――その頃。
暗い道を、一人で歩く影があった。
さっき切ったばかりの通話の感覚が、
まだ耳に残っている。
あなたの声。
葛葉といる、と
認めたあとのあの小さな返事。
胸の奥が、鈍く痛んで足が止まる。
街灯の下。白い息がゆっくり溶けていく。
驚くほど乾いた笑いが漏れた。
自分でも、何に笑ったのかわからない。
わかってたはずだ。
あなたが葛葉を好きなことくらい。
あんなふうに泣いて、傷ついて、
それでも名前を呼ぶ声が優しかった時点で、
気づいてた。 気づいてたのに。
期待してしまった。
もしかしたら、って。
自分が隣にいられる未来を。
ポケットの中で、拳を強く握る。
爪が食い込むくらい苦しい。
胸の奥がぐちゃぐちゃする。
あのまま葛葉と離れれば、
自分に少しくらい可能性ができるん
じゃないかって、思ってしまった。
最低だ。
あなたが傷ついてるのを見て、
チャンスだなんて。
吐き出した声は小さい。
誰もいない夜道に消える。
壁にもたれかかるようにして顔を伏せる。
あなたが笑うたび嬉しかった。
名前を呼ばれるだけで救われた気がした。
でも、その笑顔の先にいるのは
ずっと葛葉だった。
自分じゃない。
スマホを取り出す。
――こあ。
静かな画面。
少し前までならこの名前を見た瞬間、
頭に浮かんでいた言葉がある。
ゆっくり目を閉じる。
胸が痛い。痛いまま理解してしまう。
ああ。勝てないんだ、って。
どれだけそばにいても。
どれだけ想っても。
あなたが一番会いたい相手は自分じゃない。
指先が、こあの名前に触れる。
数秒。そのまま、止まる。
誰に言うでもなく、呟く。
こんなの。
あなたを笑わせたいって思った
気持ちと、違う。
苦しませたいわけじゃなかった。
泣かせたいわけじゃない。
好きだからこそ
幸せでいてほしかったはずなのに。
画面が暗くなる。
もう一度、深く息を吐く。
胸はまだ苦しい。
全然、諦められてない。
今だって、あなたを抱きしめて
連れて帰りたいって、一瞬思った。
でも。それでも。
小さく漏れた声は白く消えていった。














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!