【弱虫のマーチ 】 リヴァイ憧れ
「兵長」
「何だ」
ぺトラさんはとても綺麗だ。
オレンジ色の髪は絶対にサラサラだし、ぱっちり大きな目、明るい表情、小柄ながらバランスのとれたスタイル。
「おいあなた、これはハンジのところへ持っていって来い」
『はは、はい!』
書類を受け取って、逃げるように部屋から出た。
ぺトラさんはとても素敵だ。
…それに比べて、私ときたら。
濃い茶色のくせ毛に、眠そうな目、口を開けばよくどもるし、眼鏡はしょっちゅうズレてくる。
調査兵団に入って少しはマシになったかと思ったけれど、人間に対しては弱虫のまま。
巨人より人間と対峙するのが緊張するなんて、私はどういう神経をしているのか…口下手であがり症だし、自分で自分を褒められることと言ったら今まで生きていることだろうか。
思えば同期で調査兵団に入った数少ない友人は壁外調査を重ねる度に居なくなってしまって、気がついたら私だけ。
まあ、友人といっても、きっと彼女たちは都合のいい人間としか思っていなかったのだろう…壁外調査での今までの一番の思い出といえば、途中でガス切れを起こした同期にガスボンベを奪われたことだろうか。
あの時は流石に殺意が湧いたが、実際その後捕食されてしまったため、死んでしまえ、と思ったことは少しだけ反省している。
でも人のボンベを盗った報いではなかろうかと思ってもいる…ほんの、少しだけ。
階段を降りて、中庭を突っ切ろうとしながら見上げた部屋の窓の奥に、ぺトラさんと兵長の後ろ姿が見えた。
『…いいなあ…』
リヴァイ兵長の隣に並んでも遜色なくて。
***
『え?と、特別作戦班…?』
「ああ。俺とぺトラと…グンタとエルド、それから新兵がひとり」
『そうなんだ…兵長の班か…お、オルオ兄さん頑張ってね』
それから二、三言交わして離れていったオルオの背中を見送って、私は眼鏡を外して溜息をついた。
小さい頃近所に住んでいた少しだけ年上のオルオ兄さんは、もう立派な兵士だ…なんだか最強口調が変わってしまったけれど。
眼鏡のレンズを光に透かして、ハンカチで拭いてきれいにしてみる。
特別作戦班…リヴァイ班なんて、オルオ兄さんってば本当精鋭なんだなあ………それから、ぺトラさんも。
私もあのくらい素敵な女性だったら、もう少しあの人の近くに立てるかもしれないのに。
『…へいちょう』
「何だ」
『え…ひ、ひぁあああ!?』
「うるせえ」
『ごごご、ごめんなさい!!』
いつからいたんだろう、いやでもオルオ兄さんが何も言わなかったから、たった今に違いない。
『へ、兵長お、おつ、お疲れ様です!』
「ああ…何か用か」
『え、い、いえ…!』
「?そうか」
不意に、兵長が私にずんずん近づいてきた。
ちょっと、なんで、うわあああ。
『な、なな何でしょう…』
「……ずっと聞きたかったんだが」
『は、はい!』
「お前、俺が怖いのか?」
目が点になる、とはきっとこういうことだと思う。
『………へ?』
「違うのか」
『え、ち、違います…怖くは、な、ない、です』
「そうか」
ならいい。
そう言って兵長は頷くと、またずんずんと離れて行ってしまった。
『え、な、なに…』
「そうだあなた」
『ははは、はい!』
「俺と俺の班がこれからしばらく滞在する古城なんだが」
『こ、古城?』
「食料品等お前が持って来い」
『は、はい!』
あ、しまった。
勢いでつい返事を…。
新兵さんもいるんじゃなかったっけ。
ああ無理だ。
私は人見知りなのに…。
「じゃあな」
ハンジの野郎は何を持ってくるか信用ならねえ。
そう言って思わず敬礼までしてしまったまま固まっている私を満足気に見て頷いた兵長に、やっぱり無理ですとは言えなかった。
***
ああ、ああ、どうしよう。
突然言い渡された物資運搬のお仕事は、本当に私に回ってきた。
数日に一度、リヴァイ兵長たちがいらっしゃる旧本部まで用意された荷物を馬で運んで、渡して、帰ってくる。
それだけの簡単なお仕事。
の、はずだけど。
『…い、いいのかな………』
目標、目の前、あとは扉をノックするだけ。
それがなかなか、踏み出せない。
扉の向こうには誰がいるだろう。
リヴァイ兵長だけだったら、どうしよう。
オルオ兄さんがいいな、ペトラさんでも大丈夫。
よし、よし、ノック、するぞ。
くるくるでどうしようもないけれど、気持ちだけ髪をちょっと撫で付けて、ズレていた眼鏡をクイッとあげて、ジャケットの襟を正して、シャツの裾を確認して、よし、さあ、いざ。
「何やってんだ」
『っひぁぁぁぁ!』
噂をすればなんとやら、と言うけれど、いらないですそんな偶然。
『うあっご、ごめんなさいビックリいたしまして、あのっ……に、荷物を…』
私に後ろから声をかけたのはリヴァイ兵長で、お掃除スタイルでそこにいらっしゃった。
「そうか、ご苦労。荷をおろす奴を向かわせる」
『えっあ、はい…!』
ご苦労…ご苦労だと。
リヴァイ兵長からの労いに、自分でも引くくらい口許が緩んでしまった。
リヴァイ兵長が瞬きをして、私を見る。
あ、これバレた泣きそう。
「…」
『あ、あのっ…じゃあ、あの、馬のところへ…』
「…ああ…おいエレン!オルオ!」
はい!と声がして、オルオ兄さんと、もうひとり男の子が廊下の奥から出てきた。
あれ、もしかして私がずっとうんうん悩んでいた扉の向こうの部屋には誰もいなかったオチだろうか。
「あなた?…あ、はい、兵長なんでしょう」
オルオ兄さんが私を見て不思議そうな顔をして、でもキリッとして兵長に向き直る。
「物資運搬係だ。あなたについていって、荷をおろしてやれ」
「はい!」
「わかりました」
元気のいいその男の子とオルオ兄さんは頷いて、こっちですという私についてきた。
でもすぐに何故かふたりに挟まれて、二重の意味で肩身が狭い。
「あの俺、新兵のエレン・イェーガーです」
『あ…わ、私はあなた・あなたのみょうじです…』
「#name#、相手は新兵だぞ?敬語なんざ使う義理ねぇだろうが」
『オルオ兄さん…私のペースで、親睦を深めさせて…あとやっぱり喋り方変わったよね?』
「兄さん…?」
エレンくんが怪訝そうな顔をして、オルオ兄さんと私を見比べた。
『あ…いや、血は繋がってないの…わ、私とオルオ兄さんは、幼馴染みで…家が、近所で』
「あ、そうなんですね!どうりで!!」
「おいどういう意味だ新兵」
「な、何も言ってないじゃないですか…」
ふん、とオルオ兄さんがエレンくんを睨む。
『あ、あの馬です。…結構、荷物あるんですけど…』
「問題ない。エレン、さっさと運ぶぞ」
「はい」
ふたりが荷物を手早くおろしてくれて、私の馬も機嫌良さそうにエレンくんの背中に額をつけている。
『オルオ兄さん、なにか持つわ』
「じゃあその野菜の袋をもってこい」
『うん』
よいしょ、と抱えて、大丈夫ですか?というエレンくんに頷いて古城の中まで運ぶ。
「あなたさんは、何年目なんですか?」
『あ…2年目です』
「へえ…すごいですね、壁外も何度も出てるんですよね?」
『ええ、でもなかなか…討伐補佐ばかり』
それでもすごいですよ、と私を感心したような顔で見るエレンくんに、ちょっとだけ嬉しくなる。
くすぐったいような気持ち。
「おいエレン…さっきから聞いてれば…てめぇまさかあなたをネリャ、」
「え?」
『オルオ兄さん大丈夫?また舌噛んだでしょ今』
何故か昔から舌を噛んでしまうオルオ兄さんに呆れていると、兵長が私たちに気付いてこっちだと手招きをした。
「あ?どうした?」
『な、なんでもない…』
オルオ兄さんが動きが止まってしまった私に気が付いて、不思議そうな顔をする。
それから、ははあ、と笑った。
うわ、嫌な予感。
「お前、あなた…もしかしてリヴァイ兵長のこと」
『な、なんでもないってば…早く行こう』
「ふっふふ…」
「え?なんですか?」
『なんでもないのエレンくん…そんなのほっといて、行こう!』
エレンくんを肩で押すようにして、一緒に兵長が入っていった部屋へ入る。
すると、リヴァイ兵長が少し驚いた顔をして私達を見た。
『?』
「あ、これここに置いていいですか?」
「あ、ああ…」
『野菜は…?』
「あ、それはこっちに吊るしておきますから、ください」
『うん』
エレンくんが私の手から野菜の入った麻袋を軽々と受け取って、壁のフックへひょいっと掛けてくれた。
『力あるんだね…』
「えっ、そ、そうですか…?」
嬉しそうにはにかむエレンくんが可愛くて、少し笑う。
でも眼鏡がズレて、少し気分も落ちた。
「あなた」
『は、はい!』
リヴァイ兵長が私を呼んで、すると残りの荷物を取りに行くのかエレンくんとオルオ兄さんに自然な流れで取り残される。
つまり、兵長と私、ふたりきり。
「エレンとは初対面か?」
『え、は、はい…』
「…そうか」
『え?』
なんでもない、と兵長は呟いて、けれどもじーっと私を見た。
『…へ、え、な、なんですか…!?』
「…いや…親しそうにみえたから、きいてみただけだ」
誰が?誰と?
一瞬考えたけれど、どうやら私とエレンくんを指すのだと気づいて首を振る。
『し、親しいだなんて…!』
仲の良い男の子なんて、思い浮かぶのはオルオ兄さんくらいの私には、エレンくんのようなキラキラ元気男子と親密に、だなんて烏滸がましいとさえ思える。
…けしてオルオ兄さんがキラキラ男子じゃないとは言っていない。
『で、でもエレンくんは…見た目より優しそう、なので…話しやすいかな、とは、思います…』
「…そうか」
リヴァイ兵長が頷いて、私から視線を外した。
ほっとする私を置いて、部屋から出ていこうとする。
『わ、私も残りのものを取りに…』
「あなた」
『はい!』
入り口の所で兵長が立ち止まって振り向いた。
私も兵長に続いて出ようと思っていたため、急な停止に驚いて声も大きくなってしまった。
「実はな…」
『は、はい』
ズリ落ちそうな眼鏡が気になる、けど、こんな至近距離で動く勇気が私には、ない。
「俺も見た目より優しいぞ」
ぽん、と私の頭に一瞬乗せられた手と兵長の言葉を私のこの脳がやっと理解できた頃には、兵長は廊下を歩いていってしまっていて、ひとりで部屋で腰を抜かした。
「…これで最後-…なにやってんだ、あなた」
『は…?!、え?!オ、オルオ兄さん…私、起きてる?生きてる?』
「あ、ああ…俺には起きてるし生きてるように見えるが…」
「俺もそう思いますけど…」
床に座り込んでいるところを怪訝そうに二人に見られたけれど、私はこのあといつもより背筋を伸ばして本部へ帰ったのだった。
どういう理由でリヴァイ兵長があんな風におっしゃってくださったのかはわからないけれど、私にとって、嬉しくないわけがなかった。
なんなら気を抜いたら小躍りさえしてしまいそう。
…次の補給が少しだけ、楽しみになった。
【貴方が気づくことはないね/これ以上好きにさせないで 】 ジャン 語り口調
『ジャン』
「あ?…なんだ、あなたか」
何だ?なんて首を傾げる貴方は知らないのでしょうね。
『なんだって、何よ…またあの子を見ていたの』
関係ねえだろ。
そう呟いて視線を反らしたジャンは、不愉快そうに足元の小石を軽く蹴飛ばした。
「で、何しにきたんだ」
『…サシャを捜していただけ。知らない?』
「知らねえな…食堂じゃねえのか」
『…そう。ありがとう』
背中を向けて歩き出してから、ちらりと振り返った彼はもう私のことなんて見ていなくて、遠くでエレン・イエーガーと話す黒髪のあの子を見つめていた。
『…』
風が吹いて舞った私の髪は、アニよりも…そしてクリスタよりも長くて少しだけ色の薄い金髪。
綺麗だねと褒めてくれるひとは沢山いて、私自身も気に入っていた。
長く伸ばして、毎日きれいに梳かして、乾かして。
自慢の髪だった。
…はずなのに。
『…切っちゃおうかな…』
貴方とこうして出逢ってからは、ただのコンプレックス、だなんて。
***
髪を切った。
腰まである長い髪だった。
首筋が見えるくらい、私の髪は短くなった。
「…え?あなた、どうしたの?!」
『邪魔だから』
クリスタが私の適当に切った毛先を整えてくれた。
相変わらず彼女に引っ付いているユミルは、無遠慮に失恋か、とからかってきた。
『さあ。どうかしら。でも心機一転に違いはないわ』
食堂に行けば、サシャが騒いでずっと私の周りをちょろちょろしていた。
コニーがせっかく長かったのにと悲しんでくれた。
『別に、大した理由じゃないの。なんだか重たくなっただけ』
座学の時間、隣に座ったベルトルトが大きな手のひらで私のうなじを触れた。
ライナーがひどく驚いて、何かあったのかと心配された。
私の後ろに座ったアニは一言、似合っていると小さく呟いた。
『ありがとう』
図書室で会ったアルミンが、僕より短いんじゃないかと控え目に笑った。
同じ金髪で身長も同じくらいだから間違えられるかもね、なんて一緒に笑った。
『アルミン、なんだか気分がいいの』
対人格闘の時間、すれ違ったミカサが珍しく驚いたように私を見ていた。
砂まみれになっても前ほど絡まりもせず切ってよかったと思った。
私を投げ飛ばした張本人のエレンは、不意に訓練に邪魔だったのかと聞いてきた。
『そうよ。これなら今度の立体機動は、エレンにも負けないかもしれないわ』
時折、首筋や肩にかかる毛先がちくりとする気がするけれど、思ったより気分は良かった。
夕食の時間、マルコが私を見て、目を丸くした。
そして彼が、
「切っちまったのか?!勿体無え…」
綺麗だったのに。
また私の心を掻き乱した。
***
『ジャンはね、ミカサが好きなのよ』
消灯時間少し前のお風呂。
誰もいないことはわかっていた。
だから私は鏡に向かってそう言った。
『ジャンは、ミカサのことが好きなの』
そうだよね、そうなんだ。
ひとりで、何をやってるの。
昔そう姉に言われたことを思い出す。
私は昔から、自分に言い聞かせて納得するためのこの儀式をしなければ大事なことは決められないのだ。
『…好きなの』
***
お風呂から上がって廊下を歩いていれば、アルミンと出会った。
本を抱えているところをみるに、きっと彼は今まで図書室にいたのだろう。
『おつかれさま、アルミン』
「わ、びっくりした…おつかれさま、あなた。しっかり髪を拭かないと、風邪を引くよ」
少し肩が濡れていることをアルミンが指を指して教えてくれた。
それからひとことふたこと話して、彼と別れる。
消灯時間は目前に迫っていた。
「あ、あなた。探したのよ」
部屋に入れば、すっかり寝る準備を整えたミーナが私を呼んだ。
その隣に座っていたアニも、すいっと私に目を向ける。
『お風呂に、行っていたの』
「見ればわかるわ。ほら、髪も乾かしましょう」
『…別に、すぐ乾くのに』
座って座って。
そう言うミーナに根負けして、アニの横へ腰掛ける。
後ろに回ったミーナが、タオルを奪って私の髪を拭き始めた。
「本当、こんなに短くなっちゃって」
『楽なの。満足してるわ』
「…でもあんた、時々うなじを触ってる」
『…少し、毛先がチクチクする気がして』
それだけよ。
アニは「…そう」と頷いて、それから私のうなじに触れた。
「でも私、あなたのショートカット、可愛いと思うわ」
『ありがとうミーナ』
「なんだかとっつきやすくなったし…表情も明るくなって」
『…そうかしら』
「そうよ!男子も言ってるもの。イメージ変わったって」
ね、アニ。
そう言ったミーナに、アニが頷く。
「…気づいてない見たいだからいうけど。…あんた、笑った方がかわいいよ」
『…』
「あれ、あなたそれ照れてる?照れてるの?」
『うるさい、見ないで』
かわいいなあ、なんて笑うミーナ。
やめて、と言えば、アニも少し笑った。
『あら、アニも笑ったほうがかわいいわ』
「…ばか」
***
立体機動装置をつけて、木々のあいだを飛び回る。
休憩のために降り立った枝の上、ジャンが風を切って近づいてきた。
彼の立体機動は伸びやかで、私は、美しいと思う。
「…よう」
そう言って彼は、私のいる枝の隣の枝に足をつける。
『…よ、よう』
「…っふ、なんだよその挨拶」
『…貴方がしたんじゃない』
「それもそうだけど…似合わないにも程があるな」
『…そう、かな』
確かに私は、こんな軽い挨拶はしたことないけれど。
思わず少し笑って、髪を耳にかける。
視線をあげれば、ジャンが驚いた顔をして私を見ていた。
『…どうかした』
「あ、いや………………あのさ、お前、最近重力ないみたいに飛ぶよな。…どうやったらそんなふうに出来る?」
負けず嫌いのくせに、なんだかんだと言いながら人のことをちゃんと認めることが出来る彼のこういうところが、私は、
『――……』
「え?なんだって?」
『…脂肪を少し、落としたの。それから、移動する時に、タイミングを合わせて力をかけるようにしてる…一瞬だけ、筋力で飛ぶの。その後、ガスの力を借りるように…その方が、タイムラグがない気がして』
ジャンが、マジマジと私の身体を見た。
そういう意味じゃないとわかっているのに、少し、姿勢を気にしてしまう。
「…脚力を使うってことか?」
『…まあ、そう』
「………あ、悪ぃ…」
居心地が悪そうにした私に気が付いたのだろう、彼はさっと目をそらして、そして「俺も試してみる」と呟いた。
『…でもわたし、貴方の立体機動、すきよ』
あ。
ぱっと顔を上げれば、ジャンがぽかんと私を見ていた。
咄嗟に顔を背けて、ブレードを確認するふりをする。
「………お、おれも、好きだぜ」
『っ』
「立体機動!立体機動な!」
『そ、う』
「…あと、お前もっと笑ったら………」
『え』
「っ!なんでもない!!」
バッと立体機動に移って木から飛び降りていった彼は、どんな顔をしていたのか。
―…もっと笑ったら…
ミーナたちの言葉を思い出す。
自意識過剰かもしれない。
でも、まさか、もしかして、だけど。
アニと同じことを言おうとしたのかもしれない、だなんて。
『…………これ以上』
好きにさせないで。
Title by 確かに恋だった 様
【被害妄想的彼女】 ハンジとの会話。リヴァイ不在
『もう終わりだ終わり終わり終わり殺される』
「こ、怖いよ。あなた。一体どうしたんだい?」
ハンジは虚ろな目をしてブツブツ呟いている同期の黒髪の女性に声をかけた。
『…殺される殺されるのよあの悪魔に』
「何それもう少し詳しく」
『リヴァイよ!リヴァイ!あの悪魔!私をじわじわと殺す気なんだわ…』
「だから何なの?手口は?」
こうなったあなたは止められない。
出来る女・あなたに戻すための一番の最短ルートは話の絡まりを解いて誤解…というかこの良く分からないネガティブ過ぎる思考を正してあげることだ、と結構な付き合いになるハンジは理解していた。
『手口…そう、聞いてハンジ。リヴァイは私の部屋の隙間という隙間を埋めようとしているの。あれはきっと夜中に私が息を詰まらせて死ぬのを狙っているんだわ…』
「多分、掃除じゃないかなあ…」
『いいえ、あれは絶対に隙間を埋めようとしているの』
頭を抱えて椅子に座るあなた。
ハンジでさえ思う……こいつはなんて変人なんだろうか、と。
新兵の頃、別の訓練所出身のあなたのこの極度の被害妄想思考を知らないばかりに、彼女にちょっとしたイタズラをしてしまい大きな騒ぎとなって、当時の団長に呼び出されたことは今でも覚えている。
もう関わるもんかと思ったにも関わらず、今では一番の仲良しくらいになってしまっているのだから、人生良く分からない。
「あなた、リヴァイはほらあれだよ!逆にあなたが埃で喉を詰まらせないように、埃を駆逐してくれてたんだ!」
『…埃…?』
「そうそう!だから心配しなくていいんだよ?」
『でもだって、リヴァイはいつも私に構うわ…きっと私の命を虎視眈々と狙っているのに、私を埃から守ったりするかしら』
「ち、違うよ!リヴァイは…リヴァイはほら、あなたの命を狙っているんじゃなくてね?えっと…そう!逆にあなたを迫り来る外敵からいつでも守れるようにしてるんだ!うん!」
ぱちぱち、とあなたが目を瞬いた。
『…リヴァイは…悪魔じゃない…?』
「え!?そ、そうだよ!?君ずっと本当に悪魔だと思っていたのかい!?」
こくり、と長い黒髪を揺らして頷いたあなたに、ハンジは溜息をつきたくなった―…が、我慢した。
経験上、ここで溜息をつけばまたおかしな方向に彼女は捉えるに違いない。
そもそも彼女が何故こうもリヴァイを怖がっている(?)のか―…その原因は、彼女の性格は言わずもがなだが、リヴァイにも勿論あった。
顔が怖いだとか言動が荒い、とか普通の人が怖いと感じるそれではなく、執拗にあなたに構うこと。
これがあなたにとって現在リヴァイを敵(悪魔)視している原因だろう。
「リヴァイも困ったものだね…」
しかし口ではこう言いながら、実はハンジはリヴァイを応援している、と言ってもいい。
正直なところ、リヴァイがあなたに気があるというのなら全力でバックアップしてやりたいところだ。
『ハンジ、ハンジだけよ私の話を真面目に聞いてくれるのは』
「え?そうかい?」
『まあ知り合いがそんなにいないんだけど』
「あ、そう…まあ、私はあなたの友達だからね」
『ありがとう』
ニコニコ笑うあなたは、同期の贔屓目を差し引いても可愛い女性だと思う。
のに。
のに、だ。
やはりこの性格がネックなのか新兵の頃から浮いた話のひとつも持ち上がらない。
愛する巨人がいる自分はいいとして、ハンジがあなたにもそろそろ…と思っている時に現れた男がリヴァイである。
あなたの見た目に騙されてか、はたまた性格も可愛いと思っているのか、逃げられ、悪魔と呼ばれ、殺人未遂の容疑を何度もかけられながらも、とにかくあなたにしつこく付き纏っている(というのには語弊があるかもしれないが少なくともハンジには、そう見えた)リヴァイならこの少々心配症すぎるところのあるあなたを幸せにしてくれる、かもしれない。
『ハンジありがとう、私もう少しリヴァイのことはよく見てみるわ』
「え…あ、うん…いい奴だから!いい奴だなあ、って思いながら見てみてね!」
『…わかった』
じゃあね、なんて手を振りながら部屋から出ていったあなたを見送って、ハンジは神に祈った。
どうかリヴァイ観察が良い方向に転がりますように…!
その後、何故か研究室に兵長から菓子折りが届いたとモブリットから聞いた。
【兎じゃないから死なないよ】回想 エレン 語り口調
私の家の隣に住んでいた男の子。
2つ年下の、名前をエレンくんというその子と初めて会った日のことはあまりに小さくて覚えていないけれど、私がお外で遊び始めた頃には、すでに彼と一緒にいたことをうっすらと覚えている。
自由に動き回るようになってからは彼とは毎日のように一緒に遊び、お互いの家でお絵描きをしたり、お勉強をしたり、ママやカルラおばさんが作ってくれるおやつを食べたり…それこそ家族のように年を重ねていたのだと思う。
私は気づけばエレンくんのことが大好きで、何をするにも彼のことを想い、彼が喜ぶ顔を思い浮かべて行動するような子だった。
こういうと自惚れだと思われてしまうかもしれないけれど、きっと彼も同じようなものだったのだと思う。
エレンくんはいつも私の傍にいてくれたし、いじめっ子からも守ってくれた。
歩くときは手を繋いだし、お互いの頬にキスをし合ったこともあった。
アルミンくんと遊ぶようになってからも彼は変わらず私を仲間にいれてくれて、私をとても大事にしてくれた。
のに。
あの、寒さが忍び寄ってきていたあの日。
突然私の前にエレンくんはひとりの女の子を伴って現れたのだ。
冬になると毎年エレンくんが巻いていた赤いマフラーを身につけて、黒髪に黒目のどこか不思議な雰囲気を纏ったその子は子どもの目からみてもとてもきれいだった。
そして何故か私は同時に、そんな2つ年下らしい彼女を恐ろしいと思った。
どこが、なんてわからない。
ただそう、漠然と思ったのだ。
私が初めて彼女と会ったとき、彼女は自己紹介をした私に小さく「そう」と言ってエレンくんの袖を握っただけだった。
名前もエレンくんが促してからやっと「ミカサ…」とだけ発し、その後黙ったままの彼女をエレンくんは戸惑ったように見て、それから彼の方から彼女の手を握ったことを私は覚えている。
今考えれば当時のミカサちゃんは家族をなくしてしまったことに加えとても怖い思いをした直後であって、エレンくんもそれを知っていたのだから、ミカサちゃんの無口さも、エレンくんの気遣いも、当然といえば当然だったのだろう。
しかし幼い私にとってその日の出来事はどうにも釈然としないものがあり、家に帰ってから延々とママにエレンくんとミカサちゃんの話をしたものだ。
しかしやはりそれでもエレンくんと一緒にいたいとは思うもので、彼女がエレンくんの家で生活するようになり片時も離れない―…そんな状況を見ながらも私は彼の傍へ行きたがった。
ミカサちゃんとぬいぐるみ遊びをしようとも試みたし、お隣ではあるが家に彼女を招いてお泊まり会のようなものをしたいとも思ったことだってある。
しかし彼女は
「エレンがするなら」
「エレンが行くなら」
エレンエレンエレンエレンエレンの一点張りで、どうにも私と仲良くしようなどという気は感じられなかった。
エレンくんにおいてもそんなミカサちゃんの異常とも言える執着を、彼女のまさに天涯孤独と言える身の上を思ってか、はたまた本当に何も感じていなかったのか、そう言及することもなく済ませてしまっていた。
そうして私はこんなときいつも家で、ママに彼らの話をしたのだ。
―…エレンくんをあの子にとられた。
そう口に出すことは、その時すでにおよそ11歳くらいの私には流石にはばかられて、ただミカサちゃんがエレンくんとどれだけ仲が良いのか、を話すに留めていたわけだけれども。
でも、ママには解っていたのかもしれない。
それから一年足らずの間に、私はエレンくん達と少しずつ少しずつ離れてしまった。
ミカサちゃんが原因でない、とは言い切れないが、もっと明確な原因があったのだ。
私はもともと身体がそんなに丈夫ではないらしく、季節の変わり目なんかにはよく喘息を起こしてグリシャおじさんに診てもらっていた。
どんどん成長して活発さが増し、元気良く外で遊ぶエレンくん達と対照的に、彼らと遊び回っていても私は咳き込み足を止めることが多くなり、エレンくんもはじめこそ心配してくれていたが、そういう事が何十と繰り返されると流石に面倒くさそうだった。
彼はとても素直なのだ。良くも悪くも。
駆け回りたい年頃の彼にとって、年上のくせに足手まといとも言える私は邪魔に違いない―…そう気がついたとき、前屈みに身体を折って咳き込みアルミンくんに背中を摩られる私を、少し離れたところから振り返っているエレンくんの隣に立って、息も乱さず私を無表情に見るミカサちゃんがたまらなく―…そう、たまらなく羨ましく、恨めしく、妬ましかった。
私がエレンくんの隣にいた筈なのに。
私の場所だった筈なのに―…。
そう思い始めると喘息でゼイゼイ音を立てる胸の奥がきゅうとなって、ますます苦しかった。
私、もうお家に帰るね。
そう言って踵を返した私をエレンくんが追ってくる事はなく、ただアルミンくんが「僕もお腹が痛くなったから」なんて言って、私の手を握って家まで送り届けてくれた。
彼はあの頃から頭がよかったから、きっと私の気持ちがなんとなく分かってしまったに違いない。
エレンくんが、私よりもあの子をより良い遊び相手として完全に認めてしまった日。
この存在は私をエレンくんから切り離し、パパの書斎にこもらせるには充分な力を持っていた。
エレンくんとミカサちゃん。
あのふたりを見ていると私はどうにも嫌な子になってしまうと気が付いた手前、仕方がなかったのだ。
パパは薬師さんだったために本の種類も量も子どもの私にとっては多すぎたが、知らないことをひとつずつ減らしていく読書という営みは少なくとも読んでいる間や、そのことを考えている間は私の心をエレンくん達から遠ざけてくれた。
薬草の種類や名前、効果、服用の仕方…。
覚えたことをパパに褒めてもらって、パパの作るお薬の袋詰めをママとしたりして過ごした日々は、負け惜しみでもなんでもなく、私にとって安らかで楽しい時間だった。
でもやっぱり、窓の外にふとエレンくんとミカサちゃんを見かけると、私は嫌な子になってしまうのだ。
―…ずるい、なんで、あの子ばかり。
エレンくんはお隣なのに、私の家の戸を叩くことは無くなった―…代わりに時々私のお家に本を読みに来るようになったアルミンくんによれば、エレンくんは外の世界に心を傾けているらしかった。
ミカサちゃんは?
そう聞くと、アルミンくんは首を振った。
どうやら彼女は外の世界に出ようなんてすることに反対らしかった。
その時私ははっきりと、やった、と思った。
エレンくんは外へ行きたい。
でもミカサちゃんは行きたくない。
それならば私も外へ行こうとすれば、またかつての私の場所に戻れるのではないか。
野望にも似たそんな心が湧いて出て、そして私は。
『パパ、ママ、行ってきます』
身体が強くもないくせに、ありったけのパパが調剤した喘息の薬を持って、訓練所へ向かう馬車へと乗り込んだ。
淋しくて淋しくて、なんて嘘。
Title by 確かに恋だった 様
【ミントキス】 リヴァイ
『へーいちょ、へーいちょ、クッタクターの、へーいちょ』
「うるさい黙れ…なんだ」
『結局なんなのか聞いてくれる兵長、すきです』
今年も調査兵団に夏が来た。
リヴァイ兵長は暑いのが苦手みたいで、今年も普段では考えられないだらしなさで窓際に設置した椅子に座ってらっしゃる。
『じゃじゃん』
「…?」
『去年のアレ、今年も作って川の水で冷やしておきました』
「今日ほどお前のことを好きだと思ったことはない」
『光栄です』
「早くよこせ」
冷たい川に沈めてきていた5本の瓶のうちの1本を掲げた私のことを兵長が急かす。
『まあまあ待ちたまえよ』
しっかり栓をしていたコルクを抜いて、甘いシロップを入れたグラスにミントの葉っぱごと注ぐ。
爽やかな匂いが広がって、視界のはしで兵長が椅子の上で身体を起こした。
同じく川で冷やしていたライムをスライスしてグラスに放り込み、マドラーを刺してこっちを見ている兵長のところへ持っていけば、わざわざ手を伸ばして奪われた。
『冷え冷えでしょう』
「………」
ゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ兵長は、ふう、とミントの香りのする息を吐いて、眉間のシワを薄くした。
「あと何本ある?」
『あと4本、川でおねんねしてます』
「…」
『大事に飲んでくださいね。お酒なんだから一気飲みはダメですよ』
兵長が「4本か…」と呟いて、ちびりとまた口をつけた。
『もう少ししたら、桃やオレンジも入れたサングリアを作りましょうね~』
「サングリア…」
『駐屯兵の方に白ワインを頂いたんです。飲まずにとっておきますね』
「おい、駐屯兵の方って誰だ」
『さあ誰でしたかねえ…金髪の男の子です』
「…」
『そんな顔しないでくださいな』
私もグラスを1つ借りて同じく冷たいお酒を煽る。
ひぃおいしい。
「そこの棚に酒がある」
『どれどれ』
顎で示された棚を開ければ、いろんな瓶が横たわっていた。
『わ、ウィスキーに…ブランデー?蜂蜜酒まである…』
「俺と飲むなら、好きに使え」
『でも高いんじゃないですか?』
「知らん。この前の貰いものだ」
ああ、社交パーティー?と訊くと、兵長は頷いた。
『じゃあ…遠慮なく。蜂蜜酒は発酵が進むと酸味が出るんですよ…早く飲みたいな。今夜お暇ですか?』
「ああ」
『じゃあ、これ飲みましょうよ~。ちょうど、私いいチーズとハムを貰ったんです』
「誰にだ?」
『さあ誰でしたかねぇ、内地の貴族さんです』
「テメェはつくづく魔性だな。貢物で生活してんだろ」
『てめぇに言われたかないですよ~』
ちょっとニコニコしてたらみんなが勝手にかわいがってくれるだけだ。
これは内地にある父のちょっとお高いお店で働かされるうちに覚えたことだし、文句は私をタダ働きさせていた父に言って欲しい。
まあ、お酒の作り方だってその店で覚えたのだけど。
リヴァイ兵長は父にむしろ感謝するべきなのかもしれない。
私の作るお酒がお気に入りのようなのだから。
『そうだ、そろそろ私と付き合いませんか?』
「遠慮する、面倒だ」
『なにいってんの、そんなことないですよ。私って明らか尽くすタイプでしょ?』
「バカ、お前のせいで俺が何度内地に呼び出されたと思ってる」
『5回』
「全部お前に入れ込んでた貴族だぞ」
『私、結婚の約束なんてしてなかったのにおかしいな』
「その帰省する度に、バカみたいに引っ掛けてくる魔性治してから出直せ」
カラン、とマドラーでグラスの中身を混ぜて、兵長が横目で私を見た。
『私のこと好きなくせに』
「そこそこな」
『もー、へいちょー』
「なんだ」
『私とお酒どっちが好きなの』
「酒」
『くそやろう』
兵長の椅子のそばまで歩いて近寄る。
座ったままの兵長が、窓枠にグラスを置いた。
『私と付き合いませんか』
「そのうちな」
『キスしてから考える?』
「…悪くない」
いつものやりとりをして、兵長の膝の上に座った。
『私のこと好きなくせに』
「聞き飽きた」
『言い飽きた』
ミントの香りのするキスをして、ちらりと窓の外を見下ろしたら、新兵のエレンとジャンとコニーとサシャが箒やバケツを抱えて真っ赤な顔でこっちを見ていた。
『あ、見られた』
「問題ない」
『私のこと好きだから?』
「そうだな」
少し驚いて見下ろすと、兵長の黒い瞳と目が合う。
「自分で言って驚いてやがるのか、やっぱりバカだな」
『突然そんなこというなんてずるいなあ』
「もういっぺんしてみやがれ」
『キスしたいって言えばいいのに』
やっぱりミントの香りがした。
数日後、兵長はまた内地に呼び出された。
【けっぺき!】 リヴァイ 扱いが酷い
『こんにちは。リヴァイ、いる?』
あなた・あなたのみょうじ。
調査兵団にもう10年近く所属している精鋭であって御年27歳になるらしい女性分隊長である彼女は、この俺、エレン・イェーガーにとって、ある意味公開処刑、いや公開躾を行ってくださったリヴァイ兵士長と同じくらい…いや、ヘタをすればそれを超えるくらいの衝撃的な人物だった。
大袈裟だって思うだろ?違うんだ、本当なんだ…。
「え、えっと、兵長ですか!?今別の部屋を…待ってください、呼んできますね!」
『はーいよろしく』
だっと廊下に出て、兵長を目指しながら考える。
やばいやばいやばいやばい。
まさか掃除中にいらっしゃるなんて…!!
「兵長!!」
「あ?テメェはしゃぐんじゃねえよ走り回るな」
「はしゃいでません!あの、えっと、そう!あなたさんがいらっしゃってます…!」
不機嫌そうに俺を振り返っていたリヴァイ兵長の目が見開いた。
「なん…だと」
***
一階の元の部屋に戻ると、あなたさんは座りもせずにそのまま部屋の真ん中に立っていた。
『はーいリヴァイ。ごきげんよう』
「あ?ああ…」
『はいこれエルヴィンから』
あなたさんが封筒から出した書類が兵長に手渡されようとし、兵長の手に触れる寸前でヒョイッと避けられた。
「…」
『手洗った?さっき掃除していたみたいだけれど。やめてよね、あなたが触った後、私がまた持っていかないといけないんだから』
今の俺か?心臓が止まりそうだよ当然だろ。
「…洗った。なあ、エレンよ」
「は!?はい!!もう!!ゴシゴシと!!!」
『そう、ならいいわ』
今度は無事にリヴァイ兵長の手中におさまった書類に俺は安堵する。
なんで俺こんな部屋にいるんだろ…そうか、出ちゃえばいいのか!
「あ、あの、兵長、俺ぺトラさんたちを手伝ってきま「ここにいろ」…で、ですよね。…はい…」
絶望だ。
ここにいたら心臓がいつくあっても足りないのに…。
「あ、あの…あなたさん椅子をお持ちしま『あ、いいわ。ここの椅子汚いから』…で、ですね」
涙を堪えて窓の外に目を向けたら、ちらちらとリヴァイ班のみなさんが箒を握ってこちらを見ていた。
助けてください!そう口パクしたけれど、信じられないことに全員に敬礼された。
何だあの人たち。新兵の俺を見捨てやがった…。
「おいエレン、ペンを持って来い」
『あ、私持っているわ』
ポケットから出てきた、ハンカチにくるまれていたあなたさんの万年筆が兵長に手渡されようとし―…止まった。
やばい。くる。
『あ―…ごめんリヴァイ。やっぱり気持ち悪いから、自分の使って?』
「…」
「もっ…持ってきますね!!!」
だっと部屋から脱出した俺。
―…そう、お分かりかと思うが、あなたさんは兵長の上を行く極度の潔癖症だ。
そしてものすごくハッキリ言う人だから、心のエグリ取られ方がハンパじゃない。
リヴァイ兵長があれだけ言われて怒らないのは、きっと、いや絶対、あの人の言葉ひと言ひと言で心に傷を負っているからに違いない…それこそ、怒る気も起こらないほどの。
汚いとか気持ち悪い(菌的な意味で)とか、兵長みたいに潔癖でいつも綺麗にしている人からしたら物凄く不名誉で物凄くショックなはずなのに…。
兵長の机の上のペン立てから万年筆を一本手に取って、…あ、手に取っちゃったよ…どうしよう、俺まで汚いモノ扱いされてしまう。
仕方がないので兵長の引き出しから洗濯済みハンカチーフを一枚失敬して、それで万年筆を包んで持っていくことにした。
磨いておこう。
急いで戻ると、兵長は座っていたけれどあなたさんはやっぱり立ったままだった。
『あらご苦労さま』
「おいエレン…それ」
「あ、兵長のハンカチです」
「テメェ」
『あらいいじゃない。リヴァイのハンカチなら安心だわ。気が利くのねボク』
「なん…だと」
「いや、あ、あはは……兵長すみません…」
「いやエレン、でかした」
「は、はあ」
どういうことだろう。
二、三発蹴られる覚悟をしたのに、なんだか機嫌が良くなったみたいだ。
…ああそうか、あなたさんに汚いモノ扱いされなかったからかな…。
『エレンちゃーん』
「あっ、はい!」
『ちょっと出口までついて来てくれる?ドア触りたくなくって』
「解りました!!」
俺が考えている間に兵長はさっさと書類を書き込んでしまったようで、あなたさんが書類を封筒に収めているところだった。
じゃーねリヴァイ、と封筒をヒラヒラと振ってドアのない部屋の入口をくぐっていったあなたさんに続いて少し遅れて部屋を出た俺が窓から見たのは、慌てて身だしなみを整えるリヴァイ班のメンバーたち…。
なんだか腹が立ったので、出口までの道すがらオルオさんはさっき素手でトイレ掃除をしてました、と#name#さんに教えておいた。
その後のことは、お前の想像に任せる。
ちなみにこの日以降、リヴァイ兵長のお掃除チェックがより厳しくなりました。
***
リヴァイ兵長が紅茶を飲む横で一緒に紅茶を飲んでいたら、突然ハンジさんが来襲して噎せそうになった。
なんとリヴァイ兵長を超える潔癖症と名高いあなたさんも一緒だ。
兵長があなたさんを見て、サッと目線を周りに走らせたのが見えた―…俺も自分の身なりと椅子やテーブルの上を確認する。
大丈夫、見た限り汚いところはないですよね!
そう思いを込めて兵長を見ると、ちょうど兵長が視線を動かすのをやめた。
ウソだろ、なにかありましたか!!
汚いものがある空間で平気でお茶を飲んでいたとなれば、あなたさんに「信じられない、気持ち悪いわ(菌的な意味で)」と言われてしまう。
「………」
恐る恐る目だけ動かして確認すると、兵長の目線の先にはハンジさんがいた。
いや兵長、流石に失礼…いや、そうでもないか。
大丈夫なんですか、ハンジさんと一緒にいて。
ハンジさん、今日は風呂入ったのかな。
「ど、どうしたんですか二人とも」
「いやぁ、私はどうしても試してみたいことがあってね!あ、もちろんエレンなんだけど」
「あなたさんは…?」
『私はリヴァイに会いに来たの』
「エッ」
「ヒュウー、聞いたリヴァイ!」
「なん…だと…」
兵長がびっくりしている。
俺もびっくりしている。
『聞いてちょうだいリヴァイ』
あなたさんが言って、兵長が座れと促す。
あなたさんは少し迷う素振りをみせたが、俺が引いた椅子にとても浅くだが座ってくれた。
座った…マジか…ここの椅子にあなたさんが…。
よっぽど長い話なのかもしれない。
「エレン、エレンは私とお話しよう!」
「あ、はい…」
ハンジさんに呼ばれて、窓際に寄る。
それから少しの間、ハンジさんが考えた実験の内容を引きながら聞いた。
言っておくが、絶対やらない。
リヴァイ兵長が止めてくれることを祈りたい…。
そう思っていたら、黙ってあなたさんと話していたリヴァイ兵長が「はぁ?!」と珍しく驚いた声を出した。
「お前…どうするんだ」
『だから来たんじゃない。ねえ、どうしたらいいかしら』
「え?なになに?」
「うるせぇ黙ってろ」
「いや気になるじゃん!どうしたの?」
「は、話に入っていいんですか、ハンジさん」
正直俺も気になるので、本心では『ハンジさんいけ!押せ!』と思っている…兵長に睨まれた。
時々思うんだけどこの人心読めると思う。
『ハンジにも言ってなかったわね…私、結婚させられそうなの』
「「ハァッ!?!?」」
『ハンジ、今床に唾液が飛んだわ…』
「なんだと」
「ごめんごめん!え、本気!?誰と!!」
「父親の友人の息子だと」
『何度か会ったことあるのよ』
「そ、それで…あなたさんは結婚するつもりなんですか…!?」
ごく、と俺の喉がなった。
答えによっては、控えめに言っても明日から覚悟しなければならない…関係ない俺が、だ。
兵長は腕を組んでいる。俺の位置から表情は見えない。
またごくっと喉がなった。
『いいえ、正直あんな男嫌よ。食べ方も汚いし、手を洗った後シャツの裾で手を拭いたの。どう思う?有り得ないでしょう?』
「ハンカチーフを持ち歩くべきだな」
「私、裾で拭いちゃうわ」
「はは…」
嫌そうに言ったあなたさんにホッとして、気の抜けた笑いが出た。
あと明日からハンカチ用意しよう。
『でも父がもう約束しちゃったなんて言うのよ』
「そんなのイヤだイヤだ~って言えばいいじゃないの?」
「そうですよ!無理矢理なんて流石にしないんじゃ…」
『散々言ったの!でも私ももういい歳だし、俺を安心させてくれって言うのよ』
「…つまり?」
『結婚して子どもを産んで内地で暮らせって言うことでしょ』
「ええっ」
「いやいや無理でしょあなたがそんな…兵団抜けられるわけないじゃん!」
大事な戦力だよ!とハンジさんが手を広げて言う。
俺も横でうんうん頷いた。
まだあなたさんの勇姿をみたことはないんだけども。
「だいたいね、あなたが子育てなんて…ぜっっったいに出来るわけないよ!」
「えっハンジさんそれは」
「ヨダレ拭いたりおしめを替えたり…その前に男とセッ」
「ハンジさん!!?」
「エレンうるさいぞ…だがとにかく、断るんだろう」
『そうしたいのだけど』
どうしたものかしら、と言いながらため息をつくあなたさんは、調査兵団の変人...じゃない、個性的なメンバーにも埋もれない潔癖すぎる欠点...じゃなくて、ええと、個性のせいで忘れていたが、そういえばものすごく美人だ。
潔癖すぎる性格でなければ、引く手数多に違いない。
潔癖すぎる性格でなければ。
「そ、そうだ…!相手の方は、あなたさんの綺麗好きなところ、知ってるんですか!?」
逆転の発想ってやつだ。
あなたさんの欠点…もういいや、欠点を相手の人が知れば、向こうも結婚は考え直すかもしれない。
とてもいい案だと思う…今、俺にはアルミンが乗り移ったのかもしれない。
『私の綺麗好きなところ?』
「まあ…あなたの性格は、普通の人間じゃ相容れないだろうな」
「リヴァイ、俺以外は、って言っちゃいな、痛い!」
ガンッと音がして、リヴァイ兵長の横に寄っていったハンジさんが脛を押さえて床に蹲った。
『私、そんなにひどい性格してるかしら』
「そ、それで、相手の方は知ってるんですか?」
『知ってると思うわ。何度か我慢できなくて、面と向かって注意したこともあるし…』
「そう、ですか…」
そういえばそうだ、この人は誰にでも「気持ち悪い(菌的な意味で)」と言える人だった…言っちゃう人だった。
「…」
「あの…じゃ、じゃあもう、恋人がいるって言っちゃうとか…」
『父はきっとこれ幸いとその恋人と結婚させようとするわ。…相手もいないのに…』
ちらり、俺がリヴァイ兵長を見ると、目が合った。
やべ。
視界の隅に、やっと立ち上がったハンジさんが見えた。
この人の二の舞にはなりたくない。
「…すっっっごい、ウズウズする」
「どうしたクソ眼鏡、水虫か?」
「足じゃないよ!」
失礼だな!と言うハンジさんを兵長が鼻で笑う。
『…』
「いや違うからね!?」
『…』
「み、水虫は置いといて!…や、やっぱり…もう恋人を作ってしまうとか…内地に連れていかれないように、調査兵団内に…!」
「おーいいね!あなた、恋人を作ろう!!」
『なんだか飛躍したわね』
あなたさんが肩をすくめる。
リヴァイ兵長を見れば、涼しい顔をしているけれどカップを握る方の手と逆の拳はぎゅっと握られていた。
ウケる…ごめんなさい。
やっぱりこの人心読める。
「…そ、それこそ!それこそ…とても優秀な方なら親も文句を言いづらいのでは…!?」
「そう!そうだよ!!」
『優秀ね…例えば?』
「えっ」
「それは、そのぅ…調査兵団の重役っていうか…ねえ?」
「…」
『ああ、リヴァイとか?』
ガタン、と兵長の椅子が鳴った。
『何?』
「なんでもない」
『…』
「……そ、それで…どうでしょう」
あなたさんがリヴァイ兵長を見ている。
ハンジさんは固まっているリヴァイ兵長を見ている。
俺もリヴァイ兵長を見つめた。
ここまでお膳立てしたんだぞ、決めてくださいよ兵長!
「…あなた」
『なにかしら』
「……お前が俺に相談しに来た理由は?」
『理由?』
え、なにこの話?
「じゃあ俺の恋人になれよ」じゃないんですか兵長!
『そうね…リヴァイに言わなきゃいけない気がしたからかしら。旧い中だし』
「私は?」
『ハンジにも一緒に言ったじゃない』
「え、忘れてたじゃん、超ついでだったじゃーーーん」
ハンジさん邪魔だな。
「うるさい黙れクソ眼鏡」
ですよね。
「………………もし、あなたが気乗りするなら―…」
『?』
「………掃除も洗濯も完璧にこなせる俺が…」
ごく、と鳴った喉は、俺かハンジさんか。
「こ…恋人…に……」
なってやってもいい。
そう続くはずであっただろう兵長の言葉は、バンッと勢いよく開かれた扉の音で遮られた。
「ペト…ラ……えっ…あっ、お、お疲れ様です…!!」
「……」
『びっくりするじゃない』
「オルオ…君ってやつは………」
「バカァァァァァ!!」
思わず先輩に向かってバカなんて言ってしまったが、これは仕方なかったと思う。
『…なんの話だったかしら』
あら?と首をかしげたあなたさんを見ながら、俺はオルオさんの死を覚悟した。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。