第10話

弟が辛かった日。(過呼吸、小スカ、嘔吐)
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2022/08/12 01:12 更新
弟が俺を起こしたのは夜中の1時のことだった。


「……ん、…なに」


ぐっすり寝ていたのに唐突に起こされ、顔をしかめて体を起こす。


『………………』


弟は何も喋らなかった。

ただ泣きそうな顔を俺に向けて固まっている。


「…………は?なに?泣いてんの?」


『…………………、…、帰る』


「………………え、ちょ、まてまて、」


慌てて弟の部屋について行くと、弟が泣きそうになっている理由がすぐに分かった。


「…………」


シーツと掛け布団に大きなシミが出来ている。

……おねしょ、?


『…………、』


……なるほど、自分で処理が出来なくて俺を呼んだと。


「………えっと、、俺じゃなくて母さんに言えば?おねしょしちゃいました〜ってw」


弟がはっと俺を見る。


『……、…………俺……母さんには、…』


シミをじっと見つめながらふるふると首を振る。


「…………、言いたくないの?」


少し間があってから、弟がゆっくり頷く。

かろうじて残ってるプライドだろう。


「…………、、別にいいけどさ、洗濯して干してとかしてたら絶対バレるよ」


そう言いながら電気を付けて布団を持ち上げる。


「……うわぁ、ひっでぇ」


『…………、』


座り込んだ弟をチラッと見やる。


「……座ってないでやれよ、1時に起こされて高二のおねしょの処理とか聞いたことないんだけど」


『…………』


弟がゆるゆると立ち上がる。

……あ、、こいつ熱ある?


「……こっち来て」


てちてちと歩いてきた弟の額に手を当てる。


「…………ちゃんと平熱じゃん」


そう言っている途中、足元に水たまりを踏んだような感覚に襲われる。

……は、?


「…………おい、お前また漏らしてるって」


そう言われふと弟が頭を下げる。


『…………ぁ、…』


フローリング製の床にびたたた、と水が叩きつけられる。

…………ただのおねしょじゃない、?


弟が泣きそうな声を出しながら股間あたりを抑える。


『……ゔぁ、……ぁ、……っ、』


まだ小便は止まってなくて、掴んだパジャマの裾がじわりと濡れる。


「……どしたどした、」


弟の背中をゆっくりさする。

……ちょっと様子おかしい


まだ間に合うとでも思っているのか、ぎゅうっと抑えながら身をよじる弟を呆れた目で見つめる。


「……ここで全部出していいから」


その言葉で折れたのか、弟は俺に寄りかかったまま出す勢いを増していく。


『……ふ……っ、……、ゔぅ、』


「……、」


床から弟に視線を上げる。


『………………ご、め、……』


目が合った弟が俯いて小さく謝る。

……だが普段の弟でも流石にこんな失態は犯さない。


「…………どした」


『………………、』


……小便が勝手に出るってストレス以外無いよな、


俺は弟をベットに座らせる。


「………何かあった?」


俺も隣に腰を掛けて天井を見つめる。

弟がふと顔を上げる。


『………母さんから聞いてない、?』


「……母さん、?」


弟が意外そうな顔をする。


『……俺、自転車で走ってたら、……っ、子供飛び出してきて、轢いて、…まだ、その子意識戻ってなくて、……』


シーツを握る手に力がこもる。

待て、一言に情報が多すぎる。



……弟が加害者?子供を轢いた?

しかもその子の意識が無い、?




「……結構やばくねーかそれ、、」


弟が俯く。


『……もし、……死んじゃったら、っ、……俺、……』


弟が苦しそうに顔を歪める。

そんなことがあったのか。

母さんも弟のことを思って俺に話していなかったのかもしれない。

……まぁ飛び出してきた子供も悪いところはあると思うが。


『……俺っ、……向こうのお母さん、とも、…母さんとも、……すごい、長い時間話して、……謝って、…』


弟の声が小さく震える。


『……でも、…俺、…結局何も出来ないから、……っ、』


「……、」


また、シーツに少しずつシミが出来ていく。


「……玲於、」


俺は濡れるのも無視して弟を膝の上に乗せて抱きしめる。


「………大丈夫、ゆっくり息して」


『……はっ、……はぁっ……っ、……ひっ、……』


弟の目元が胸に押し付けられる。

俺はぽんぽんと頭を撫でた。

……誰にも相談出来なくて相当溜め込んでるだろこれ、


『……はっ、……はぅ、っ、はぁっ、……、はっ、』


段々呼吸が早くなる弟に内心焦りが湧いてくる。


「……玲於〜、」


弟の目元を優しく隠す。


「……息吸って吐いて、出来る?」


弟がこくんと頷く。


「……吸って、……吐いて、」


『……ふゔ、……、……はっ、……は、』


ゆっくり、一定のペースで背中をさすってやり、弟の涙を拭いてやる。


『……はっ、…は、はぁっ、……はぅ、』


「……吐かないと空気入ってこないから、」


弟の背中をごしごしと擦る。


「……吸うのばっかダメ、吐いて、」


『……ふ、…………ゔぅ、……ぅ、、……ふ、』


ゆっくり弟が息を吐き出す。


「そうそう、……上手」


弟の湿った髪を優しく撫でる。


『……ふぅ、……、ふ、……、』


大分呼吸も落ち着いてきて、静かに泣き始めた弟の背中を無言でさすった。











しばらく経って、弟が俺の胸から顔を離す。


「……スッキリした?」


弟が頷く。


「……誰にも話せないもんな、そんなこと」


『…………ん、』


「……向こうの意識戻るまで俺一緒に寝てあげる」


俺はニコッと笑う。


『………あり、がと、』
___あれから弟はほぼ毎日の確率で夜中に過呼吸を起こすようになった。

失禁はあれ以来無いが、過呼吸を拗らせて嘔吐したことは何回かあった。

俺が一緒に寝る前もこんなことになってたのかな、


『……たすかる……っ、……かな、、』


「……ん、大丈夫大丈夫、」


『……はっ、……はぁっ、……は、……ゔぅ、』


顔を真っ青にして自分に抱きつく弟は、見えない何かに押し潰されているようだった。


『……はっ、……にい、さ……、はぐ、……』


「……吐く、?」


弟が緩く頷きながら俺から離れる。


『……は、……ひぅ、……ひぐっ、……』


危なっかしい呼吸音を横目に袋を取る。

1週間もこの状態だから流石に治るか不安になってくる。


『……は、……ゔぅ、っ、』


袋を持つ弟の手を重ねて握り、もう片方で背中をゆっくりさする。


「しんどいなぁ、……」


『……はっ、……は、……はぁっ、』


弟が薄く目を開き、苦しそうに袋を見つめる。


『……相手の方がっ、……辛い、……のに、…っ、』


弟がずずっと鼻をすする。


『兄さんにも……め、……わく、かけて、っ、……』


「………………。」


……これは、カウンセリング行きなのでは、

段々呼吸のテンポが崩れてきて、俺は優しく声をかける。


「……また過呼吸なってる、ゆっくり息して」


弟はこくこくと頷き、再び目を瞑る。


『……んぅ、……はっ、……、っ、え゛、』


袋を持つ手に力が入り、肩がびくびくと波打つ。


『……は、……んゔ、……ッーーーげぇっ、……』


途切れ途切れに落ちる吐物は殆ど水分だった。


『…………っ、はっ、…………はぁっ、……ひぅ、』


「……ん、大丈夫大丈夫、」


俺は優しく弟の頭を撫でる。


『………は、…………はぅ、…………』


ゆっくり目を開けて、吐物を目の当たりにした弟がこくりと喉を鳴らす。


「……口ゆすぎに行く?」


『…………ん、』


すっかり疲弊しきった弟を持ち上げ、音を立てないように1階へ降りる。


『……は、……、ゔ、』


顔を胸に埋めて背中にぎゅっと爪をたてる。


「……よし、降りれるか、?」


『……』


弟が片足ずつ床に落とす。


「……しんどいなぁ、……」


コップに水を注いで弟に渡す。


『……』


弟がうがいをしてゆっくり2階に上がる。


「……あー眠い、」


『…………ご、めん』


弟が俯く。


『……でも、…行かないで、』


「……、、」
それから俺は向こうの意識が戻るまで毎日弟と夜眠るようにした。

最初は夢に魘されてたりパニックになりかけたり忙しかったが、最近は布団を握ってでも眠ってくれるようになってくれた。

とうとう向こうの命は助からなくて、それを聞いた日の弟はパニックを起こし、ずっと部屋に閉じこもっていた。



現在、あれから1ヶ月経っても完全に傷は癒えておらず、弟にとって一生背負っていくものになることは明らかだった。

両親が頭を下げたり弟を叱ったりしている中、俺が弟に対してしてあげていることは本当に正しいのか、

何回も自問自答を重ねた結果、俺がいなかったらこいつ倒れてるだろう、仕方ない、と目を瞑ることにした。

___来月の弟の誕生日、大きなショートケーキを家族で食べられますように。

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