニが一回だけ、顔を覗き込むみたいにしてきた。

🐿
……あなたちゃん、眠れてる?

🐻‍❄️
うん
大丈夫だよ

反射みたいにそう言った。

ハニは少しだけ黙ってから、そっかって笑った。
でも、その笑い方が“ほんとはそう思ってない”って分かるやつで、余計に胸が痛くなった。

その日、彼からの連絡は相変わらず軽かった。
でも、私の方は全然軽くなかった。

今回のスケジュールは、思っていた以上に難航していた。
撮影時間が大幅に押していて、最初に彼に伝えていた時刻にはどう考えても間に合わない。

空き時間にスマホを開いた。

【ごめん、今日ちょっと押してる】
【伝えてた時間よりかなり遅くなりそう】

すぐ既読がつく。
返ってきたのは短い文だった。

【またメンバー優先?】

その一文を見た瞬間、胸の奥がひやっとした。

【違うよ】
【ほんとに撮影が伸びてるの】
【まだ終わりが見えなくて】

送っても、指先が少し震えていた。

ちゃんと説明しなきゃ。
機嫌を悪くさせたくない。

そんなことを考えてるうちに、たぶん顔に出ていたんだと思う。

次の準備に入る前、ハニがまた少しだけ顔を覗き込むみたいにしてきた。

🐿
……あなたちゃん、なんかあった?

🐻‍❄️
ううん
大丈夫

少しあと、今度はイエナにも聞かれた。

🦊
ヌナ、ほんとに大丈夫ですか?

🐻‍❄️
大丈夫だよ
ちょっと連絡してただけ

嘘ではない。
でも、本当でもない。

スマホはまた震える。

【ほんとに?】

たったそれだけ。
疑ってるのか、拗ねてるのか、怒ってるのか。
文だけじゃ分からないのに、全部悪い方に考えてしまう。

【ほんとだよ】
【終わったらすぐ行くね】

送ってから、少しだけ自己嫌悪がした。
“すぐ行くね”なんて、まるで謝るみたいだと思った。

撮影はそのあとも押した。
現場は普通に慌ただしく進んでいるだけなのに、私の中ではずっと別の時計も動いている感じがした。

彼を待たせてる時間。
機嫌が悪くなっていくかもしれない時間。
そのせいで、会った時の空気が重くなるかもしれない時間。

そんなことばかり気になって、仕事に戻るたび少し苦しくなる。

それでも表には出しちゃだめだと思った。
みんなにこれ以上気を遣わせたくなかった。

この時の私はもう、会いたいから会う、だけじゃなくなってた。

行かなきゃ。
怒らせたくない。
でも目立ちたくない。
みんなにこれ以上何も思わせたくない。

その全部が混ざって、気持ちの形が少しずつ変わっていくのを、自分でもうっすら感じていた。

撮影が終わった時には、もう思っていた時間をだいぶ過ぎていた。

移動の車に乗ってから、やっと画面を開く。

彼からは、それ以上何件も来てはいなかった。

【わかった】
【待ってる】

たったそれだけ。
怒ってるようにも見えるし、そうでもないようにも見える。
分からないままホテルへ向かう時間が妙に長く感じた。

窓の外はもうすっかり夜だった。
名古屋の景色なんて、ほんとはちゃんと見てる余裕ないのに、見ていないと余計なことを考えそうで、ずっと外を眺めていた。

でも、その思考の最後には必ず彼がいた。

待たせた。
遅れた。
会った瞬間、どんな顔されるんだろう。

ホテルに着く頃には、もう“会いたい”より“ちゃんと機嫌よくいてくれるかな”の方が大きくなっていた。

そのことに気づいて、少しだけ自分が嫌になった。

それでも部屋の前まで来たら、帰るわけにもいかなかった。

深く息を吸って、インターホンを押す。

扉が開く。

彼は思っていたより普通の顔をしていた。
怒ってる感じでもない。
でも、すごく優しい感じでもない。

「おそかったね」

その一言に、胸が少しだけ縮む。

🐻‍❄️
……ごめん
ほんとに撮影押してて

彼は私を少し見て、それから肩をすくめた。

「うん、まあ来たからいいけど」

その返しに、少しだけ力が抜ける。
もっと嫌味っぽく言われるかと思ってた。
だから、その“まあいいけど”だけで安心してしまった。

ほんとは、そこに安心するのおかしいのに。

部屋に入ると、彼はソファに座りながら聞いた。

「ご飯食べた?」

首を振ると、「じゃあなんか頼む?」ってスマホを触り始める。

そのやり取りだけ見れば、ほんとに普通だった。
普通の恋人みたいで、私はその“普通さ”に少しだけ戸惑った。

ちゃんと説明すれば、案外分かってくれるのかもしれない。
今日みたいに。
この前の“そういうのはやめて”の時みたいに。

そう思ってしまう自分が、またいた。

食事を待つ間、彼は今日のことを軽く聞いてきた。

「撮影、そんな押したんだ」

🐻‍❄️
うん
結構押してた

「みんなピリピリしてた?」

🐻‍❄️
……ちょっと、みんな疲れてたかも

「大変だね」

また、その言い方だった。

労るみたいでいて、どこか少し遠い。
その“みんな”の中に、自分は入っていないみたいな言い方。

ご飯を食べながら、彼はまた名古屋の話をした。
明日はどこ行くとか、次は大阪だっけとか。

会話はちゃんと成立してる。
笑うところもある。
私もちゃんと笑ってる。

なのに、時々だけ、変なふうに気持ちが引っかかる。

たとえば私がスマホを気にすると、彼が少しだけ口元を歪めて、

「また連絡?」

って聞いてくる時とか。

あるいは、私が“明日も朝早いから”って言うと、

「ほんと忙しいね」
「そんなにずっと一緒にいなきゃだめなんだ」

って言う時とか。

一つ一つは小さい。
怒るほどじゃない。
でも、小さい棘みたいなものがちゃんとある。

私はそのたびに、笑ってごまかす。
そうだね、とか。
仕事だから、とか。
うん、でも大丈夫、とか。

本当は、大丈夫じゃないことも少しずつ増えていた。

だってその頃にはもう、会う前に一度息を整えないといけなくなっていたから。

楽しいだけじゃなくなっていた。
会えた、嬉しい、だけで部屋に入れなくなっていた。

機嫌を損ねないように。
変な空気にしないように。
嫌な言い方をされませんように。

そんなふうに、少し構えてからドアを開けるようになっていた。

それなのに、部屋に入って抱きしめられると、まだ嬉しかった。
そこが一番やっかいだった。

嫌なところもある。
ひっかかるところもある。
でも、会えた瞬間に少し安心する自分もいる。

そのせいで、何が嫌で、何がまだ好きで、どこからがおかしいのか、だんだん分からなくなっていった。

名古屋の夜、彼に抱き寄せられながら、私は少しだけぼんやりしていた。
彼が何か話していても、ところどころしか頭に入らない。

代わりに浮かぶのは、昼間のハニの顔だった。

……あなたちゃん、なんかあった?

あのまっすぐな目。
何でもないって笑った時、たぶん全然誤魔化せてなかった。
それでも追及しないでくれた。

イエナもそうだった。
あの二人は、いつもそうだ。
私が言わないなら、それ以上は無理に開けない。
でも、ちゃんと見てる。

そのことを思い出した時、急に胸の奥が重くなった。

今、私はここで何してるんだろう。

さっきまでみんなと仕事して。
みんなの前で笑って。
みんなに少しずつ気を遣わせて。
そのまま、ここに来てる。

彼は私の髪を指に絡めながら、何か甘いことを言っていた。
でも、その時の私は前みたいにそれだけに溺れられなかった。

メンバーの顔が、前より簡単に浮かぶようになってしまっていた。

福岡の時は、まだ“会えた”が勝っていた。
でも名古屋では、その合間に“戻らなきゃ”とか“また顔見づらいな”が入ってくる。

その変化に、自分でもちゃんと気づき始めていた。
でも、それを認めたら何かが終わる気がして、まだ認められなかった。

だから、また何も言わない。
抱きしめ返して、キスをして、彼の機嫌を損ねないようにして。
その一方で、心のどこかだけが少しずつ冷えていく。

名古屋の夜は、福岡よりたしかに息苦しかった。

大阪で彼といた時間のことは、正直あまり細かく覚えていない。

名古屋の時より、少しだけ疲れていた気がする。
私も、たぶん彼も。

それでも一緒にご飯を食べて、少し歩いて、部屋に戻って。
そういう形だけ見れば、今までと同じだった。

でも中身は少しずつ違っていた。

私は前みたいに素直に浮かれられなくなっていたし、彼の方も、私がメンバーや仕事のことを少しでも気にすると、前よりすぐ分かる顔をした。

それでも、その時の私はまだ、本当に終わりが近いなんて思っていなかった。

京セラ前日、大阪でみんなと合流した時もそうだった。

ミノオッパは、たしかに少し変だった。
でもその時はまだ、疲れが出始めたのかな、くらいにしか思っていなかった。

でも翌朝、会った瞬間に、それは違ったんだと分かった。

ミノオッパは、はっきり機嫌が悪かった。
ただ無口なんじゃない。
ただ疲れてるんじゃない。

冷たかった。

ああ、この人、私に怒ってるんだって、逃げようのない形で分かった。

その日一日、ミノオッパはずっと冷たかった。
リハの時も。
移動の時も。
目が合っても、合わなくても。

今までみたいに、ただ静かなだけじゃない。
はっきり距離を取られているのが分かった。

それでも私は、その時点ではまだ真正面から見られていなかった。

怖かったから。
理由をちゃんと考えたら、もう誤魔化せなくなりそうだったから。

でも、大阪一日目の本番で、ミノオッパが途中で裏にはけた時。
あの瞬間に、もうごまかせないと思った。

ただ機嫌が悪いとか、疲れてるとか、そういう話じゃない。
私が知らないところで、もっと前から壊れ始めていたんだって。

終演後、ビニヒョンとリクスとスンミニに言われた。

ミノオッパ、福岡二日目くらいからずっとあんな感じだったよって。
団体スケジュールの時、私がいたからその時はまだそんなに態度に出してなかっただけで、私がいない時はこれ以上にもっと酷かったって。

その言葉を聞いた時、頭の中が真っ白になった。

私は何を見ていたんだろうと思った。

いや、たぶん違う。
何も見ていなかったんじゃない。
見たくなかったんだ。

気づいたら、自分がしてることをもう正当化できなくなるから。

きっと、いつもの私なら気づけていた。
ミノオッパのちょっとした変化も。
言葉の少なさの温度の違いも。
目を逸らす速さも。

でもその“いつも”を、もう私が壊していた。

自分で壊して、壊したまま、その外側で違う時間を過ごしていた。

だからミノオッパがしんどくなっていくのを、私はちゃんと見られなかった。
見て見ぬふりをした。

そのことが、何よりきつかった。

それでやっと、部屋割りを変えたいって言った。

ミノオッパと同じ部屋がいいって。
ちゃんと話さなきゃいけないと思った。

逃げたままじゃだめだって、やっと分かったから。

そして、その夜、あんなにぶつかったのは初めてだった。

あんなにちゃんと言い合ったのも。
あんなにミノオッパが痛そうな顔をしたのも。
あんなに私が、自分の言葉で返したのも。

全部初めてだった。

だからこそ、もう逃げたままではいられないと思った。

怖かった。

彼に送るその一文だけで、何かが壊れる気がした。
でも同時に、たぶん分かってくれるとも思っていた。

今までだって、嫌だって言ったことを、思ったよりすんなり引いてくれた時があった。
だから今回も、ちゃんと話せば大丈夫なんじゃないかって。

私は震える指で、カトクを打った。

【ごめんね】
【もう別行動はやめる】
【これからはみんなと一緒にいる】

送って、すぐに既読がついた。

返ってきたのは、短い一言だった。

【なんで?】

その二文字に、喉が少し詰まる。
でも、ここで曖昧にしたらまた逃げることになる気がして、私はちゃんと打った。

【デートするの、楽しかったよ】
【嬉しかったし、会えてよかったって思ってる】
【でも】
【みんなと気持ちまで離れていく気がした】

送ったあと、自分でも少しだけ息が止まった。
うまく伝わったか分からない。
でも、それでも一回ちゃんと言わなきゃいけないと思った。

少し間が空いてから、また返ってくる。

【またメンバー優先?】

その一文に、胸の奥がひやっとした。

でも、今度は逃げたくなかった。

【そういうことじゃなくて】
【私、ちゃんと戻らなきゃだめだと思ったの】
【このままだとよくない】

彼はすぐに返してきた。

【韓国に帰ればずっと一緒なのに】
【今も一緒にいなきゃダメなの?】

その文面を見た時、一瞬だけ何も打てなくなった。

“今も一緒にいなきゃダメなの?”

その言い方が、少し責めるみたいで。
少し呆れるみたいで。
でも完全に怒ってるわけでもなくて。

だから余計に、返し方が分からなくなる。

【ダメとかじゃないよ】
【会えて嬉しかったのはほんとだよ】
【でも、今はちゃんとみんなといたい】

送ってから、また少しだけ間が空く。

もう怒らせたかな。
やっぱり分かってもらえないかな。
でも、ここで引っ込めたらまた同じだ。

そう思いながら待っていると、ようやく返ってきた。

【わかった】
【そっちがそうしたいなら仕方ない】

その文面は、穏やかにも見えた。
少し拗ねているようにも見えた。
でも少なくとも、思っていたみたいに怒鳴るようなものではなかった。

だから私は、その時少しだけ安心してしまった。

ちゃんと伝えたら、ちゃんと分かってくれるのかもしれないって。
大丈夫なのかもしれないって。

でも本当は、その“仕方ない”の中に何が入っていたのか、私はちゃんと見れていなかったんだと思う。


スクショを見ているのに、ちゃんと読めている気がしなかった。

文字は分かる。
意味も分かる。
でも、頭の中ではどこか他人事みたいに流れていく。

それなのに、ある一文だけは、目に入った瞬間にそのまま刺さった。

首しめなくていいの?って聞かれたんだけど普通に笑った
好きな人とはしたことない、ね
そういうことなんだな〜って感じ

“笑った”。

その場で笑ったのは私じゃない。
彼だ。

彼が、あとからこれを書きながら笑ったんだ。
面白いことみたいに。
分かりやすいってことみたいに。

そのことが、遅れて分かった。

私はその時、おかしいと思わなかった。

首を絞めるとか。
苦しいこととか。
怖いこととか。

そういうのを、私はずっとちゃんと変だと思えなかった。

オーストラリアにいた頃も、そうだった。
彼も、そうだった。
リクスも、ジニも、そうだった。

痛いとか、苦しいとか、怖いとか。
そういうのと一緒にあるものなんだって、どこかで思っていた。

“好き”って、ああいうものなんだって。
ああいうふうに求められることなんだって。
ああいうふうに身体を差し出せることが、愛されるってことなんだって。

だから、彼にそう聞かれた時も、私はたぶん普通に受け取った。

おかしいとも、怖いとも、言わなかった。
言えなかったんじゃなくて、最初からそこまで辿り着かなかった。

でも、彼はそれをあとから笑った。

そういうことなんだな〜って感じ。

その言い方で初めて分かる。

ああ、私は“そういうこと”の人間に見えていたんだ。
笑って流せるくらい、おかしい方に慣れてる人間に。
痛いことも、苦しいことも、境界が曖昧なまま受け入れる人間に。

そのことが、急に恥ずかしくて、苦しかった。

少しスクロールすると、また別の言葉が並んでいた。

弱ってる時って落とすの簡単なんだよね
グループの中でちょっと浮いてた時期あったっぽくて、その時ちょうどプッシュした俺天才
みんな離れていく感じがして怖かったって言ってたし、そりゃ来るよねって感じ
ああいう時って優しくしとけば勝手に依存してくる

その文を見た時、息が止まりそうになった。

図星だったから。

あの時、私は本当に怖かった。
みんなと気持ちまで離れていく気がして。
一人になるのが怖くて。
誰かに大丈夫だって言ってほしくて。

その時に彼が優しかったのも、本当だ。

会いたいって言ってくれて。
私を見てくれて。
選んでくれてる気がして。

だから私は、自分で彼のところへ行ったんだと思ってた。

でも、こうやって書かれると違った。

私は自分で選んだつもりで、ただ弱ってる時に差し出された手を掴んだだけだったのかもしれない。
彼から見れば、それは“簡単”だったのかもしれない。

そのことが、どうしようもなく惨めだった。

さらに下へ行くと、身体のことまで書かれていた。

細すぎてちょっと怖かった
服着ててほしいと思ったの初めて
てか骨
折れそうでちょっと笑った
メンタルも身体も細いと扱いやすい
本人気づいてないのがまたね

そこを読んだ時、胃の奥が冷たくなった。

細いことなんて、自分でも知ってる。
薄いことも。
たまに服の上からでも骨っぽいことも。

でもそれを、怖かったとか、骨とか、扱いやすいとか、そういう言葉で並べられると、自分の身体が急に自分のものじゃないみたいに思えた。

綺麗とか、儚いとか、そういう言葉じゃなくて。
扱いやすい。

折れそうで、細くて、扱いやすい。

私は、そういうふうに見られてたんだ。

そしてたぶん、その時の私はそれにすら気づいてなかった。

気づいてないのがまたね。

その一文が、いちばん痛かった。

だって本当に、私は気づいてなかったから。

好きだと思ってた。
会いたいと思ってた。
ちゃんと見てもらえてる気がしてた。

でも彼の側には最初から、そういう見方もあったんだ。

メンタルも身体も細いと扱いやすい。

そこまで読んで、スクロールする指が止まる。

次に目に入ったのは、メンバーのことを書いている文だった。

名前は出ていない。
でも、分かる。
分かってしまう。

あのリーダー、ずっと仕切ってるの普通にうざい
優しい顔してるけど、ああいうのが一番面倒なんだよ

チャニオッパのことだ。

読んだ瞬間、胸の奥がぎゅっと縮んだ。

ずっと仕切ってる。
面倒。
うざい。

そういう言葉で見えてたんだ、と思った。

でも、チャニオッパは好きでああしてるわけじゃない。

空気を見て、前に立って、全部拾って、誰かが崩れそうになったら何もなかったみたいに繋ぐ。
誰かが言えないことを代わりに言って、誰かが止まりそうになったら前に出て、現場を壊さないようにずっと動いてる。

そういう人だ。

優しい顔してるけど面倒、なんじゃない。
優しい顔のまま、面倒なこと全部を引き受けてるだけだ。

それなのに私は、その優しさの上に甘えてきた。

自分でちゃんと立てない時。
一人じゃどうにもできない時。
言葉にできない時。

チャニオッパが前に立つことを、当たり前みたいに受け取ってきた。

だから今こうして笑われると、真っ先に怒るより先に、私がそうさせたんだって思ってしまう。

私が危ういから。
私が何も言わないから。
私が守られなきゃいけないようなことばかりしてきたから。

だから、ずっと仕切ってるんじゃない。
ずっと仕切らせてしまったんだ。

でも、それでも違う。

違うのに。

私のせいだと思ってしまう自分がいるから、うまく息ができなくなる。

チャニオッパのあの優しさも、あの重さも、あの責任感も、全部勝手に背負わせてしまったものなんじゃないかって。
そうやって自分で自分を刺してしまう。

それでも、笑っていいものじゃない。

あれは、うざさでも面倒さでもない。
私が壊れないようにって、何年も積み重ねられたものだった。

そう思うと、余計に苦しかった。

もう少し下には、もっときつい言葉があった。

猫みたいな人、今さら手に入らないからって遅いのにこっちに噛み付いて吠えてくる感じきつい
欲しい時に取らなかったのにあとから不機嫌なのださ

ミノオッパのことだって、すぐに分かった。

噛み付いてる。
吠えてる。
ださい。

そういうふうに見えてたんだ。

でも、ミノオッパは最初から噛み付いてきたわけじゃない。

ずっと黙ってた。
ずっと飲み込んでた。
ずっと、私に何も言わないまま一人で耐えてた。

そのことを、私は知ってるはずなのに。

知ってるはずなのに、その言葉を見た瞬間に先に浮かんだのは怒りじゃなかった。

違う。
そう見えるようにしてしまったのは、私だって思った。

私は何も知らないまま外で過ごしていた。
ミノオッパが壊れかけるまで、気づけなかった。
いや、気づきたくなくて見て見ぬふりをした。

だから、そうやって笑われる隙を作ったのも私だって思ってしまう。

欲しい時に取らなかった。
あとから不機嫌。

そんなふうに簡単に切り取られるくらい、私はミノオッパの時間を見ていなかった。

ミノオッパの中にあった長い時間も。
黙ってた分の痛さも。
何も言えなかったぶんだけ遅れて爆発したことも。

全部、私は知るのが遅すぎた。

それなのに外から見れば、ただ噛み付いてる人に見えるんだと思ったら、胸の奥が痛くなった。

だって、あんなふうにさせたのは私だ。

ミノオッパがあんな顔をするまで。
あんな声を出すまで。
壊れかけるまで。

私はずっと別の場所にいて、何も知らないみたいな顔をしていた。

だから、笑われても、まっすぐ怒れない。

ひどいって思うのに。
最低だって思うのに。
同時に、でも私もそう見えるようなことをしたんだって思ってしまう。

それが、一番きつかった。

さらに少し下に、別の文があった。

いちばん背が高い細い人は男同士だからちょっと分かる、あれ完全に気があるよね
正論の顔して入ってくるけど、正論だけじゃないよあれ、ほぼ私情

そこを読んだ時、息が少しだけ止まった。

ジニのことだって、すぐに分かった。

正論の顔。
ほぼ私情。

そういうふうに見えてたんだ、と思った。

たぶん、間違ってはいないんだと思う。

ジニがまっすぐだったことも。
いつも少し必死だったことも。
私に向ける言葉の奥に、正しさだけじゃないものが混ざっていたことも。

私は気づいていた。

気づいていたのに、気づいていないふりをした。

優しい顔をして、甘えて、頼って。
でも一番欲しいものは返さないまま、ずっとその場所に置いてしまった。

だから、私情って言われたら否定しきれない。

でも、それをこんなふうに、外から面白がるみたいに言われると、息が苦しくなる。

だって、ジニがそうなったのも、たぶん私のせいだ。

期待させた。
優しくした。
必要な時だけ近くにいた。
でも、私は何も返さなかった。

だから、まっすぐ来る言葉の中に、正論だけじゃないものが混ざるようになったんだと思う。

それを“気があるよね”とか、“ほぼ私情”とか、そんなふうに軽く言われると、何も言えなくなる。

図星だからじゃない。
図星なところもあるのに、それだけで片づけられるのが苦しいからだ。

ジニの必死さも。
真っ直ぐさも。
不器用なところも。

全部、笑われるようなものじゃない。

全部、私がちゃんと向き合わないまま、長くそこに置いてしまった結果だった。

最後に目が止まったのは、いちばん静かなのにいちばん痛いやつだった。

番犬みたいな人、いちばん大人しそうなのにいちばん過保護なんだよね
スマホ管理してるの多分あの人なんだよね
“守ってる”ってより囲ってるだけでは?って思う時ある

スンミナのことだって、分かる。

番犬。
過保護。
囲ってるだけ。

その言葉の一つ一つが、胸の中の柔らかいところに刺さる。

だって、スンミナは囲ってなんかいない。

私が勝手に壊れそうになるから。
私が平気な顔で無理をするから。
私が“大丈夫”って言って大丈夫じゃないから。

そのたびに、時間を見てくれて。
戻るタイミングを教えてくれて。
何も聞かないまま隣にいてくれて。

そうやって、ずっと私を人として扱ってくれてた。

スンミナは、私が言わないことを責めない。
でも、何でも許して見逃すわけでもない。
戻る時間を教えてくれる。
今はやめた方がいいって止めてくれる。
必要な時だけ、ちゃんと現実を言ってくれる。

それは囲うことなんかじゃなかった。

私がこれ以上、自分を雑に扱わないようにしてくれてただけだ。

それなのに私は、その優しさを“過保護”って言われると、一瞬だけたしかにと思ってしまう。

だって私がそうさせたから。

私がちゃんとしてれば。
私が一人で立ててれば。
私が昔から何も起こさずにいられたなら。

スンミナは、あんなふうに私の時間を気にしなくてよかったのに。
チャニオッパだって、あんなふうに全部を背負わなくてよかったのに。
ミノオッパだって、あんな顔をしなくてよかったのに。
ジニだって、傷つかなくてよかったのに。

全部、私のせいみたいに思えてくる。

でも同時に、それでも違うとも思う。

違う。

メンバーはずっと、私を人として守ってくれてた。

私がそうさせた部分があったとしても。
私に原因があったとしても。
だからって、あの人たちの優しさまで、歪めて笑っていいわけじゃない。

そこまで考えた時、喉の奥が急に熱くなった。

スクショの文はただの文字なのに、そこに勝手に私の過去も、メンバーの顔も、全部重なっていく。

チャニオッパが前に立つこと。
ミノオッパが黙ること。
ジニがまっすぐすぎること。
スンミナが静かに時間を見ること。

全部、笑われるようなことじゃない。

全部、私が勝手に一人で壊れないようにって、積み重ねてくれたものだった。

なのに私は、その積み重ねをちゃんと受け取れないまま、別のところで“愛されてる”つもりになっていた。

そのことが、あまりにも苦しかった。

それでも、まだ。

そこまで書かれていても、私はこれが本当に彼のものだって、言い切れなかった。

言い切りたくなかった、の方が近いのかもしれない。

だって、確定したわけじゃない。
裏垢“かもしれない”だけだ。
誰かが勝手に作ったものかもしれない。
文体を真似しただけかもしれない。
たまたま知ってる人が、ありそうなことを並べただけかもしれない。

そう思いたかった。

そうじゃないと、苦しすぎた。

でも、スクショの中身は、どうしても“かもしれない”で片づけられなかった。

知ってることが多すぎた。
知りすぎていた。

私が言ったこと。
私が返した言葉。
私の身体のこと。
私の癖みたいなもの。
メンバーとの距離感。
私たちの空気。

偶然で書けるには、あまりにも細かすぎた。

首しめなくていいの?って聞かれたんだけど普通に笑った。

その文を見た時だって、私は“ありそう”じゃなくて、“あった”と思ってしまった。

そういうことなんだな〜って感じ。

その軽さも。
その温度も。
あまりにも、彼が言いそうだった。

信じたくないのに、信じてしまう。

違うって言いたいのに、違うって言い切れる材料が一つもない。

たぶん違う。
でも、たぶん本物だ。

その二つがずっと頭の中でぶつかって、気持ち悪かった。

最低だと思う。
ひどいと思う。
こんなの笑いながら書くなんて、おかしいと思う。

でも同時に、会いたかったのも本当だった。
優しくされた時に、救われた気がしたのも本当だった。
ちゃんと好きだと思った瞬間があったのも、本当だ。

だから余計に苦しい。

全部嘘だった、って切り捨てられたらどれだけ楽だっただろうと思う。
最初から全部演技だった、最初から全部遊びだった、最初から全部最低だったって言えたら、きっともっと簡単だった。

でも、そうじゃない瞬間もあった。

私を見て笑った時。
会いたかったって言ってくれた時。
頭を撫でて、ごめんごめんって軽く引いてくれた時。

ああいう小さい優しさが、本当にゼロだったわけじゃない。

だから私は、自分の方まで全部偽物みたいに思えてしまう。

会いたかった私も。
嬉しかった私も。
好きだと思った私も。

全部、弱ってただけだったのかなって。
全部、タイミングよく差し出された優しさに寄りかかっただけだったのかなって。

そう思うと、自分まで薄っぺらくなる。

でも。

それでも。

だからって、こんなふうに笑っていいわけじゃない。

弱ってたからって。
揺れてたからって。
依存したからって。
私がそう見えるようなことをしたからって。

だからって、あとから裏で笑っていいわけじゃない。

メンバーの優しさを、過保護とか囲ってるとか、そういう言葉で汚していいわけじゃない。

チャニオッパが前に立つことも。
ミノオッパが苦しそうに黙ってたことも。
ジニが真っ直ぐすぎることも。
スンミナが静かに時間を見ることも。

全部、笑われるようなことじゃない。

私がそうさせた部分があったとしても。
私に原因があったとしても。

それでも、あの人たちが私にくれたものまで、軽く扱っていいわけじゃない。

そう思った瞬間、急に涙が出た。

静かに読んでいただけなのに。
スクショを見ていただけなのに。

気づいたら、視界がぼやけていた。

苦しいのが、自分のことなのか。
メンバーのことなのか。
彼に笑われたことなのか。

もうちゃんと分からなかった。

ただひとつだけ、はっきりしていた。

私は、思ってたよりずっと、壊れていた。

別行動をやめるって送った時。
もう戻るって決めた時。
それで全部が少しずつ元に戻るんだと思ってた。

大丈夫だって思ってた。

彼も分かってくれるって。
メンバーともちゃんと向き合えば戻れるって。
私もちゃんと立てるって。

でも、全然そんなことなかった。

戻ってなかった。
何も終わってなかった。
むしろ、知らないところで、もっとひどい形になって残っていた。

スクショを閉じても、文字は頭の中に残ったままだった。

弱ってる時って落とすの簡単なんだよね。
少し冷たくするとすぐ不安になるの分かりやすすぎる。
面倒になるならもういいかも。
このツアー終わったらどうでもよくなってそ〜。

その一つ一つが、遅れて刺さる。

ああ、私はずっと。
好きだったんじゃなくて、好きだと思いたかっただけだったのかもしれない。

選ばれたかった。
必要とされたかった。
一人じゃないって思いたかった。

その全部を、彼に預けすぎていたのかもしれない。

でも、だからって。

そう思ったところで、また同じ場所に戻る。

だからって、こんなふうに笑っていいわけじゃない。

その考えだけが、ぎりぎり私を繋いでいた。

隣で、かすかに寝息がした。

はっとして顔を上げる。

ミノオッパだった。

同じ部屋。
少し離れたベッド。
暗い中でも、そこにいるのが分かる。

大阪一日目の夜、あんなにぶつかって。
あんなに言い合って。
それでも今日、同じ部屋で寝ている。

その事実だけで、胸の奥がまた痛くなる。

起こしたくない、と思った。

今日はもう十分だった。

私のことで冷たくなって。
私のことで傷ついて。
私のことで、あのスクショまで先に見せられて。

その人を、これ以上起こしたくなかった。

でも同時に、少しだけ起きてほしいとも思ってしまった。

名前を呼んだら、起きるかもしれない。
今、苦しいって言ったら、こっちを見てくれるかもしれない。

でも、そんなことできるわけがなかった。

今日だけで十分、背負わせた。
これ以上、何を乗せるんだろうと思った。

私は口元を押さえて、声が漏れないように息を飲んだ。

泣き声を殺すのって、こんなに苦しいんだって思った。
喉が詰まって、胸が痛くて、ちゃんと息ができない。

ミノオッパはもう、知っている。

彼がどんなふうに私を見ていたのかも。
メンバーのことをどう書いていたのかも。
あの言葉が、どれだけひどいかも。

そのうえで、今こうして同じ部屋にいる。

そのことが、少しだけ救いで。
少しだけ、もっと苦しかった。

知ってしまったのに、隣にいる。
見てしまったのに、何も言わずに寝ている。

その静けさが、優しさなのか、疲れなのか、もう分からなかった。

明日、どんな顔をすればいいんだろうと思った。

起きたら。
朝になったら。
また同じ部屋の空気の中で、ちゃんと息ができるんだろうか。

何も言わない方がいいのか。
でも、何も言わないのも、もうずるい気がした。

考えるたびに答えがなくて、余計に眠れなくなる。

暗い天井を見つめたまま、私は何度も目を閉じて、開いてを繰り返した。

そのたびに、スクショの文字が浮かぶ。
彼の文も。
メンバーの顔も。
今日のステージも。
全部、まだ頭の中に残っていた。

眠れないまま、でも朝は来るんだろうと思った。

来てしまうんだろうと思った。

そして朝になったら、先に起きるのはきっとミノオッパだ。

私はたぶん、ひどい顔のままだ。
目も赤いままだろうし、ちゃんと笑えるかも分からない。

それが怖くて、目を閉じたまま、私はただ朝を待った。

プリ小説オーディオドラマ