中国に「葉」という國があった。
これは、葉國に住むもの達の話である。
「これを二つ」
「はいよ。お嬢ちゃん」
「ありがとう」
「またよろしくな」
お団子を手にして辺りを眺める。お付きの〇〇にお団子を一つ手渡し、本名の画材屋へ向かう。画材屋へつくと、筆と絵の具を一つずつ手に取る。
「良い色だ」
「また朱色ですか」
「なんだ、悪いのか」
「いえ、そういう訳では無いのですが、なぜそんなに朱色に拘るのかと思いまして。」
「理由など無い。ただ、好きなのだ。」
「そういうものですか」
「そういうものだ。さ、次の店へ向かおう」
早歩きで次の店へ向かう。
「ここだ。」
「ここは何の商いをしているのでしょうか」
「ここは、書物屋だ。書物が沢山置いてあるだろう」
「なるほど。では三十分後に。」
「ああ。目の前のお茶屋で寛いでいてくれ」
「畏まりました」
お店へ入ると、視界一杯に書物が広がる。書物を好む様になったのは、父の書斎へ忍び込んだ頃からだと記憶している。あの時はまだ、父が生きていた筈なので、六歳程だろうか。今年で私は十五になる。来年には何処か、別の家へ嫁がなければならない。逃げ出してしまおうか。いや、緑翠に危害が及ぶだろう。そう考えると、逃げるに逃げられないのだ。
お目当ての「春を待つ。弍巻」を手に取り、会計を済ませる。
「待たせたな」
「いえ、時間内です」
「そうか」
「御用はお済みですか」
「ああ、帰ろう」
「はい」
街は一本道で、一周り出来る様に造られている。来た道とは反対周りで帰るとしよう。日暮れが近付いてきた為、到着した時より風が冷たい。起床した時に感じる、怠さが薄れて来た事で、秋の訪れを感じた。
「もう秋だな。」
「そうですね。秋冬用の生地を出しておきますね」
「頼むよ」
帰宅すると、本日手に入れた物を机へ並べる。それらを使う場所へしまうと、直ぐ様画材を取り出し、筆を濡らす。そうすること一時間。夕食を、と緑翠が呼びにきた。
「冷華様がお待ちです」
「わかった。すぐ向かう」
正装へ着替え、部屋を出る。夕食は家族全員で頂くというのが我が家の規則だ。どちらも声を発さず、時折、食器のぶつかる音が響くだけ。最後に家族全員で食事を頂いたのはもう十年前のことだ。父が病気で先立ち、それを追う様に母が自殺した。残されたのは、私とお兄様、そしてお付きの緑翠だけ。しかし、お兄様は明日には、この家から出て行ってしまう。婚姻を交わしたのだ。そのお相手と二人で暮らすらしい。食器のぶつかる音だけが響いていた、この退屈な夕食も、無くなってしまうのだ。何時もより食事が進まなかった。
「お兄様」
食事を終えた後、お兄様を呼び止めた。この後、お相手に会いに行くと知りながら。今夜だけはどうか、お許し下さい。
「少し、お時間いいですか」
お兄様は今日が最後だと分かっていた様で、静かに頷いた。わたしはお兄様を自分の部屋へ連れて行き、画材の前の椅子へ腰掛けさせた。
「絵を描くのか」
「はい」
細かい指示はせず、出来るだけ自然体のお兄様を、紙に写した。
「終りました」
お兄様を椅子から立ち上がらせる。部屋の出入り口まで足を運ぶと
「今まで、有難う」
「何故、お兄様が私に感謝をするのですか」
「言いたくなったんだよ」
「私の方が感謝すべきです。今まで、有難う御座いました。」
そう言い、腰を曲げる。出来るだけ深く、今までの感謝が伝わる様に。頭を上げるとお兄様は私を優しく抱擁した。
「わたしは、これからもお前の家族だよ」
両親を亡くしても出てこなかった雫が、簡単に溢れ出した。言葉を発し様としない私に
「泣いて良いよ。全部出してしまいなさい」
お兄様とは反対に、強く、背中に手を回した。
〝愛してる〟
決して、発する事を許されない言葉を胸に秘めながら。
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冷華side
黙々と食事をする。食器のぶつかる音しかしない、この空間は居心地の悪いはずだ。それなのに、明日には、この時間が無くなると思うと胸が締め付けられる。夕食の時にしか紅雨の顔を見られないからだと分かっていながら、気付いていないフリをする。亡き父の親友の娘との婚姻を交わしたわたしは、明日にはもう、この家には居ない。父と母には子供が中々出来なかったらしく、当時、二歳にも満ちていなかったわたしを養子として引き取った。孤児だったのだ。しかし、その三年後、紅雨が誕生した。五歳歳下の紅雨は、とても小さく、〝生涯を懸けて守る〟と幼いながら胸に誓った。その誓いは虚しく、わたしは紅雨の側から離れなくてはならない。
「お兄様」
食事後、不意に呼び止められた。声の主は疑うまでもなく、紅雨だった。
「少し、お時間いいですか」
今日で最後だという事実が、わたしを苦しめた。最後に少しでも紅雨との時間が延びるなら、と首を縦に動かした。紅雨はわたしの絵を描いた。この時も声を一切発さず、筆と紙が触れ合う音だけが響いていた。絵を描き終え、部屋の出入り口までわたしを見送る紅雨に
「今まで、有難う」
もう逢えない事が伝わったのだろう。紅雨の顔が若干、強張った。
「何故、お兄様が私に感謝をするのですか」
「言いたくなったんだよ」
本心だった。紅雨のお陰で、今まで生きてこられた。これからも、紅雨が生きている限り、私は自ら命を断つ事は無いだろう。
「私の方が感謝すべきです。今まで、有難う御座いました。」
と発した紅雨が今にも消えてしまいそうで、彼女を出来るだけ優しく、抱擁した。
「わたしは、これからもお前の家族だよ」
そう、自分に言い聞かせる。彼女の涙がわたしの肩を濡らす。何の涙なのか。自惚れても良いのだろうか。彼女にバレない様に、頬を濡らしながら、先程よりも少し、腕に力を込めた。
〝愛してる〟
決して、発する事の許されない言葉を胸に秘めながら。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。