昼下がりのオフィス。キーボードの音と電話のベルが混じり合う中、田中はいつも通り落ち着いた様子でモニターを見つめていた。
そこへ、小さな足音が近づいてくる。
「せ、先輩……あの、ちょっといいですか?」
声の主は、新人の木村。資料を胸に抱え、緊張した面持ちで立っている。
「どうした?」
田中は視線だけを上げ、ゆるい口調で応じる。
「これ、見積もり作れって言われたんですけど……数字が合ってるか分からなくて」
差し出された紙には、数字がびっしり。木村は眉を寄せて困り顔だ。
田中は書類を手に取り、ちらりと目を通すと、口元だけで笑った。
「木村、昨日コピー機の前で真っ赤になってた顔より、今の方が必死そうだな」
「な、なんで昨日の話出すんですか!」
木村は一気に耳まで赤くなり、慌てて否定する。
「別にいいだろ。昨日の赤さは可愛かったし」
「か、可愛くないです!忘れてくださいってば!」
田中はわざと真面目な顔に戻し、書類の一部を指差した。
「ここの計算、間違ってる。やり直しな」
「ええっ!?全部ですか!?」
「全部。数字ってのは一つ違えば全部崩れる。……木村の顔みたいに」
「それ関係ないですよね!?」
素直すぎる木村の反応に、田中は小さく笑い、オフィスの空気が少しだけ和んだ。
――こうしてまた一つ、企画部に小さな騒動が増えていくのだった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!