来訪を知らせるベルの音により力の緩んだグクの腕を取り払って、彼の胸の中からすり抜けた。
困惑している○○ちゃんの様子やなんとなく感じる気まずい今の雰囲気をどうにか払拭したくて、どうでも良いことを口にしてみる。
普通の人よりは花に親しんでる分、なんとなくその香りの出どころが気になってくんくんと嗅ぎながら部屋を見渡した。
特にその正体を知ることはできなかったけど、屋敷全体がこの香りに包まれていることは到着時から気になってはいた。
戸惑いを残しながらも私の話にきちんと対応して笑う彼女を見ながら、さりげなくグクとの距離を空けようと試みる。
だけどそんな作戦を見通すようにして彼が私の左手を取り、優しく引っ張った。
前によろけた私の耳元に顔を近付けると、また一緒にいた頃の気持ちが香りと共に蘇ってきて苦しい。
その何かを秘めた言葉が熱い空気の糸のように紡がれて耳元を掠めると、ふっと一瞬で顔が熱くなる。熱を帯びた耳たぶが赤くなっていないだろうかと、考えれば考えるほど体温が上がった。
その時ガタンという玄関の大きな音の後に木の床を踏む音が響いて、それが一人のものでないことに気がつく頃には軋む音と共に部屋のドアが開いた。
帰ってきたジンさんと、その後ろについてきた人物を目に捉え、思わず息を呑んだ。
というより、勝手に呼吸が止まったと思う。
ドクドクと脈打つ心臓はキンと冷えて、握られている左手を離そうとした。
なのに、私の意思に気付いたのか余計に力の込められた手がぎゅっと繋ぎ止め、まるで気持ちを持った生き物のように私を離さない。
どうしようもなく心臓の音がうるさくて隣を見ると、ビー玉のように綺麗な瞳が今まで見たこともない程に強く揺れていた。
私の目を見て僅かに微笑んだ後、真っ直ぐに前を見据えている。
その時、彼の意思を確かに感じた。
そうなんだ、グクはそうなんだね。
知らなかったよ。
私ばかりが一人で空回って、貴方の覚悟を知ろうともしないで。
それなら私ももう逃げないよ。
私の幸せと
グクの幸せ
それが同じ形なら、なにも怖がることはないね。
しんと静まり返るこの部屋に、私と彼の息遣いだけが聴こえる。
私と彼の、ぴったりと重なる息遣いが。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!