あの4月の合宿から1ヶ月後、5月。
中間テストを終え、練習を再開した私たちに、ある知らせが届いた。
私は一稀の荒々しい言葉遣いを窘めたが、逆に私の発言が気に入らなかったようで、私から目線を逸らした。
草部コーチはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
この目は、私たちの実力を信じ、”フィギアスケートの天才”と呼ばれる彼女に、自分のクラブが負けるわけないと確信している目だろう。
みんな、これから来る合宿に胸を弾ませながら楽しげに会話している。
それにしても、アイスダンスってやったこともないし、テレビで見たこともないんよな。
後でちょっと調べてみようか……。
佳奈は、キランッと効果音を付けてウィンクをした。
佳奈、人の表情に敏感なんよな。この敏感さに、私も助けられたことがあるし。すごい能力……やけど、
敏感すぎて少し怖いところもある。
ということで始まりました、私達スプリングFSCのアイスダンス練習。
歓迎のアイスダンスに、どんなモチーフを入れようか話し合った結果、
稲荷崎高校は運動部の活動が盛んということで、稲荷崎高校の部活動のモチーフを取り入れることになった。
ということで、各部活動の取材が行われることになった。
そう言って、私はできるだけ慇懃な態度で、稲荷崎高校男子バレーボール部のコーチ2人に頭を下げた。
第五体育館のことも、フィギアスケートのことも、この2人は何も知らない。
突然「取材をしてもいいか」と私が言った時、2人はその取材の目的も言わない私を警戒していた。
でも、快く受け入れてくれたのは、私のお兄の見聞からのようだ。お兄、ありがとう。
尾白先輩のお陰で、私はコーチ二人の隣で、男バレの見学を出来るようになった。
私はバレーやったことないし、いつもお兄の試合を上から見ていただけやったから、こんな間近でコート全体を見通すことが出来るのは、凄く気分が高揚する。
……やっぱり部員に怪訝に思われている。
まっ、私はとりあえず毅然としていればええか。
へーすけ、単純でええな。
それにしても、体育館の上のギャラリーが多い。
これもとりあえずメモ帳に示しておくか、と思い、パパっと書いた。
あれは先輩かな。
あんなしょうもないこと、よく言えるな。
……あの金髪のお下げの女の子……私の事見て「クラスメイト」って言ったな。
あんな子おったっけ……?
それにしても、あの先輩に注意する度胸と勇気がある子。明日教室で見つけたらお礼言っとこ。
こうして、バレー部の練習が始まった。
ドンッ!ピッ!!
男バレ、やっぱ迫力あるなぁ。
フィギアスケートで、この躍動感とか、点が決まった時のワクワクとか表現出来るだろうか。
ピッ!
侑先輩がサーブをした。
へーすけがレシーブをする。
ドンッ!!
侑先輩と治先輩の……速攻……?で合ってるのかな。
とにかく、ボールの勢いが凄い。
そして、アタッカーの一つ一つの空中姿勢が美しい。空中姿勢が良いとこが勝利にも繋がることは、フィギアスケートとも共通していると気づき、少し親しみを感じた。
アタッカーの勢いと、ブロッカーの専念された目と動き。これを氷の上で表現する未来が少し見通せた気がする。
『はい!!!』
そろそろ練習が終わるようだ。
いい取材ができた。自信を持ってそう言える。
二人のコーチと、稲荷崎男子バレーボール部の人達に頭を下げて礼をする。
そう言って、黒須コーチはにかっと輝かしい笑顔を向けてくれた。
この人、父親感満載やな……と思った。
隣にいるバレー部の人達が頭に?を浮かべていたが、私はそんな視線を気にせず体育館を出ていった。
第五体育館
和美、本当苦労人……。
まあでも、和美のお陰でいつも一稀の機嫌直ってるんよな。
一稀、絶対和美のこと好きやん。(恋愛の意味は一応除外。友達としてである)
……恋愛の意味は一応外しておかないと、一稀に何されるか分からんからな。
草部コーチは手元のバインダーに目を通した。
そして、一人一人を吟味するようにして私らを凝視した。
私らも草部コーチの意見に賛同して頷く。
それにしても、決まってるならすぐはっきり言えばいいのに、あえて先に私たちの意見を聞いているなんて……、
まるで、”反対されることを見越して先に許可を持っている”ように見える。
こういうペア決めで、真っ先に何かしら否定しそうなのは……、
一稀はそっぽを向きながら、私に右手を差し出してきた。
私はそれを少し力を入れて握り返した。
一稀、万年反抗期って感じの奴やけど、根はええ子なんよな。何故か私にはみんなより少し当たり強いけど。
その後、他のアイスダンスのペアがそれぞれ発表され……、
和美と佳奈は、2人ともアッブテンポの曲を毎回流してパフォーマンスをしている同士。
百恵と蓮太郎は繊細で悠然とした曲を大会で流している同士。
ええコンビだと思う。
一稀がそういうのも無理ない。
一稀はいつも、持ち前の強靭なフィジカルを使った激しめで殺伐な曲を使用することが多い。
それと対称的に、私はグリム童話のミュージカルで流れるような優しい音色の曲や、オーケストラの曲を使用することが多い。
真反対。
でも、私は薄々気づいている。
対称的な私たちをわざと組ませた、草部コーチの意図が。
そう言って草部コーチは得意げに笑った。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。