第3話

あいを運ぶ雨
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2026/06/21 10:56 更新
俺は、気晴らしに辺りを散歩していた。
台風の影響で、今日は朝8~9時頃から大雨の予報らしく
ビニール傘を持ちながら、ついでに買い物を済ませた。
スーパーを出て歩いていると予報通り雨が降ってきた。
洗濯物は起きた時に取り込んでおいて本当に良かった。
そんなことを考えながら、ふと通りかかった家の近所の
小さな公園をチラッと見てみると、ベンチに座って
右手にビール缶を持ったまま上を向いている男がいた。
いつからいるのかは分からないが、服が雨を吸い取り
色が変わっており、緩く結ばれた長い髪も雨に濡れ
ぺったりとし始めていた。
いわゆる、シャチクというやつなんだろうか。
境遇に同情はするが、そんなに辛いなら別の仕事に
転職すればいいのになと思ってしまう。
だが聞いた話、日本はその辺の手続きが面倒らしく
なんでも、日本のブラックキギョウとやらは退職届を
無視されたり、シュレッダーにかけられるらしい。
そんなクソッタレみたいな会社があるとは思えないが
こういう話があるってことは、実在するんだろう。
ちょうど目の前に、それらしき人物も存在している。
…とりあえず声をかけてみるか。

「おめぇ、ンなとこで何してんだァ〜?」
そう言いながら、その男の顔を覗き込んでみると
左目が重たい前髪で隠れており、目の下には濃い隈。
死んだような黒く小さい瞳は遠くを見ていたかと思うと
俺に気が付いたのか、控えめな声量で謝ってきた。
思っていたよりも低く、酒焼けか何かで掠れたその声は
雨音でかき消されてしまいそうだった。
気を抜けば、スッと消えてしまいそうなその男に思わず
「疲れてんのか?うち来るか?」と聞いてしまった。
自分でも何を言っているのか、すぐ理解出来なかった。
俺は別に、特別男が好きなわけではない。
俺は女が大好きだ、今も昔も男を好きになったことは
一度だってないのに何故だろうか。
きっと俺は、人を放っておけない性格なのだろう。
元々妹がいたのもあるんだろうが、こういう奴を見ると
ついつい世話を焼きたくなってしまう。
そして目の前の男は少し思考した後、小さく頷いた。
不覚にも、子供や動物に対する『可愛い』を感じた。

俺の傘の中に入れ、アイアイガサをしてみると意外に
その男は俺より10cmほど背が小さく、体も俺と比べて
かなり薄く、軽く押すだけでも折れそうな程だった。
横目で見ていると、不機嫌そうな顔をしながら俺の
頭や顔やらを交互に見ており、少しすると飽きたのか
視線をアスファルトに移してしまった。
こんなにやる気のない、活気のない人間は初めて見た。
見た目的には俺と、それほど年は変わらないだろうに
30代後半の働き詰めのおっさんのようなオーラがある。
そんなことを考えていれば、あっという間に俺の家の
マンションまで着いてしまった。
部屋がある階までエレベーターに乗っていったが
魂が抜けたみたく一言も発さず、俺の隣に立っていた。
部屋の前に着き、鍵を取り出してドアを開けた。
「先に入りな、全身ずぶ濡れでさみィだろ?
今タオルとか持ってくっから、ちょいと待っとけよ」
そう言って室内に入れ、洗面所にタオルを取りに行き
あいつが冷えちまわない内に急いで玄関に戻る。
タオルを思い切り広げ、長い黒髪を拭いてやってる中
そこで俺は、まだ名前を聞いてないことを思い出した。

「ところであんた、名前はなんていうんだ?」
そう聞くと少し目を見開いた後、小さくこう言った。
「…墨谷です、墨谷ヒロム……」
彼の声の響きが、名前の響きが無性に心地良かった。
彼の、ヒロムの髪を拭きながら、俺も名を名乗った。
「ヒロムか!俺はジャン・ピエール・ポルナレフ。
4年前に、故郷のフランスから引っ越してきたんだ。」
緩く結んである髪を絞り終わり、替えになりそうな服を
探そうと背を向けた時、背後から小さい声が聞こえた。
「あ〜…いつ死のうかな」
一瞬、俺の思考と共に足が止まった。
外からの激しい雨音の中でも、はっきりと聞こえた。
「…ヒロム、お前今なんつった?」
自分でもほとんど出したことのない声色の声が出た。
きっと彼を怖がらせてしまうような、そんな声色が。
「え、な、なにが…です……?」
振り返ると何も知らないような、焦ったような顔で
こちらを見つめるヒロムと目が合った。

「お前今、死にてぇって言ったか?」
体が自然と彼の方へと歩みを進めてしまう。
「は…な、なんでそれ……」
怯えたような顔をして、肩をギュッとすぼめながら
ヒロムがペタ…ペタ…と後ずさりをしている。
もしかしてと思い、一応言ってみる。
「声に出てたぞヒロム、俺に聞こえちまうくらいな。」
図星だったようで、目を見開いて固まってしまった。
その直後、何を思ったのかヒロムは後ろ手で玄関を
開けようと、ガチャガチャとドアノブを回し出した。
だが内鍵がかかっており、ドアは開かずにいた。
その事に気づいて背を向けたタイミングで俺はヒロムを
後ろから羽交い締めにした。
「は、てめっ…!離せやこのクソッタレがっ…!!
別にてめぇには関係ねぇだろうがよ!」
大声を出し慣れていないのか、苦しそうな怒鳴り声が
ヒロムの細い喉から聞こえてくる。
「やっとまともに喋ったなァ?この状況で俺がお前を
離すわけねェだろ、ドアから逃げようとしたクセに。」
そう言って少し力を強めると、ゴリッと嫌な音がした。
嫌な予感がして、つい腕を解放してしまった。
ヒロムがその場に座り込み、左肩を押さえ始めた。

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