カラオケ店へは、お客さんとして来店した風を装い入店する。
「学生2人です」
行ったことがないと言っていた割に落ち着いて受付を済ませる、上野くん。
利用時間を聞かれシステムを尋ねると、
『ご利用は一時間からで、比較的空いているので今ならあとから30分単位で延長もしていただけます。満室のときはこの限りではないのですが』
といったような説明を受けた。
とりあえず一時間、と答えた上野くんに店員さんがフードやデザートをすすめている。
期間限定メニューだとか、基本料金にプラスいくらでこんなドリンクまで飲み放題だとか、そういう話らしい。
営業熱心な店員さんに対し「なにか注文したいものが決まれば、そのときに頼むことも可能ですか?」と返す上野くん。
店員さんが、部屋に備え付けてあるインターホンで追加の注文や延長の依頼ができると教えてくれた。
そのやり取りを見て、あることに気づく。
……あんまり所持金がない。
お財布にはジュースを買う程度の小銭しか入っていないのだ。
「う、上野くん。お金が……足りない」
「心配しなくていい」
ということは、上野くんの手持ちで足りるのかな?
ならば、ここは甘えて明日きちんと返そう。
部屋番号の書かれたプレートを受け取ると、フロントから少し離れた個室に2人で入った。
「久世から応答がない」
「え……」
「イオリも」
(どんな状況なの?)
「ひょっとしたら、この店はもう出たかもしれないな」
「そんな……」
「連絡が途絶えたとなると動きようがない。できることといえば、ここに由木たちがいないかどうか確認しておくことくらいだ」
個室の扉は半分くらい透明になっていて、もう半分は店のロゴなどが入って隠れている。
これは扉の前を通った人と、中で歌っている人が、お互いに気まずくならないための仕様なのかなと思った。
つまりユキくんたちがいるかは、廊下からも確認することができる。
「……カラオケ店というのは、案外狭いんだな」
「そうだね」
2人で来たからだろうけれど、小さな部屋に案内された。
よって、上野くんとの距離感が結構近い。
「まさかこんな形でカラオケ店デビューするなんて……ね?」
「まったくだ」
「わたしの住んでた村はカラオケ屋さんなかったけど。上野くんがカラオケ未経験ってのは、意外すぎるよ」
最初に聞いたときは真面目な委員長だからと納得した。
でも、今はちがう。バンドマンなら来たことありそうなものなのに。
「僕が好きなのは演奏であって歌うことではない」
「なるほど」
「……でも」
「でも?」
「君の歌声は、聞いてみたい」
(わ、わたしの!?)
「好きなんだろう?」
「へ?」
「歌うのが」
「あ、うん。好きだよ」
わたしが言ったこと、上野くんは、ちゃんと覚えてくれているんだ。
「いつか聞いてみたいものだな」
「い、いくらでも……!」
わたしの答えに、上野くんが「ありがとう」とハニカむ。
やっぱりポーカーフェイスの上野くんが感情を表に出す瞬間はグッとくるものがある……。
「わたしも上野くんのベース、生で聴いてみたい」
「ベースは。スラップ演奏こそ目立つけどギターほど派手なパフォーマンスしないことが多いし、リズム体だから安定第一で。前に出ずに地味だってイメージ持たれがちかもしれないな。だけど重低音が、ズシンと響く」
「重低音……!」
「稲本さんの心に。重く届けてあげる」
その言葉に、ライブを見られる日が楽しみになった。
そのためにも、ユキくんが暴走しそうだっていうなら止めたいし。
メンバーの邪魔だって絶対にしたくない。
「それじゃあ、手分けして探そうか」
「ね、ねえ」
「?」
「上野くんは、あくまで、クラス委員長で。この件に深く関わるのは不自然というか」
こんなことを気にするのは今更すぎるけれど、ここから先、絡んで大丈夫なのかな。
「バレてもいい」
(え?)
「稲本さんを守るためなら、僕の正体くらいバレてもいいよ」
「上野くん……」
「僕は上の階を見回る。君はこの階を頼んだ」
「うん。わかった」
「見つけたらすぐに連絡すること。くれぐれも、一人では入らないように」
上野くんと別れ、由木くんたちの捜索を始めた。
ジロジロ見たら怪しいし。
ウロウロ同じところを歩き回るのも、お店の人に見つかると不審がられる。
だから、あくまで自然に――。
『〜♪』
(この声……!)
その歌声につられ、ある部屋の前にやってきた。
覗かなくてもわかる。
これは、クセくんの歌声だ。
なんで……普通に歌ってるの?
どういうこと?
「すず」
――!
「……どうして、すすがここに」
背後から声をかけてきたのは、目を見開いて立ちすくむ、ユキくんだった。
「上野に送ってもらったんじゃ」
ユキくんに、会えた。
その喜びで。
「ユキくん……!」
勢いあまって、ユキくんに抱きつくも。
「ここはマズいだろ」
「……あ」
ユキくんの言葉に、我に返る。
(なんて大胆なことをしてしまったの!?)
「来い」
「へっ……」
手を引かれ、クセくんのいる部屋の2つ隣の空き部屋に、ユキくんと入った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。