それからしばらく、妙な距離感が続いた。
近いはずなのに、どこかぎこちない。
自分だけが意識しているみたいで、少しだけ居心地が悪い。
新は変わらない。
いつも通り隣にいて、いつも通り話して、いつも通り笑う。
だから余計に、分からなくなる。
――俺だけ、変なのか。
ある日の帰り道。
いつもより遅くなって、人通りも少なかった。
街灯の下、並んで歩く。
会話は途切れがちで、
でも無理に繋ぐこともなくて、その沈黙に慣れているはずなのに、今日は少しだけ落ち着かない。
「影山くん」
呼ばれて足が止まる。
新も少し先で立ち止まる。
振り返った顔がいつもと違う気がした。
うまく言えないけど、真剣な目に捕らえられて逃げられない感じ。
「どうした」
いつもと雰囲気が違う新の様子に若干の動揺をしつつも、なるべく普通に聞く。
新は少しだけ視線を逸らして考えて、それから、改めてまっすぐこっちを見る。
「おれさ…」
「影山くんがいないと、やだ」
一瞬、意味が分からなかった。
「……は?」
聞き返す。新は困ったように笑うけど、視線は逸らさない。
「なんて言えばいいか分かんないけど」
「一緒にいないの、無理」
その言い方は、あまりにも素直で飾りも、遠慮もなくて誤魔化していない。
「それ、どういう――」
言いかけて、止まる。
説明を求める言葉が、急に空っぽに感じる。
新は少しだけ首を振る。
「よく分かんない」
あっさりと答える。
「でも、そう思ったから」
分からないままでも、伝えたいと思ったのが素直な新らしい。
理屈より先に、感覚で決めている。
――そういうとこ、ずるいな、と思った。
こっちはずっと考えて、名前を探して、答えを出そうとしていたのに。
こいつは、最初からそこに立っている。
「……それって」
もう一度、言葉にしようとする。
自分も逃げずに、この感情に向き合いたい。
「好き、とか、そういう――」
最後まで言えなかった。
その言葉を口にした瞬間、全部変わる気がして。
戻れなくなる気がして。
新は少しだけ目を丸くして、それから、ゆっくり頷く。
「たぶん」
曖昧な返事なのに、言い方には迷いがない。
「それでもいい」
続ける。
「どういうのか分かんなくても」
「おれは、影山くんがいい」
それを聞いて胸の奥が、大きく鳴る。
怖さもあった。
これが何なのか、ちゃんと分かっていないまま、進んでいいのか。
アイドルだってことも、
周りの目も、全部、頭には浮かんでいる。
それでも。
――手放したくない、と思った。
理由はそれだけで十分だった。
「……いいのかよ」
自分でも何を確認しているのか分からない。
新は少しだけ笑って、
「いいよ」
って、軽く言う。
その軽さが、逆に本気に見えた。
少しだけ距離が縮まる。
触れそうで、触れない位置。
そのまま、動けなくなる。
どうすればいいのか分からない。
でも、新の方が一歩近づく。
躊躇いなく。
「これでいい?」
小さく聞く。
何の確認なのかも、分かっているのに、言葉が出ない。
代わりに、頷いていた。
その距離で、初めてちゃんと触れる。
一瞬だけ触れる唇。
それだけなのに、世界が変わったみたいに感じた。
「……よろしく」
新が、少し照れて笑いかけてくる。
その言い方が、あまりにもいつも通りで、
思わず息が抜ける。
「なんだそれ」
笑いながら返す。
でも、胸の奥はまだうるさい。
――名前は、まだはっきりしないままだった。
それでも、確かに、もう戻れない場所に来ていた。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!