いつも通りの日常。好きな時に好きなことをして、言われたことを言われた時にする。
2本目の煙草を取り出しながら呟いた。
涼風凛花という名前に合わない無駄に元気な声で駆けてくる後輩。
正面に立つと、手に持つ煙草を取り上げようとしてくるのでひょいっと手を上に伸ばす。身長差的に涼風には届かない。
子供のように頬を膨らませながら、そう言う涼風に適当に返事をしてまだ残っている煙草を吸った。
目の前でまだ叫んでいる涼風を置いて、俺の視線は別の人間に注がれていた。
この職場の人間には珍しい癖のない真面目そうな顔。新品であろう皺一つないスーツ。俺よりも少し低い背丈。
そんな涼風の言葉を右から左に流し、俺はアイツを追った。
後ろで声が聞こえるが、そんなことはどうでもいい。書類を持つ手とは反対の無防備に降ろされた手を掴む。
警戒心剥き出しの視線でそう問われる。自分自身の行動に驚く間もなく、コイツの質問に答えた。
すぐにでも立ち去りたいというような言葉を投げかけてくる。そんなコイツを少し困らせてみたくなった。
俺だって聞いたことない。だが、職業柄と言うべきか、自分の性格上と言うべきか、嘘をつくのは息をするように俺にとって簡単なことだ。時々、そんな自分に恐怖を覚える時もあるが。
諦めたように1つ溜息をつくと、コイツ__赤石正太は口を開いた。
俺がいる1班にどうすればコイツを移動させれるかなんて自己中心的なことを考える。
そんなことを考えている間にも、不機嫌そうな顔をして、俺が掴んでいる手首に視線を向けていた。
それ程力を入れていない。振り払えば簡単に逃げ出せるのにそう言う赤石。そんな赤石に対して、好感度が上がる。
試すようにそう言ってみた。すると、赤石はトゲトゲとした言葉を投げてきた。
自分の将来のことを考えた理由に見た目通りの真面目さを感じる。
手を離すと、俺に力をかけていたのか寄りかかる先がなくなり、赤石は後ろに倒れ込みそうになる。
赤石を抱え込むようにして、前に倒れ込んだ。押し倒したような状態になり、上から見下ろす赤石は真っ赤だ。
後頭部は片手で包み込み、ぶつかりはしていないと思う。赤石の顔の真横に手をつくその体制は、涼風に言わせれば床ドンというヤツだ。
羞恥心からか、俺を押し返そうとする赤石の手は力が入っておらず、ビクともしない。
もう少しこの状況を楽しんでいたかったが、聞きつけたのか職場の人間が周りに増えてくる。このことがきっかけで何か噂を流されたりした場合、赤石が会ってくれなくなる可能性がある。それは避けたい。
そう思い、渋々赤石の上から退き、手を差し伸べる。
手を掴み返すことなく、赤石は自力で立ち上がって歩いて行ってしまった。行き場のなくした手を見つめる。
涼風に呼ばれ、手から視線を離した。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。