第42話

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2023/03/02 13:21
体をぶった斬るほどの爆風。レゼとは違って弾も風も衝撃も全て自分に向いてくるからその威力は凄まじく。スターターを引いて再生した体は間を置かずに穴を開けられ、それでも降り注ぐ弾丸をチェンソーの刃で弾いていく。いてぇ、でもアキだってきっと痛ぇはずだ。弾き飛ばして瓦礫に転がる弾丸は、探っていた時と形状は変わらない。恐らく、これはアキの肉片でできている。俺のチェンソーが血が必要なように。銃の悪魔が街を撃ち抜くたびにアキの体がすり減っていく。

やめろ、アキがなくなっちまう。アキ、こんなのお前が一番望んじゃいねぇだろ。こんなことやめろ、こんなこと、アキにさせんな。

銃の悪魔は人を狙う。楽しげに笑いながら。

わかっている、あれはもうアキじゃない。銃の魔人だ。アキなんかじゃないんだ、魔人なんだ。殺さなきゃなんねぇだろ。そうだろ。

言い聞かせるように頭の中で反芻する。それでも頭の中はわかってくれない。止めようにも力は叶わないし、銃口の奥のアキの面影に心が上手く働かない。次々に増えていく死体と、広がっていくばかりの血溜まり。自分の覚悟が決まらないばかりに、自分で割り切れないばかりに、アキにこんなことを続けさせてしまっている。

自分が弱いばかりに、アキをずっと苦しめている。


「…、クソ!!!クソったれ!!」


アキを止められるのは俺しかいない。己を叩き直すようにスターターを再度引く。空吹くエンジン。刃が回る振動が強まる。殺したくない、心が叫ぶ。でも、魔人ってしたいに悪魔が乗り移った奴なんだろ。…死んでもまだ縛られるアキを、そのまま見ねぇふりできねぇよ。対峙すれば、銃の魔人は心底嬉しそうに口角を上げて笑う。向けられる銃口。あれは魔人だ、俺はデビルハンターだ。悪魔なら、魔人なら、やらなきゃいけない。それでも片隅で願う。


「…アキに戻れ!!」


頼む、悪い夢であってくれよ。


刃に響く火薬の圧。流石公安の最大の標的なだけある。まともに横殴りに降り注ぐ肉片の嵐は防ぎ切れずに体に穴を穴を開けていく。痛ぇ、死ぬほど痛ぇ、クソ、やっぱり夢じゃない。衝撃はに吹き飛ばされ建物に突っ込む。瓦礫に埋もれる。隙間から差し込む光。終わらない。終わらせるまで終われない。瓦礫を蹴り上げ這い出す。身体中の骨がひしゃげて力を込めると砕けた骨が軋む。切れた傷口から血が吹き出す。止まらない。血が足りない。銃の魔人を駆除しないといけねぇのに。街の人を、…アキを、助けねぇとダメなのに。足を取られ瓦礫に仰向けに滑る。振り絞っても体が動かない。アキ、畜生。クソ、何でこんな、クソ、クソ、クソ

口の中に広がる血の味。若い血、肥えた血、古い血、甘い血、様々に混ざり合う。軋む骨がつながり合う感覚。傷口の痛みが消える。ぼやけた音が鮮明になっていく。

銃の悪魔を、殺してくれ。

スターターを引く。もう考えんの、やめた。

肉を割く感触。血飛沫の熱さ。聞き慣れた、血に溺れたようなアキの声。

終わった、終わらせちまった。手に力が入らない。回復だってしてんのに。心が鉄の球みたいに重い。誰か、誰か助けてくれ。俺を、俺達を。


「……幸せになっちゃ、悪ィってのかよ」


この手に掴みたい。楽して生きれなくたっていい。あれが欲しいとかこれが欲しいとか、そんな贅沢言ってねぇだろ。ただ、普通の生活をしていたかっただけなのに。


「言わなかったかい、未来は君次第だって…♪」


一筋の風が吹く。そういえば、そんなこと言われた。この、優しい掠れたテノールに。
「デンジくん、…辛いことをさせたね。もう大丈夫。」

「っ、あなたさ、……俺、アキのこと、」

「……大丈夫。ね?…信じて。」


どろりとチェンソーが溶け出し露わになった彼の顔は、とても悲しみに満ちていた。ひどい顔だ。額にキスを落として抱きしめる。怖かっただろうに。本部に一度向かうよう指示をする。不安気な表情を浮かべるデンジくんとパワーちゃん。もう一度、今度は二人を抱きしめて、任せて、と撫でてやるとわかった、と戸惑いながらも従い、本部へと向かう。臓腑を噴き出し横たわる銃の魔人。火薬の匂いに混ざった、アキのよく吸っていた煙草の香り。微かに神経が脊髄を伝って飛び出た内臓を蠢かす。まだ、死んではいない。瀬戸際ではあるけれど、まだ、生きている。当たり前か、だって、この俺がまだ生きている。少しくるのが遅かった。だいぶ行手を阻まれた。けれど、死んでしまうにはまだ十分なほどの猶予がある。チェンソーの刃に裂けた胸。手を差し込む。指先に伝わる命の鼓動は微細に震えて凍えている。

アキ、2年も待たずに死に急がないで。まだ別つには惜しい事、君も感じているだろう。

意識のないアキをじ、と見つめる。その奥に巣食う、悪魔の魂を見透かし、深淵へと誘うように。感じる、悪魔の気配、本能。銃の悪魔の感情が、アキの声帯を通して漏れ出す。

銃の悪魔。君は些か暴れすぎだ。なんの代償もなく取り立てる事の愚かさを、悪魔の君がわからぬわけもないだろう。これは支配とか自由とか、そんな低い次元の話じゃあないんだよ。過剰に取り立てたのなら、それに見合うだけの対価を払わなければいけない。等価交換は世の理、どの世界の軸に存在しても決して揺るがない摂理だ。異常に膨らんだ負債、貴様自身では返せぬだろう?だから、

俺が差し押さえる。貴様の命を。
銃の悪魔、君は早川アキの心臓となる。

銃の悪魔の自己意識を、思考回路を、気質を、認知を、知覚を、情報を、意義を、本質を……銃の悪魔の持つ遍く全ての『基礎』を組み替える。銃の悪魔にはもう、銃の悪魔としての自我はない。そして永続的に動き続ける。“己は早川アキの心臓である”と認識したまま。

銃口がどろりと溶け落ちる。その下に眠っていた、垂れた目尻と釣り上がった眉。


「……俺の傍にいて。生きて、アキ…」


目を閉じるアキにキスを一つ落とす。微かに口に乗る吐息。上下する胸。アキの血の味は、相変わらずヤニの味がする。右目をなぞる。宿る未来は、もういない。未来なんて変えられなければ、運命を変えてしまえばいい。武器を心の臓に宿した彼は、もう寿命なんて概念に囚われない、自由の命を手にしている。あの子との約束は、これからもずっと続いていく。


「俺をみくびりすぎたね、マキマ。…残念だったね、本当に…♪」


魔人になどせず殺しておけば、俺からアキを奪えたのにね。好機を与えてくれて感謝するよ、マキマ。

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