リーフェル村を旅立ってから半日。
ノアは森の中を歩いていた。
頭上では木々が揺れ、小鳥たちの鳴き声が聞こえる。
地図によれば、この森を抜けた先に最初の街があるらしい。
ノアは地図と周囲を何度も見比べる。
旅なんて初めてだ。
道を間違えていないか不安になる。
誰かに聞こうにも、人がいない。
少し弱気になる。
だが来た道を振り返ることはしなかった。
昨日の自分なら引き返していたかもしれない。
それでも今は違う。
怖くても進む。
そう決めたからだ。
⸻
しばらく歩いていると、妙な場所に出た。
周囲の木々が不自然に途切れている。
まるで広場のようだった。
ノアは首を傾げる。
その時だった。
キラリ。
何かが光った。
光の方へ近付く。
そこには大きな切り株があった。
そして――
その中心に。
巨大な斧が突き刺さっていた。
思わず声が漏れる。
斧は普通の武器ではなかった。
柄は黒く。
刃には銀色の紋様が刻まれている。
長年放置されていたように見えるのに、不思議と錆びていない。
まるで今も誰かを待っているようだった。
ノアは斧を見上げる。
かなり大きい。
自分の身長に近い。
こんなもの普通は持てないだろう。
ましてや自分のような細身の少年には。
少し気になった。
どうしてここにあるんだろう。
誰の武器なんだろう。
そして。
なぜか目が離せない。
不思議な感覚だった。
胸の奥がざわつく。
誰も見ていないことを確認する。
もし誰かに見られたら恥ずかしい。
そんなことを考える辺りがノアらしかった。
⸻
斧の柄を握る。
冷たい。
だが嫌な感じはしない。
むしろ――
懐かしい。
そんな気がした。
ノアは首を傾げる。
初めて触ったはずなのに。
まるで昔から知っているような感覚だった。
気のせいだろうか。
そう思いながら力を込める。
グッ。
抜けない。
やっぱり無理か。
そう思った瞬間。
斧が淡く光った。
⸻
ズンッ!!
地面が震えた。
驚くノア。
次の瞬間。
巨大な斧があっさり切り株から抜けた。
軽かった。
あり得ないほど軽かった。
見た目は大人でも扱えないほど大きいのに。
まるで木の枝を持っているみたいだった。
ノアは斧を見つめる。
信じられない。
⸻
すると。
体が勝手に動いた。
斧を構える。
足を開く。
重心を落とす。
そして。
ブォンッ!!
空を切る音。
ノア自身が一番驚いた。
今の動きは何だろう。
考えていない。
なのに自然に体が動いた。
まるで何年も鍛えた戦士のように。
⸻
もう一度。
ブォン!!
横薙ぎ。
ブォッ!!
振り上げ。
ズンッ!!
振り下ろし。
地面が揺れる。
近くの木々がざわめいた。
息を切らしながら呟く。
自分は剣術なんて習ったことがない。
斧なんて持ったこともない。
なのに。
握った瞬間から使い方を知っていた。
⸻
その時だった。
ガサッ!!
茂みが揺れる。
ノアは飛び上がった。
すると現れたのは――
大きな狼だった。
灰色の毛並み。
鋭い牙。
明らかに普通の動物ではない。
魔物だ。
ノアの顔が青ざめる。
逃げたい。
今すぐ逃げたい。
でも。
狼は道を塞いでいた。
⸻
グルルル……
狼が唸る。
足が震える。
怖い。
心臓が暴れる。
その言葉が出かけた時だった。
手に握った斧が僅かに光る。
そして。
なぜか心の奥から声が聞こえた気がした。
『進め。』
気のせいだったのかもしれない。
でも。
ノアは斧を握り直した。
震える手で…必死に。
狼が飛び掛かる。
ノアは息を吸った。
そして。
ブォォンッ!!
巨大な斧が振るわれる。
狼は驚いたように身を引いた。
その隙にノアは後ろへ飛ぶ。
偶然だった。
技でも何でもない。
それでも。
初めて自分の意思で立ち向かった。
⸻
森に風が吹く。
狼はしばらくノアを見つめると、やがて森の奥へ消えていった。
その場に座り込む。
全身が震えていた。
怖かった。
今も怖い。
だけど。
少しだけ嬉しかった。
逃げなかったから。
⸻
ノアは膝の上の斧を見る。
斧もまた静かにそこにあった。
まるで最初から持ち主を知っていたかのように。
答える者はいない。
けれど。
ノアは知らなかった。
この斧が、やがて世界の運命を左右する伝説の武器であることを。
そして。
この斧との出会いが、ノア自身の秘密へ繋がっていることを。
森の木々が揺れる。
少年の冒険は、まだ始まったばかりだった。
第三話へ続く。














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!