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第4話

4
39
2024/07/01 13:14
亜理と井森はしばらく無言で向き合っていた。
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
ええと
最初に言葉を発したのは亜理だった。
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
わたし、今物凄く怖いんだけど
井森建(HJ)
井森建(HJ)
僕はかなり興奮している
井森建(HJ)
井森建(HJ)
世の中にまだこんな凄いことがあるなんて驚きだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
つまり、どういうこと?ええと、あなたが驚いている理由とわたしが驚いている理由は同じよね?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
なんでそんな持って回った言い方をするんだい?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
もし、わたしの勘違いだったりしたら、そして、わたしが思っていることを口走ったりしたら、きっとわたしは頭がおかしいと思われてしまうわ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
君は偶然、合言葉が一致したと思ってるのかい?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
やっぱり合言葉なんだ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
僕はそう言ったよね
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
ということは、つまり……駄目。やっぱり言えないわ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
どうして言えないんだよ?理由がわからない
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
だって、おかし過ぎるもの。意味が通らないわ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
理論は後で考えればいい。とりあえず現象を分析しなければ、理論は生まれないんだ。知ってるかい?どんな状況下でも光の速度は常に一定であるという不可解な現象から相対性理論は生まれたんだよ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
でも、わたしは言わないわ。行った後できっとおかしいと笑われるんだから
井森建(HJ)
井森建(HJ)
じゃあ、僕が言おう。こんなところで堂々巡りしていても埒が明かない
井森は亜理の目を見詰めた。
井森建(HJ)
井森建(HJ)
僕たちは不思議の国にいた。その時、僕はビルで、君はアリスだった
亜理は悲鳴を上げた。

周りの人々が二人を見た。
井森建(HJ)
井森建(HJ)
おい。悲鳴を上げるってのは酷いじゃないか。まるで、僕が君に何かしたみたいに思われている
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
あんまりびっくりしたものだから
井森建(HJ)
井森建(HJ)
大方、想像が付いていただろ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
ええ。でも、ひょっとすると妄想なんじゃないかと思ってたから……。あっ。ひょっとすると今、あなたが言ったということ自体がわたしの妄想なのかも
井森建(HJ)
井森建(HJ)
そこまで疑ったら、自分の精神を信頼できなくなるよ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
今、まさに自分の精神が信頼できない状態なんだけど
井森建(HJ)
井森建(HJ)
君はあの世界ではかなりまともな方だと思ってたけどね
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
つまりつまりどういうことなの?これは催眠術か何か?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
どこがどう催眠術なんだ?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
つまり、あなたがわたしに変な夢を見せたんでしょ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
いいや。そんなことはしていない
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
じゃあ、どういうことなの?なぜあなたはわたしの見た夢の内容を知っているの?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
だから、僕も君と共通の体験をしたからだよ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
二人の夢が繋がっていたということ?どうしてそんなことが起きるのよ?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
理由はわからない。それから、単に二人の夢が繋がっていただけという訳ではないように思うよ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
じゃあ、やっぱりわたしの気が変になっているの?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
広い意味ではそうかもね
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
やっぱり……
井森建(HJ)
井森建(HJ)
だが、そう心配する必要はないと思う。客観的な現象は存在すると仮定してみて、矛盾が生じた時に初めて自分の正気を疑えばいいんだから
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
客観的な現象って何よ?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
不思議の国は実在するって仮定するんだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
自分の頭よりまずあなたの頭が心配になってきたわ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
オッカムの剃刀かみそりって知ってるかい?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
海外メーカーの髭剃り?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
不必要な仮定は立てるべきではないという原理さ。つまり、物事を説明できる最も単純な理論を採用すべきということだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
最も単純なものが正しいってこと?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
そうじゃない。必要もないのに複雑な仮説を取り扱うのは、思考の無駄だという意味だ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
どう違うの?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
今は意味を厳密に分析している時じゃない。僕が言いたいのは、不思議の国があると考えた方がすっきり説明が付くってことだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
もしあの世界が実在するとして、一体どこにあるの?地面の下?海の底?それとも他の惑星?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
君はどこだと思う?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
地面の下。だって、なんだか穴に落ちて到着したように思うから
井森建(HJ)
井森建(HJ)
たぶん地面の下にあれだけの空間は存在しえない。それにあの世界には日が射していただろ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
じゃあ、海の底?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
海の底だとしても、地面のしたとほぼ同じ問題があるね
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
じゃあ、やっぱり別の惑星なの?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
その可能性が最も高い。だが、それでも、どうして僕たちがこことあそこの間を移動できるのか説明は難しい
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
本当に移動しているの?寝ている間に?夢遊病者みたいに?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
単なる夢遊病じゃない。僕たちは変身していた
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
寝ぼけているから、そう思い込んでいるだけなんじゃない?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
眠っている間に僕たちが家を抜け出し、どこかで出会って、そこで夢を見たまま話会っているって?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
そうとしか思えないわ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
そんなことをしていたら、とっくに誰かが気付いて、今頃二人とも治療を受けていることだろう
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
じゃあ、どうやって夜中に出歩けるのよ?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
出歩いてなどいないのでは?二人とも自宅にいて、体は眠っていたとしたら?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
じゃあ、やっぱり夢なんじゃないの?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
単なる夢じゃない。二つの世界の特定の人物同士がリンクしているんだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
どういうこと?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
この世界には、僕が存在し、向こうの世界には蜥蜴のビルが存在している。そして、その二人はリンクしており、一方の夢が一方の現実と重なっている
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
結局、夢なの?夢じゃないの?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
精神の健康が最優先課題なら、夢だということにするのが、最もてっとり早い
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
じゃあ、そうしようかしら?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
それでもいいが、このまま事態を放置するなら、向こうの世界で、君に不幸がふり掛かることは避けられないよ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
何の話?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
アリスはハンプティ・ダンプティ殺人の犯人だと思われている
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
そうだったわね。でも、あれは頭のおかしい帽子屋と三月兎の勝手な思い込みよ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
だが、彼らは証拠を示した
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
証拠って、白兎の戯言たわごとのこと?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
この世界では白兎が何を言おうと証拠とは扱われないが、向こうの世界では立派な証言になるんだよ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
アリスは逮捕されるかもしれないってこと?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
そうなる可能性は高い
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
どうせ夢の中の話だわ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
それで割り切れるのかい?もし、終身刑になって、牢獄に閉じ込められたら、君の人生の半分は失われることになる
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
半分?夢は覚めたら、終わりよ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
半年前まで、僕もそう思っていた。だけど、同じシチュエーションの夢を見ることに気付いてから、夢日記を付けることにしたんだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
わたしも今日から始めたわ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
それはいい習慣だ。人は夢の内容はすぐに忘れてしまう。印象に残っている夢以外にはね。夢日記は僕にとてつもないことを教えてくれたんだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
どんなこと?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
僕はこの半年間、毎日、あの不思議の国の夢を見ていたんだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
まさか……。でも、言われてみればわたしもそんな気がするわ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
あの夢をどのくらい前から見始めたか、覚えているかい?
亜理は首を振った。
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
ごく最近のような気もするし、何年も前からのような気もする
井森建(HJ)
井森建(HJ)
じゃあ、質問を変えよう
井森建(HJ)
井森建(HJ)
不思議の国以外の夢を何か覚えているかい?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
当たり前じゃないの
井森建(HJ)
井森建(HJ)
例えば、どんな夢?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
どんな夢って……。えっ?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
どんな夢だい?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
急に言われても、思い出せないわ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
でも、不思議の国の夢はすぐに思い出せる
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
それは最近見たからだわ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
じゃあ、時間をかければ他の夢を思い出せるって言うんだね?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
ええ。当然よ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
じゃあ、いくらでも待つから思い出してご覧
井森は口を閉ざした。

ありは目を瞑って深呼吸をした。

焦らずに、ゆったりとした気持ちになれば、きっとすぐに思い出せるわ。


三分が経過した。

亜理は眉間に皺を寄せた。

井森は何も言わない。

さらに一分が過ぎた。

亜理はゆっくりと目を開いた。

井森はにやにやと亜理を見ていた。
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
何よ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
思い出したかい?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
ど忘れよ。そういうことってあるじゃない
井森建(HJ)
井森建(HJ)
ど忘れで、今までの人生で見た夢を何一つ思い出せないって?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
何一つ思い出せない訳じゃないわ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
じゃあ、何を思い出せる
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
……不思議の国……
井森建(HJ)
井森建(HJ)
何だって?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
ええ。わたしは今まで一種類の夢しか見たことがないようだわ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
信じられないかもしれないが、これから毎日夢日記をつけていれば、どんどん信じられるようになるさ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
つまり、あなたはこれから毎晩わたしが牢獄の夢を見るようになるだろうって言うのね
井森建(HJ)
井森建(HJ)
その通りさ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
なるほどね。毎晩、寝るのが楽しみになる類の夢じゃないわね
井森建(HJ)
井森建(HJ)
そうだろ。だったら、それを回避するための方法を探さなくっちゃ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
でも、夢なんてそんなにはっきり覚えてないんだから、現実に懲役食らうよりははるかにましなんじゃない?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
日本の刑務所の方が不思議の国の牢獄よりはるかに待遇がいいと思うけどね
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
いずれにしても現実のわたしには何の問題もないわ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
ふむ
井森はじっと亜理の顔を見詰めた。
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
顔に何か付いてる?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
言うべきかどうか悩んでる
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
まさか、歯に青とか付いてる?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
そうじゃなくて、君の心の強さを推し量っているんだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
あなた、外見だけで、他人の心の強さがわかるの?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
わかるかなと思ったんだが、無理そうだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
じゃあ、押しは買っても無駄じゃないの?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
そうだね。じゃあ、直接訊くけど、君の心は強い?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
そんなのわからないわ。他人の心と較べたことがないんだから
井森建(HJ)
井森建(HJ)
わかった。躊躇していてもしょうがない。今までの調査で、極めて重要なことがわかったんだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
調査?何の調査
井森建(HJ)
井森建(HJ)
世界の調査だ。この世界と不思議の国の両方を調べて、そして少しずつ二つの世界の関係がわかってきた
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
それだけ聞いたら、病院に行った方がいいんじゃないかと思えてくるわね
井森建(HJ)
井森建(HJ)
どうして?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
普通だったら、自分の妄想だと思うでしょ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
君も自分の妄想だと思う?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
いいえ。もう一人同じ体験をしている人がここにいるから。もっとも、あなた自身がわたしの妄想じゃなかったらね
井森建(HJ)
井森建(HJ)
僕も同じだ。同じ体験をしている人がいたから、妄想でないと信じることができたんだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
わたしが仲間だってわかったのはついさっきでしょ?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
いや。そうじゃないんだ。仲間はもう一人いたんだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
何ですって?
亜理は目を見開いた。
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
なぜ、それを早く言わなかったの?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
まず君が本当にアリスかどうか確認したかった
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
それで誰なの、そのもう一人の仲間って?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
王子さんだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
えっ?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
王子さんも不思議の国の住人だったんだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
でも、さっき王子さんはただの知り合いだったって
井森建(HJ)
井森建(HJ)
そうだよ。ただの知り合いだ。特に強い友情で結ばれていた訳じゃない
井森建(HJ)
井森建(HJ)
たまたま彼が誰かと話しているのを聞いてしまったんだ。最近変な夢を見るって
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
不思議の国の夢?
井森は頷いた。
井森建(HJ)
井森建(HJ)
最初は聞き流そうとしたんだ。だけど。どうしても気になった。夢の内容が僕の知っているのとそっくりだったから
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
偶然だとは思わなかったの?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
そう思おうとしたさ。だけど、彼の言葉がとても気になり、それが切っ掛けで夢日記を付けることになったんだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
それで、確信に至ったのね
井森建(HJ)
井森建(HJ)
僕の見ている夢の世界は実在する
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
そして、王子さんにそのことを言ったのね
井森建(HJ)
井森建(HJ)
最初はとても気味悪がっていた。何かの嫌がらせだと思ったらしい
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
普通そうだわ。わたしも気味悪かった
井森建(HJ)
井森建(HJ)
だから、僕は提案したんだ。じゃあ、次の夢であなたに話し掛けますよ。その内容を現実世界で確認できれば、それが即ち証拠になるって
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
その試みは成功したのね
井森建(HJ)
井森建(HJ)
とてつもない驚きだった。だが、事実が明らかになるにつれ、研究者としての興味が湧いてきたんだ。いったいこれはどう言った原理で起きている現象なんだろうかと
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
わかったの?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
いいや。ようやく仮説ができあがりつつあったところだ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
どんな仮説?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
まだ不完全だ。教えるほどのものじゃない
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
構わないわ。不完全であっても、何も情報がないよりましだわ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
いいだろう
井森は唇を舐めた。
井森建(HJ)
井森建(HJ)
僕はこれらをアーヴァタール現象と呼んでいる
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
アーヴァタール、何?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
インド神話における神の化身のことだ。つまり、実体はあくまで神なのだが、一時的に地上に化身を送ることだ。例えば、ヒンズー教では、釈迦はヴィシュヌ神のアーヴァタールの一つであると考えられている。それと同じように、『不思議の国』という仮想世界に我々のアーヴァタールが存在しているとしたらどうだろうか?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
ネット人格とか、ネットゲーム上のキャラみたいなものね。自分自身じゃないけど、限りなく自分を反映した存在
井森建(HJ)
井森建(HJ)
僕はTwitterとかネットゲームとかはやらないんで、よくわからないんだが、その喩えで君が理解しやすいなら、それで構わないよ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
その仮想世界は誰が作ったものなの?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
皆目見当も付かない。そもそも誰かが作ったのかどうかも判然としない
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
仮想世界が自然にできたりするものかしら?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
絶対にないとは言い切れない
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
だって、仮想世界の構築には、コンピューターが必要でしょ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
人間の脳なら、コンピューターの代わりになる。所謂いわゆる普通の夢や空想だって、一種の仮想現実と言える
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
知らない間にわたしたちは誰かの脳にアクセスしてるってこと?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
むしろ、我々の脳が相互に接続してネットワークを構成している可能性の方が高いだろうね
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
どうしてそんなことが起きるの?わたしたちの脳はケーブルで繋がってなんかいないわよ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
そこが謎なんだ。なんらかの未知の信号で結び付いているのかもしれないし、案外微弱な電磁信号が鍵かもしれない
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
これだけ、いろいろな電磁波が飛び交っていたら、脳波なんかまともに届かないでしょ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
ノイズの中から意味のある情報を拾い出すのはそれほど複雑な技術じゃない。ただ、人間の脳にそんな機能が備わっているかというと、わからないとしか言いようがない
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
備わってないでしょ。そんな機能必要ないし。もしあったとしたら、逆に音声でのコミュニケーション手段は発達しなかったと思うわ
井森は肩を竦めた。
井森建(HJ)
井森建(HJ)
さっきも言ったように今は単なる仮説に過ぎない。もちろん、特定の人間の精神を人工的な仮想現実とリンクさせるという陰謀じみた計画が密かに進行している可能性も排除できない
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
知らない間にわたしたちの脳に何か埋められているとか?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
その可能性もある
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
だったら、犯罪じゃない。警察に行かなくちゃ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
そして、『わたしの頭の中に何かが埋めらえているので、犯人を捕まえてください』って言うのかい?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
まともに相手にされる訳がないわ。まず証拠よ。レントゲンかエコーで脳の中を調べればいいんじゃないかしら?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
その方法もあるね。病院に行って、『とてつもなく頭が痛いから脳の検査をしてください』って言う。そっちの方が現実的だ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
じゃあ、今からでも病院に行ってくるわ
亜理は立ち上がった。
井森建(HJ)
井森建(HJ)
ちょっと待ってくれ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
何?まだ話があるの?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
君に話さなければならない重要なことがあるって言っただろ
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
今の話じゃないの?
井森建(HJ)
井森建(HJ)
今までの話も充分重要だ。だが、これからする話は今までの話が前提でなおかつ君にとって極めて重要になる
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
もったいぶらずに早く言って。病院が閉まってしまうわ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
もしアリスがハンプティ・ダンプティ殺害の犯人だと断定されたら、どうなるか
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
さっきも言ったけど、牢獄に閉じ込められるって言うんでしょ
井森建(HJ)
井森建(HJ)
裁判官が女王だったら?
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
首をちょん切られるかもね。女王は誰かれなしに『首をちょん切っておしまい!』って言うから。でも、実際にちょん切られた人は……
井森建(HJ)
井森建(HJ)
彼らは実際には犯罪者と認定された訳ではなかった。だから、誰も刑を執行する気がなかった。だが、もし殺人犯だったとしたら
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
アリスは死刑になると言うのね。でも、夢の中……仮想現実の中で死んだとしても、それがなんだというの?ゲームのキャラクターが死んだとしても、誰かに『死んでしまうとは情けない』となじられる程度じゃない
井森建(HJ)
井森建(HJ)
王子さんの不思議の国でのアーヴァタールはハンプティ・ダンプティだった
栗栖川亜理(HN)
栗栖川亜理(HN)
えっ?
ありは井森の言葉の意味が把握できずにしばらく混乱した。そして、徐々にその言葉の意味するものが理解できると、がたがたと身体が震え始めた。それは自分ではどうしても止められない今まで体験したことのない戦慄だった。
井森建(HJ)
井森建(HJ)
そう。二つの世界の死はリンクしている可能性がある
井森建(HJ)
井森建(HJ)
その場合、アリスの死刑は現実世界の君の死を意味する

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