main:渋谷すばる
ファンタジー物 × 社会人と猫
金曜日。
周りは華金だなんだと仕事を定時で切り上げ、足早に居酒屋へ。
元々会社の集まりなんて興味ないし、仕事が残ってるフリをして私は残業。
飲みの席で上司に気を遣うよりも残業して少しでも稼ぐ方が良いに決まってる。
なんて事を考えながら来週やる予定だった仕事を片付け、時刻は20時。
どうせ明日は休みだし酒買って帰るか、と華金ムードに触発されたのかコンビニに寄る事を頭に入れて会社を出る。
……いや、出ようとした。
戸締りもして電気も消した。最終的な確認は警備員さんに任せようと会社の出口を出た所で目が合ってしまった。
ミャー
茶トラのスコティッシュフォールドが歩道の真ん中に座ってこちらを見上げて鳴いている。
人慣れしているのか警戒している様子はなく、けど飼い猫っぽくもない。
人慣れしたただの野良猫か、もしや捨て猫か。
いや、そんな事はどうだっていい。
どっちにしろウチでは飼えないのだ。
……ん?
突然聞こえた男の人の声に辺りを見渡す。
当然誰かがいるはずもなく、行き交う車の音がするだけだ。
足元に何かが寄り添う感触と何かに足をペシペシ叩かれる感覚。
ふっとそちらを見ると、さっきの猫が睨むようにこちらを見あげている。
……結局、連れ帰ってしまった。
人の言葉を喋る猫を。
幸いにもウチには餌を入れるお皿もトイレも、必要な物は揃っていたのでコンビニで猫缶を買うだけで済んだものの。
何故連れてきた。
飼うつもりか、私。
はぁ、と軽くため息をついて立ち上がる。
とりあえずスーツから着替えよう。
お皿から顔を上げ息を吐いた後、頭で器用にお皿を隅へやる。
こいつホントに猫かよ。
てか、そもそも猫なのに何で人の言葉喋ってんの?
猫のフリして実は人間とか?
でもさっき「俺の声聞こえてんねやろ」とか言ってたな。
てことはこの声が聞こえてるのは私だけ?
お風呂に入ろうと部屋着を持って脱衣所へ向かおうとしたら、さっきまでソファの近くに座っていた猫がいつの間にか私の後ろに来て見あげている。
首の後ろをガッと掴んでゲージの中へ入れる。
なんかうるさいけどとりあえずお風呂だ、お風呂
お風呂から上がりお酒片手にスキンケア。
あれだけ騒いでいた猫も、ゲージの中で丸まって大人しくしている。
さて、どうしたものか。
ペットOKの物件ではあるけど、人の言葉を話す猫を置いといても大丈夫だろうか。
私だけにしか聞こえなかったとしたら、ご近所さんから独り言の激しい女として認知されかねない。
それだけは避けたいな。
声を掛けられそちらに目をやる。
先ほどまで丸まっていた猫は、顔だけ上げて部屋の中を見渡す。
少し馬鹿にするような口調で言われ、思わず棚の方に目を向ける。
そこには笑顔で写る両親と幼い私、一匹の子猫の写真が飾られている。
小さい頃、祖父母の家で飼っていた猫が子猫を産んだ。
動物を飼いたいと言っていた私に、祖父母は子猫を譲ってくれた。
私はその猫を妹のように可愛がり、家族の中でも一番仲が良かった。
家を出て一人暮らしをする際も、その猫を連れて出る事を両親は快諾してくれて。
でも一人暮らしを始めた2年後の一昨年、病気でその猫は亡くなった。
小さい頃からずっと一緒で、居なくなった寂しさや苦しみが簡単に癒えるはずもなく。
道具を残したまま、今日までズルズルと引きずっているのだ。
何故かは分からない。
でも気がつけば、人の言葉を話す猫にその話をしていた。
写真から目を戻し、スキンケアの続きをしようとすると
いつの間にか猫が私の隣に座っていた。
癒してくれているのか、はたまた話させてしまった事に罪悪感を感じているのか。
どっちにしろ動物がもたらす癒し効果は凄まじいもので。
人の言葉を話す変な猫ではあるものの、心に空いた穴が癒されていく感覚がある。
「しゃーなしやで?」と言いながらも尻尾は私の腕に巻き付かれていて。
人の言葉を話す猫との奇妙な共同生活が始まった。
〜Fin〜











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!