*
壮大な物語の序章は、
壮大でなければならない決まりはない。
つまり、ちょっとした日常の中で普通が徐々に崩れていく。
あの夏、蝉の種類が減って、地球温暖化で暑さがとんでもなくて、人は相変わらず生きてて、それ以外の生き物も今を生きてて、中学生だった私達も夏を満喫してる。
そう。
いつだって、日常が非日常になるのは、ちょっとしたきっかけからだ。
一種類しかない蝉の鳴き声が急にピタリとなきやんだ。
地球温暖化のせいで暑すぎる気温がひやりと急に冷たくなった。
人は何故か人じゃなくなった。
それ以外の生き物も、生き物として役目を終えた。
私達の夏が終わった。
私達の物語は、きっと後の世の人が聞けば耳を、目を疑う始まり方だ。
そして、序盤も、中盤も、終盤も、おしまいの文字が出るまでの瞬間まで、あなたはきっと奇妙な体験をする。
これは、私達の普通……日常……今を奪われてしまった「あの日」の始まりの物語。
*
香川県坂出市。
かつて塩田で名を馳せた市だが、昭和47年という果てしなく昔に姿を消してしまった。
今は特に何か誇れる物があるとするなら、それは瀬戸大橋くらい。
私達の住む坂出市は本当にそれだけだ。
探せばいくらでも出てくるであろう良いところも所詮他県からしたら特に自慢できるものでもない。
でもそれでいい。
ここで永住……じゃなくても、住むくらいにはこのくらいがちょうどいい。
変に観光スポットが多かったりしても、休日は県外から来た人達で溢れ返ってしまうから、子供の私達からしたら遊び場が減ってつまらない。
変に騒がず、変に人が少なくない。
そんな坂出市の8月真っ只中。
一年前から通ってる、最近校舎を新しく建て直した塩江中学のとある一室にて黙々……とまではいかないけど、作業をしていた。
「カッターの刃の替えもうない? 」
「ない、新しいの取ってこい」
「いやそれよりダンボール足りないわこれ……誰かついでにダンボールも取ってきてよ」
「いやそれはめんどい」
「いやいけよ! 」
複数名の男子女子はお互いに作業……ダンボールを切り離してとある形に作ったり、色を塗ったりと忙しそうにしていた。
私もその中の一人だ。
ハサミで細長い色付きの固い紙を、きれいに形を揃えて切っていくのが私の仕事。
ただハサミを持つことがあまりなかった故に少々不器用ながらも完成していく。
後わずかで私の仕事が終わるその直前……この教室の扉が勢いよく開いた。
「ヒィ……ピィ……すまん遅れちゃ……」
「なんだそのきしょい喋り方……」
「んだと、てめえ急いで来てやったのになんだその態度よぉ!? おお!? 」
「はいはい……さっさとこっちこい……」
……どうやら予定の時間よりだいぶ遅れて参戦してきたのは、私の幼馴染である朝田結だった。遅れてきたのになんでそんな態度なんだろ……。
そしてその朝田結のおふざけを軽くいなすのは小学校からの付き合いである篠原悠 君だ。(ここにいる人たちは大体昔馴染み同士で、最低でも小学生からの付き合いでもある)
結は男子グループの方へ向かっていく。
今この教室にいる男子は6人で、結と悠君以外では……少林寺拳法というかなりマイナーな格闘技(?)の部活動に所属する星野大輔君。
今日は徳島の方に練習試合があったのに何故かついていかなかったバレー部所属の変な子、西之字蒼馬君。
そして暇だからと言って急遽参加した諏訪氏晴矢君と秋山明彦君と……北伝維人君?だったかな。
みんな癖が強くて、ちょっと関わりづらかったりするけど話せば面白い人達だと分かるから私は平気。
「んで俺は何をすればいいの、破壊? 」
「おいこの出来上がったやつ破壊するなよ、破壊したらこの窓からお前を落として人生も破壊してやるからな」
「それ誰もハッピーエンドにならなくて草ぁ! 」
「その2ch用語キモいから二度と喋るな、いいな? 」
「……今は5chだし……」
「あーもうみんな、イライラしすぎ……あ、桜井さん」
結と男子達が変なやり取りをしてると、大輔君が私の名前を呼んだ。
「今さ、もうこれ以上人増えないと思うから用紙にみんなの名前記入しときたいんだけどいいかな」
「あ、いいと思うな! わかった」
私はその場で立ち上がって大輔君から貰った用紙……ボランティア参加者名簿の紙を持ってできるだけ声量を上げて言った。
「みんなー、今から名前書いて行くから名前言っていってねー。本来自分で書かなきゃいけないけどみんな集中してると思うから私が変わりに書くね」
「壱式五木」
「は〜い五木ちゃんね……」
彼女は壱式五木。由緒正しい壱式家の長女で、剣道部主将でもある凄い真面目な人。なんでも大輔君とは家が近くでよく遊んでたとか……私と結みたいな関係なのに今も仲がよさそうで羨ましいなあ。
「誰でしょー」
「うーん誰だったっけ……えへ」
「ひどーい……黛園子って名前なのもう知ってるでしょー」
その場にあったダンボールで顔隠して私は誰でしょうをする天然っ気のあるこの子は黛園子ちゃん。
壱式ちゃんとは少し似てるけど少し違って、すごくお金持ちの方の凄い家の長女で、本人はそれを自慢したり私達のことを庶民だとかで区別したりしないから皆から人気のある子。
「葛葉息吹です」
「おー息吹ちゃん」
「あはは……どうも」
葛葉息吹。小中一緒だけど偶然これまでずっと別のクラスだからあんまり関わる機会はなかったなぁ。
でもなんだろう……よくよく……味噌の匂いがするような?
「……渚響です」
「うん、響ちゃん」
「……」
渚響……。この子も息吹ちゃん同様あまり接点はなかったけど、なんだか暗い子だなぁ……。でも人前に出るのがあんまり好きじゃない人とかって今時珍しくないから、私は別に貶したりはしないかな。
「……と、あと男子達……と」
「あ、俺達は呼んでくれないのね」
「それってぇ!! 男性蔑視だと思いますねぇ!! 」
「黙れ西之字」
うん。
みんな書いた。
私、桜井友花含めて12人。うん、ちゃんと書いた。
「じゃあみんなー、引き続き頑張ろうね! 」
「あーい」
各々適当に返事をして、さっさと作業に戻る。
私も用紙を胸ポケットに折りたたんで仕舞い、作業に戻る。
「なあ、結局これってなにしてんの」
「はあ……? なにって……お前なんも話聞いてなかったの? 」
「そもそもクソ担任の野郎が俺なんかのことを不良だって終業式の日に言わなきゃ来なかったのになぁ……」
「何の話だよ……いいか? これは二学期の運動会の時につかうアーチを作ってんだよ」
「アーチ……ねぇ……」
「お前いま素材が紙類だけで出来ててだっせーとか思ったろ、あんまうちの学校の予算馬鹿にするなよ」
「まあ校舎綺麗にしてくれたのはありがたいけどさあ……アーチってこう何年も使う用に硬い素材とかもっと使うだろ……」
「その予算すらないから一回限りのダンボールなんだろ、ほらお前もはやくやれ」
「はいはい……」
……何しに来たんだろ……結……。
本人も本当にそんな感じのつもりで来たんだろうか。
あれは終業式の帰りのホームルーム。担任の先生が結を指して「部活動もいいが、ボランティア活動もアピールポイント無くていい高校に入ることができないぞ、まあどこかの誰かは部活動もせずにフラフラとしているがな」と中々酷いことを言い出した。
結はいい加減なところもあるけど、自分が馬鹿にされたときはプライドが許さないらしく、今回も詳しい内容も知らずに今回のボランティアに参加した。
詳しい説明をしてた悠君も呆れつつも、その場で結に指揮して作業をやらせていた。
……結ばかり見ててもだめだ。
私もやらなきゃ。
*
2025/8/6
37℃
11時30分と時計の秒針がそう示す頃には作業もようやく半分が終了した所。
晴矢君が急に立ち上がり
「なあ、昼食ってもいい? 」
と宣言(?)した。
みんなも晴矢君を境に各々のバッグから昼食とかスマホを取り出し昼休憩がスタートした。
私もバッグからスマホを取り出して、次にお弁当を取り出そうとすると……。
「え、これまさか午後もやんのか……? 」
「当たり前だろ、でかいアーチなんだから午前中に終わるわけがない」
「は、俺スマホしか持ってきてないぞ……」
「えぇ……」
結……。
どうしよう、私のお弁当分けようかな、いやそれだと……うーん。
……気持ち悪がられるかな……。
幼馴染とはいえ、小学生になったぐらいは喋ることもそんなになくなって、顔合わさない日もあったくらいには私と結の接点が小さくなってきたけど……おかず一個と小さいおにぎり一個ぐらいなら大丈夫かな……?
「近くのLAWSONでなんか買ってきたら? 」
「それだ」
結は五木ちゃんの提案に指をパチンと鳴らした。
早速結はスマホをポケットから取り出し、何かを納得したかのように頷き、教室から出た。
「あ、私も! 」
と何故か結に付いていこうと私も急いでスマホだけ握って結の後を追う。
と、後ろで
「……なあ」
「どうしたみつき」
「……朝田、と、桜井って……」
「あーあの死んだ魚の目人間とちゃらんぽらん娘は別にそういう関係じゃないぞ、お互い幼馴染ってだけ。んだよお前体系に似合わず意外とピュアなんだな!! 」
「……ピュ、ピュアってなにが……」
なんて会話が聞こえた。
……違うよ晴矢君。
確かに私と結はそんな……恋人とかそんな関係じゃない。
でも、ちょっとだけ心配事があるだけ。
結に関しての、ちょっとだけじゃない気もする心配事。
*
夏の陽射しが窓を通じて渡り廊下の床を照らす。
午前中なのも相まって窓から覗く空は青々と輝いていて、晴天とは正にこの事を指すのだろうか。
そんなことより。
「あの! 」
「え」
「あ……待って……待ってね……ハァハァ」
「え、あ、おう」
どうしよう。
ほんのちょっぴり走っただけでこんな息が出るなんて……結いにもドン引きされて最悪。
運動いっぱいしなきゃ……。
じゃなくて。
そうじゃなくて!
「お昼さ、あ、えーと、私飲み物買うの忘れちゃったから買いに行こうかなあーーなんて」
「? おう」
……。
なんだろう、じゃあ近くの自販機で買えば? ってなっちゃうんだよねこれ。
それなのに何にも言わずに隣歩いてくれるのはさすがいい加減とかめんどくさがりとかなんとか……。
お互い無言のまま、私達は廊下を歩く。
無言のせいでなんだか廊下が長く感じる。
私の鼓動がちょっとだけ早くなるのも、廊下が長くなる要因の一つなんだろうか。
意中の人と一緒にいると流れる時間が長くとも短く感じると言われているが、今の私には逆に感じた。
「あの! 」
「な、なに」
「えと、久しぶり……? 」
「いや毎日学校で会ってるでしょ」
「そうじゃなくて〜、話すのが久しぶり? っていうか……」
「あー……まあそうだな」
「うん、そうだよ」
「……」
「……」
どうしよう、話すことあんまりない。
最近元気? とかなんかやってることある? くらいなら私も聞けるんだろうけど……相手が結だからなぁ……。
というのも、結は他の子と違って特殊な環境下で育った人だから、人並の話題をするときに気を使ってあげたほうがよさそうだ。
「……あの、一個いいかな」
「うん」
「……最近、さ……親御さん……」
「あー大丈夫だから安心して」
「そ、そっか」
こんな感じで壁を作ってくる。
例え幼馴染だろうと親等プライバーに関する事は私であろうと距離を置いてくる。
誰だって触れてほしくない事もあると思うけど、それでも私は悲しいって思ってしまう。
例えばこれが他の子……園子ちゃんがさっきの結と同じ反応をしてきても然程気にはしないだろう。
でも結のときは違う。
壁を作られること、作らせてしまうこと、作られる要因を作った原因に対して苛立ちを覚える程に桜井友花という人間は呆気なく崩れる。
私はこれ以上詮索することを避け、再び沈黙の中二人で廊下を歩いた。
これでいい。
好きな人が隣で歩いてくれる事、それが何よりも嬉しい。
どうせならこのまま、ずっと時が進まなければいいのに。
高校生になったら、お互い別の学校に進学しそうな気もする。
家が近いから、運が良ければ朝ばったり会えるなんて事もあるけど、多分高校生からは時間間隔も変わって会うことなんて本当に無くなるのだろう。
そしたらお互い一生会えなくなることもあって……。
今日を逃したら、またしばらくは会えないだろう。
私はもう一度思い切って話しかけた。
「あのね」
「? 」
「昔みたいに、さ……は、話したりとかさ……できなかって……」
「……そっか」
「それで、今日久々に、二人でこうして……さ……私嬉しいのね」
「うん」
「えと、迷惑じゃなかったらさ……LINEの交換」
「あ、おい」
しない? と私の言葉を最後まで言わさず結が合間に入って何かを示す。
……LINE交換しときたかったなぁ……。
と私の嘆きはさておき、私と結の先に誰が横たわってるのを見つける。
「……なんであんなとこで……寝てるんだ」
「寝て、え寝てるの? 」
「廊下って冷たいから身体付けたくなるくね、気持ちいいよな廊下」
「何意味分かんないこと言ってんの……」
これが結の素だから本当に……私はなんて人を好きになったんだろう。
それは置いといて、寝転がる男子生徒に近くに寄りながら身体を揺すってみる。
「あのお〜大丈……うっ!! 」
思わず鼻を抑えてしまう。
臭い……それもなんだか気持ちの悪い、不快な臭い。
鉄分とか、焼け焦げた肉のような臭い。
揺すってもなんの反応も示さない男子生徒に、今度は結が。
「おい起きろよでぶ」
と暴言を吐き、(言い忘れていたが中学生にしては結構太ましい)男子生徒の腰辺りを結は思いっきり蹴った。
……。
*
__しばらく時が止まったのを私は覚えている。
重い蹴りを入れられた男子生徒は転がり、表を曝け出した。
苦しそうな顔。
飛び出た眼球。
張り裂けた腹。
色んな色をした臓物。
私は悲鳴の一つもあげることができなかった。
お互いの足元に、男子生徒の血が上履きに触れた時。
そこでようやく事態を知った……。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!