Sunoo side
鳥の、鳴き声。
カーテンの隙間から差し込む白い光が、
またつまらない日々の始まりを知らせる。
のそりと身体を起こして、後一時間後に鳴る予定
だったアラームをオフにして、立ち上がった。
ニキ君が家を出ていってから、二ヶ月が過ぎた。
冬がいよいよ終わりを告げ、窓の外の木々はポツポツと
蕾を開かせては白い桜の花を風に揺らした。そんな様子をただボーッと見つめる日々は、酷く冷たかった。
スマホを開いて、トークアプリを開く。
ニキ君とのトークは居なくなった日で時が止まって、
そこから何も更新されていないままだ。
その事実が、毎日、僕の心を酷く痛め付ける。
どこに行ったの。何をしてるの。
元気で過ごしてるの。誰といるの。
聞きたいことは山程あったけど、そんな事より
いなくなってしまった喪失感が何をしても拭えなくて、
今更何か言葉を送る手がいつも止まってしまう。
そうして今日も顔を洗って、ご飯を食べて、着替えて。
時間が来たら家を出て、大学に行って、アルバイトして
また帰ってくる。おかえりが、返ってこない部屋に。
同時期に、ジェイヒョンも大学に来なくなった。
講義室の一番奥、窓際の席。
いつも座っているその席にいたとしても、その隣を
埋める人が誰もいなくて。
何日も、何日も。
講義室の扉の向こうから親友がなに食わぬ顔をして
入ってくる事を期待しながら扉を見つめるも、
その扉が彼によって開かれる日は来なかった。
教授の話がいつも以上につまんなく感じながら、
合コンが何とかと騒いで楽しそうなジェイヒョンの
顔を思い出しては、机に項垂れて涙を堪えた。
そうして、また、家に帰ってくる。
妙に静かに感じる家の扉の前、鞄の中を漁って鍵を
探す。鞄の底に沈んでいるのを見つけて手に取ると、
何も考えないまま鍵穴の前まで持って行った。
右側から声がして。
ドッと大きく心臓が脈打つ同時に、勢いよく声が
聞こえた方を振り返るも、そこには誰も居なかった。
ただ、桜の花弁がふわふわと風に押されて、
地面をゆらゆら彷徨っているだけだ。
陽の光に照らされた階段の向こう側に、
ニキ君の姿を見たような感覚になって。
もう、なんだか。耐えられなくて。
耐えきれなくなった気持ちが涙となって、
身体の外にぶわっと溢れては、廊下の床を濡らす。
ズルズルとしゃがみこんで、必死に声を殺した。
どこに、行っちゃったの。
なんで何も、話してくれなかったの。
酷い。酷いよ。酷い。僕を一人にするなんて。
寂しい。寂しいんだよ。寂しいの。
会いたいんだよ、ニキ君。抱き締めて欲しいの。
好きって言ってよ。また頭を撫でてよ。
揶揄ってもいいから。バカにして笑ってもいいから。
イタズラだって許すから。だから。だから。
帰って、来てよ。
拭っても拭っても、溢れてくる涙。
まるで海の中にいるような感覚だ。
冷たくて、苦しくて、暗くて、何も無い。
そっと肩が触れられる感覚と同時に、久しく聞く声が
ふわりと春風と一緒に降り掛かってきて、顔をあげる。
酷く心配そうな顔で、僕と同じようにすぐ隣に体を
小さく折りたたんで、目線を合わせながらこちらの
様子を伺うように僕の顔を覗き込んだ。
ジョンウォン君は慌てたようにポケットからハンカチを
取り出して、そっと僕に差し出した。それを受け取ると
真剣な表情で僕の様子を伺いながら僕の背中を撫でた。
途端になんだか恥ずかしいような気分になって、
借りたハンカチで顔をごしごしと拭き、なるべく
なんでもないように聞こえる声色を作った。
ジョンウォン君は呆れたように溜息を着いた。
僕はそんなジョンウォン君に取り繕っても仕方ないと
冷静になると、無理に笑うのをやめて黙り込んだ。
そう言ってくっと視線で僕に圧力をかけると、
僕を残して先に部屋に入って言ってしまった。
こうなれば言うことを聞くしか無いので、
大人しくその後に続いてジョンウォン君の部屋の扉を
開ける。中は何も変わってなくて、少し安心した。
玄関に立ち尽くしたまま、ほんの少しの意地で靴も
脱がずにいると、奥で上着を脱いだジョンウォン君が
じっと僕を見て、立ち尽くしていた。
無言の圧力。
その圧に押されて負けるように靴を脱ぐと、
大股で歩いてきたジョンウォン君に腕を掴まれて、
そのままリビングまで連行された。
そんな事、思ってないよ?
ジョンウォン君、割としつこい方だし。
今まで誤魔化されてくれたこと、あんまりないし…。
でも、なんか恥ずかしいんだもん。
ニキ君がいなくて寂しい、なんて。
しかも自分に告白してきてくれた子にだよ?
なんか、言いずらいっていうか…なんていうか…。
チラチラと上目でジョンウォン君を見る。
ジョンウォン君は監視するみたいにじっと僕の前に
立ったまま、僕の事を見つめていた。
その視線に負けるように、ゆっくり口を開く。
自分で言ってて、やっぱり恥ずかしくなってきた…。
恥ずかしさが限界を突破してまた口が閉じていく。
ジョンウォン君は何を考えているのか分からない顔で
じっと僕を見つめたまま、何も言ってくれない。
そんな様子が余計に僕の羞恥心を掻き立てていく。
そりゃそうだよね?いくら恋人と言えど歳下の子が、
自分から離れていったからって寂しくなって、自分の
家の前で泣きじゃくるなんて…。
いい歳して何してんだって、思われるかもだけど…!
でも僕はそれほど…ニキ君が…。
ニキ君が、好きだったし、好きなんだ。
あぁ、なんかやばい。また涙出てくる。
ニキ君の笑った顔とか、いたずらっぽい顔ばっかりが
頭の中に流れて、僕の寂しさを加速させていく。
思わずまた涙がこぼれそうになって、誤魔化すように
俯いていると、そっとジョンウォン君の手が僕の右手に
伸びてきて、優しく掴んだと思ったら少し強めに握る。
名前を呼ばれて顔をあげると、ジョンウォン君は
真っ直ぐ僕を見つめていて、その視線はまるで。
まるで…僕を好きだと告白してくれた、時のようで。
ジョンウォン君の手が、頬に伸びてくる。
ゆっくり溢れた涙を、指で拭って。
その涙を、舐めて見せる。
そのジョンウォン君の視線が、酷く鋭くて。
背中がゾクゾクするような感覚がして。
ジョンウォン君、こんな事、言う子だったっけ?
そんな目で、僕の事を見るような子だったっけ?
バグったみたいに頭の中がいっぱいいっぱいになって、
言葉が出てこないまま、ジョンウォン君が一歩、二歩と
僕との間の距離を詰めていく。
そうしてふわりと抱き締められると、久しく感じる
ジョンウォン君の石鹸の匂いが鼻を掠めた。
耳元でそう囁くジョンウォン君の声色は、
ニキ君と初めて出会った時を彷彿とさせた。
ジョンウォン君はそのまま僕の耳にキスを落とす。
グッと抱き寄せながら、頭を撫でてくる。
心臓が、異常に早い。
変な汗が出てる。手足が、なんか、ピリピリする。
どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。
ジョンウォン君は笑った。
その笑みはあまりに怪しくて、甘くて。
僕は何も言えないまま近付いてくるその子の唇を
避けられずに、受け入れてしまった。
Niki side
何ヶ月ぶりに戻ってきたかも分からない家。
すっかり日が落ちて静まり返った住宅街にあるその家は
珍しく家の明かりが付いているのが庭の方から見えた。
親父が、帰ってきてる。
それは兄貴の連絡で知っていた。
心を無にして、玄関の門を開け、入っていく。
不用心にも扉の鍵が空いていて、扉を開けると
親父のマネージャーやらの大人達で溢れていた。
俺の顔を見て分かりやすく愛想笑いをする。
そんな大人達の間を通り過ぎて真っ直ぐリビングへ
入っていくと、ソファーに偉そうに座る姿が見えた。
その隣には、兄貴も座っていて。
こんなでかい鞄持ってんのに。
俺がどこ行ってたとか、どうでもいいんだろうな。
不機嫌そうな親父の声には答えず、
兄貴とは反対側のソファーに腰かける。
ソヌの家にあるソファーの方が、座り心地がいいなんて
思いながら、堅苦しそうな親父の顔を見つめた。
兄貴は返事をしないまま、俺を睨んだ。
それに気付かないフリをして、立ち上がる。
親父が部屋を出ていくのを見送ると、兄貴は
突然俺の胸ぐらを掴んでソファーに押さえ付けた。
まぁこうなる事は分かっていたから、驚きはしない。
……これでいい。
俺が兄貴より有名になって、優秀になれば。
ソヌの関心は、俺だけに注がれる筈。
兄貴は親父を追いかけてリビングを飛び出した。
しんと静まり返る部屋に一人、くしゃくしゃのスーツも
直さないまま、ソファーに座り込んで。
乾いた笑い声が自分のものだと気付くのに、
ものすごく時間が掛かったような気がした。
















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。