兄と外を歩くと、必ず視線を感じる。
「……また見られてる」
私が小声で言うと、兄は楽しそうに笑った。
「慣れなよ。俺、有名人だから」
「自覚ありすぎ」
今日は珍しく、二人で近所のコンビニまで出てきていた。
帽子とマスクで変装しているけれど、背の高さと雰囲気は隠しきれない。
「これ持って」
そう言って、兄は自然に私の手に自分のスマホを預ける。
昔からこうだった。
信頼されている証みたいで、少し誇らしい。
「ねえ、これ新しいアイス?」
「また甘いの?」
「いいじゃん」
そんなやり取りをしながら、並んで歩く。
ただそれだけなのに、胸があたたかくなる。
レジを終えて外に出たとき、
後ろから小さな声が聞こえた。
「……今の、菊池風磨じゃない?」
心臓が跳ねる。
兄は一瞬だけ足を止めて、すぐに何事もなかったように歩き出す。
私は反射的に、兄の服の裾を掴んでいた。
「大丈夫」
兄は小さくそう言って、私の手首を軽く握る。
「行こ」
その手は、迷いなくて、自然で、
まるで私を守るのが当たり前みたいだった。
少し早足で歩きながら、私は思う。
どうしてこんなに、近いんだろう。
家に帰ると、兄はすぐに帽子を脱いでソファに倒れ込んだ。
「ふー……」
「お疲れさま」
「一緒だと楽だな。気使わなくていいし」
また、そう言う。
「ねえ」
「なに?」
「今日さ、声かけられたらどうするつもりだった?」
「どうもしないよ。無視」
「そっか」
兄は少し間を置いてから、笑った。
「でもさ」
「?」
「変な噂とか出たら困るから」
一瞬、胸がざわつく。
「俺の隣にいるのが、お前でよかった」
……ずるい。
それは“妹として”の言葉なのに、
どうしてこんなにも、心に深く刺さるんだろう。
「誰かだったら、気使うしさ」
追い打ちみたいに言われて、私は笑うしかなかった。
「そりゃ、妹だし」
「だよな」
その一言で、線が引かれる。
私は安心していいのか、
それとも、少し傷つくべきなのか、わからなくなる。
兄は冷蔵庫からアイスを取り出して、私の隣に戻ってくる。
「半分こな」
「え、いいの?」
「一人で食べるの寂しいから」
子どもみたいな理由。
昔と何も変わらない。
並んでアイスを食べながら、私は思う。
兄は、私を大切にしてくれる。
守ってくれる。
一番近くに置いてくれる。
でもそれは全部、
“妹として”。
それ以上の意味を、
この人は一切、持っていない。
その事実が、少しだけ苦しくて、
でも同時に、離れがたいほど優しかった。
この距離が続くなら、
私はきっと、ずっとこの想いを隠し続ける。
笑いながら、
兄の一番近くで。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。