それは昨日のことだった。
ご存知の通り、昨日の放課後…蓮月ちゃんと侑くんの口論が勃発した。そのことを、北くんは倫太郎くんからのLINEで知ったそうだ。
真面目な北くんは、公共の場で人様に迷惑を掛けるなんて言語道断。しかもそれが自分の部活の後輩となれば叱って当然。
というわけで、北くんは昨日の夜侑くんにわざわざ電話を掛けてありがたーいご高説をなさったそう。
その結果…これである。
ちらり、と、今も尚クラスメイトと手紙の差出人について考察に興じる蓮月ちゃんに視線を送ってみる。
こちらの視線に気づく気配のない蓮月ちゃんだけれど、そもそも昨日のことをそこまで気にしていないのではと疑惑が上がる。
完全にテンションが上がっているせいかもしれないので、話を出せば怒りを思い出す可能性もある。
…でも、謎が残る。なんで私の席はわかって蓮月ちゃんの席はわからなかったんだろう。私の名前だけわかる、なんてこと…
その疑問を北くんに投げてみたけど、北くんも首を傾げた。北くんにわからない、ということは倫太郎くんか。
さっきの怪しい感じもそうだし、北くんに連絡したのが倫太郎くんだというならそうであっても違和感はない。
再び蓮月ちゃんを見て、今度はそれより向こうの時計も見てみる。朝礼まであと10分近くはある。
侑になら俺から言っとくで、こんな謝り方で許されるわけないわ。と北くんは真顔で言った。御愁傷様ですと心で手を合わせつつ、私は首を横にふる。
倫太郎くんのとこだよ、と答えて、私は倫太郎くんのクラスへ向かうべく賑やかな教室を出た。
他学年の教室は少し緊張する。制服は同じなのに、廊下をすれ違う人の顔ぶれが全く違う。
周りから見ても私は他学年の人。異質なものを見るかのような好奇の視線に充てられて大変肩身が狭い。
倫太郎くんの教室までがあまりにも遠い。こんなに気まずいのに、毎日私の教室まで来る心境がますますわからなくなった。
そして短いようで長い廊下を進み、ようやく倫太郎くんの教室に辿り着いた。教室の中は三年の教室と大して変わらないのに、異境の地に見えて仕方がない。
さっきまで騒がしい教室にいたからか、とても静かに感じるその教室で、倫太郎くんは席について例の双子の銀髪の方、つまり治くんと話していた。
ここまで来ておいてなんだが、どうやって気づいてもらおうか。スマホで連絡する?でも見てくれるとは限らないし…
大きな声…もなるべく目立ちたくないから嫌だし。教室に入っていくような度胸も勇気もない。
結果教室の入り口であたふたしてしまって、なんだか不審者のようになってしまった。仮にも三年生なので、周囲の人には少し威圧感を与えてしまっているだろうか。
申し訳ないとは思うけれど私もどうしたら良いかわからない。時計を見ると朝礼の時刻も迫っている。
見かねて女の子が声を掛けてくれた。三年生に声を掛けるなんて恐ろしいだろうに、なんて優しいんだろう。
ありがたく思いつつ、できる限りの笑顔を作って倫太郎くんに用事があって、と答えた。
目の前の女の子は、小声で繰り返した。下の名前ではわからない可能性を考慮するのを完全に忘れていた私は、慌てて角名くんです!と訂正した。
しかし、彼女は下の名前を認識していなかったわけではなかったらしい。わかってます、と少し苛立ったように言い放って倫太郎くんのもとへ行った。
一言二言何か会話を交わしたかと思うと、びっくりしたような顔で倫太郎くんがこっちを見た。
ガタッ、と思いっきり椅子を引いて、治くんや女の子も放置して一目散に入り口に来た。ちょっとどうかと思った。
少しの間があった後、目を逸らしながら入れたよ、と見え見えの嘘をつく。半ば呆れながら倫太郎くんの背中を押してちゃんと言ってきて、と言うと、はぁいと間の抜けた返事が聞こえた。
耳を澄ましてみると、女の子にはありがとう、治くんにはちょっと行ってくる、とちゃんと言っているのが聞こえた。
治くんはけたけた笑い、女の子は少しむすっとしている。倫太郎くんに用事があったのかもしれない。
褒めて、と言わんばかりに甘えた声を出すけど、当たり前のことだ。でもこの甘えた声に逆らえない私は偉いね、と言ってしまった。
倫太郎くんは私が逆らえないのをわかっていてやるからたちが悪い。満足げなのがまたあざとい。
短い返事を確認して、私は倫太郎くんと共に廊下に出るのだった。
🌟70⤴︎︎ ありがとうございます!












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!