朝、目を覚まして朝食を作ろうと手を洗っていると、大きな声で名前を呼ばれた
朝っぱらから大きな声で私をベタ褒めするこの人は兄
妹愛が強すぎて最早変態みたいになってる
父は「紺屋」、布を藍で染め、それを街で売ってお金にしてる
母はいつも私より早起きして家事をこなしてくれている
だから私も兄も家事を手伝うんだ
元気よく返事をした兄はいそいそと包丁を取り出して大根を切り始めた
野菜の土を水で流しながらいつもの疑問をぶつける
思った通りの返事に、冷たくあしらってこの話題は終わりにしようとした
のに
なんで続けるかなぁ…まぁ私が振った話題だから仕方ないけど
少し黙り込んだと思えばこれだ、慣れたから今更呆れたりなんかしないぞ
前言撤回、やっぱり呆れます
穏やかな声でそう言いながら入って来たのは母
呑気な母と兄にツッコミを入れた所に、父が帰ってくる
私の家族は優しいから仲が良い、そんな場所にいると心が温かくなってふわふわするんだ
なんでこんなことに
ピチャ…
思わず腰が抜けたまま後ずさると、父のものか母のものかも分からない血溜まりが揺れる
目の前に広がる惨状を、ただひたすらに
鋭い爪を持つ、人の形をした生き物がこちらを見ても、抜けた腰と混乱した頭では精々悲鳴をあげる事しか出来なかった
バッ!と私を庇うように目の前に立ち塞がり、両腕を広げる兄
末恐ろしいことを言われても、歯を食いしばって動かない
ポタッ、ポタッ、と涙が地面を濡らす
「死んじゃう」と口に出してやっと、父と母がもうこの世のどこにもいないことを理解した
ニカッと眩しい笑顔を見せた兄の手は震えていて
私は震える兄の手を引いて、動かない体に鞭を打って、全力で走った
馬鹿なことをしてるのは自分でも分かってた
ただ、兄を見捨てるなんて選択は絶対に出来ない、しない
絶対離すもんかと、繋いだ手を強く握り締める
いきなり目の前に現れた先程の男に、絶望する
私達は一直線に街まで降りていってた、それなのになんで、この男は私達の前にいるの?
…迂回した…?
そんなの、もう…
兄の焦った声が聞こえて、視界がブレる
鮮やかな赤い血が飛び散って、ピッと頬についた
私を庇って肩から背中を裂かれ、痛みに悶絶する兄に、私は何も出来ない
その鬼の言葉に、私は兄を抱えて後ずさる
その、自分の命よりも私を優先する兄に、先程私達を庇って死んだ両親が重なって
目の前が真っ赤に染まった
手に触れた太めの木の枝を握りしめて思いっきり鬼を枝で殴りつける
バキッと音を立てて盛大に折れた枝
折れて鋭くなった木の枝を鬼に突き刺した
その感覚は気持ちが悪くて、最悪で
それでも怒りに染まった私は鬼に枝を突き立てるのをやめなかった
どれくらいそうしていただろうか
東から日の光が差してきた
ピクピクと痙攣するだけで、もう言葉さえ話せなくなった鬼は日に焼かれていく
心底どうでも良かった
チュ、と額に口づけが降ってくる
ビリッ…
なんとかして止血を、と思って自分の着物の裾を破く
ぐ、と裂いた着物で背中を強く縛って、止血する
ビリッ、ビリビリ…
一本じゃ足りず、止血を終える頃には足首まであった着物は足の付け根までなくなっていた
自分よりも大きい図体の兄を運び終えて、体中の力が脱力する
気を失ってしまった兄を清潔な布団に寝かせ、自分に出来る最大限の処置を終えてすぐ
私も気絶するように眠ってしまった
















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!