【第5話 総統閣下、力を示す】
葛葉との外交――もといコラボ以降、登録者数は急激に増えた。
通知欄には見慣れない名前が並び、コメント欄の空気も明らかに変わっている。
それ自体は問題ではない。
人が増えるのは良いことだ。
だが――空気が軽い。
新規が多い証拠だ。
浮ついている。
規律がない。
私を理解していない。
画面の向こうから漂ってくる気配で、それは十分に分かった。
……ならば。
一度、力を理解させておくか。
配信開始のボタンを押す前、私は静かに息を整えた。
であれば今日やるべきことは決まっている。
力の提示。
それが最も早い。
私は配信開始のボタンを押した。
画面が切り替わり、コメントが一気に流れ込む。
《きた!!!》
《待ってた》
《単独初めて?》
《総統ってなにw》
《葛葉から来ました》
私はマイクの位置を微調整し、姿勢を正した。
「諸君。ヴェロニカ・ノクスだ」
《圧つよw》
《総統きた》
《声好き》
「本日は初の単独配信となる。来てくれたことに感謝する」
少し間を置く。
コメント欄の流れは速い。
《総統って何してた人?》
《異世界ってまじ?》
《設定気になる》
《新人だよね?》
予想通りだった。
私は頷く。
「まずは質問が多い件について説明しよう」
「私の世界では――歌は娯楽ではない」
《?》
《どういうこと》
「精神に干渉する力を持つ」
一瞬、コメントの流れが緩んだ。
理解が追いついていないのだろう。
だが、それも当然だ。
この世界では歌は文化でしかない。
しかし、私がいた世界では違う。
――音は力だった。
私の生まれた国では、人は歌唱能力によって階級が決まる。
声の質。音域。共鳴力。感情干渉率。
それらを測定され、幼い頃から適性に応じた教育を受ける。
高い能力を持つ者は上位階級。
低い者は労働階級。
残酷だが、合理的な社会だった。
なぜなら音には、実際に人の精神へ作用する力が存在していたからだ。
鼓舞。鎮静。恐怖の軽減。陶酔。服従。
才能が強いほど影響力は大きくなる。
そして私は――
頂点だった。
幼い頃から、歌えば人が泣いた。
歓声を上げた。
跪いた。
望んだわけではない。
だが結果として、私は軍に所属し、戦場へ送られた。
当時、国は長い戦争の最中にあった。
資源は枯渇し、兵は疲弊し、民衆は絶望していた。
士気は底をつき、敗北は時間の問題だった。
その戦場で、私は初めて歌った。
恐怖で動けなくなっていた兵士が、ゆっくり顔を上げた。
震えていた手が、剣を握った。
折れていた心が――戻った。
それを見た瞬間、理解した。
ああ。
私は戦争を変えられる。
その後は早かった。
私が歌うたびに戦況は覆り、勝利が積み重なった。
兵は私を英雄と呼び、民は救世主と呼んだ。
やがて私は軍の中枢へ。
政治の中心へ。
そして最終的に。
国家そのものを掌握した。
誰も反対しなかった。
できなかった。
歌を聴いた者は、私に希望を見たからだ。
私は支配したのではない。
彼らが――望んだ。
だから私は。
総統になった。
現実へ意識を戻す。
私は配信画面の向こうへ視線を向けた。
「戦場では、私が歌えば兵は恐怖を忘れた」
「民は飢えを耐えた」
「国は一つにまとまった」
「その結果として、私は国家の頂点に立った」
「つまり――総統だ」
《え????》
《スケールでか》
《厨二すぎて好き》
《本当に何者》
私は小さく息を吐く。
「百聞は一見にしかず」
「証明しよう」
「歌う」
《きたああああ》
《待って》
《心の準備》
私は目を閉じた。
――あの世界の空気を思い出す。
焼けた大地。
砂煙。
疲弊した兵士たち。
恐怖と絶望に沈んだ空気。
その中心に、私は立っていた。
喉を開く。
最初の一音を放った瞬間――
コメント欄が止まった。
空気が変わる。
自分でも分かる。
この世界でも、力は発動している。
音が空間を満たす。
低く、鋭く、そして爆発するような高音。
感情を乗せるたびに胸の奥が震える。
――立て。
――進め。
――生きろ。
かつて兵士たちに向けた命令が、歌として溢れる。
視界の端に、あの光景が蘇る。
泥だらけの顔で立ち上がる兵士。
涙を流しながら拳を握る民衆。
旗を掲げる瞬間。
私は歌い続けた。
そして――
最高潮に差し掛かった瞬間。
喉の奥から、言葉が零れた。
「……跪け」
自分でも気付かないほど自然だった。
歌詞の一部のつもりだった。
だが。
聞いた側には違った。
命令だった。
抗えない。
理屈ではない。
本能だった。
画面の向こうで、思わず姿勢を正した者がいた。
膝に力が入らなくなった者がいた。
涙が溢れた者がいた。
心臓が速く打ち始めた者がいた。
コメント欄は完全に沈黙した。
誰も文字を打てない。
ただ聴く。
ただ支配される。
やがて最後の音が空気に溶ける。
静寂。
数秒。
そして――
《……え?》
《やば》
《鳥肌》
《待って本物》
《レベチ》
《なんだこれ》
《泣いた》
《息できなかった》
《支配された》
《……やべえな》
《葛葉!?》
《本人!?》
《見てたのかw》
コメントが爆発的に流れ始めた。
私はゆっくり目を開く。
胸の奥がわずかに熱い。
懐かしい感覚だった。
かつて戦場で感じていた、あの空気。
誰かの希望になるという感覚。
私は小さく息を吐き、告げる。
「以上だ」
《以上じゃないw》
《すごすぎる》
《プロ???》
《にじ来い》
《葛葉呼んでこい》
少しだけ笑みが漏れた。
「これが、私が国を支配していた理由だ」
「理解したか?」
《理解した》
《総統です》
《ついていきます》
私は満足して頷いた。
「よろしい」
◇
その夜。
SNSには同じ言葉が溢れていた。
『新人VTuberやばい』
『総統の歌』
『精神持っていかれた』
『意味わからん』
『怖いのに聴きたい』
『本物』
小さな波紋だったものは。
もう。
無視できない規模になっていた。
ヴェロニカ・ノクス。
その存在は確実に――
配信界に刻まれ始めていた。











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!