自分が胸を張って「得意!」って言えるモノ。
それを人はみんな「特技」って呼ぶ。
僕が胸を張って言える特技はない。
けど小さな時からギターは得意だった。
周りの友達とかが「ここむずいぃ…」って言うところは大抵僕はそんなに躓かずに弾くことができた。
みなづっきーと、アヤと、僕でバンド組んでみんなの前で披露した時は『すごい、すごい!』ってみんなに言われて。みなづっきーもアヤも顔真っ赤にしてて面白かったなぁ笑
でもみなづっきーはあの後、天使になって空に飛んでいっちゃった。アヤは…ずっとピアノに触れてない。
というか、会ってない。あいつ、学校に来ないから。
アヤ、来ないかな。
みなづっきーが天使になって数ヶ月後、僕はギターを教えてくれる、とある先生の生徒になった。
その人、すっごくギター上手いし、音大でてるし、本当にすっごい先生なんだけどさ。僕の譜読みができないことに呆れててこの前「多少人よりギターが弾けるだけで」って言われちゃった。
そりゃ、楽譜ちゃんと読まなくて、先生が注意したところをすぐに直せない僕が悪いんだけどさ。だけどさ。
あれは言い過ぎじゃないかな、って思う。
僕は勉強がすごい出来るわけでもなくて、スポーツ選手になれそうなぐらい運動ができるわけでもない。
だからこそ、多少人よりできるギターに縋って生きてきたんだ。他に、人よりできることはないから。
それをさ、自分より上手い人に否定された。
先生はそんな気ないかもしれないけどさその後に聞かれたんだよね。
「他にできることあるんですか?ギター以外に」
沈黙。そりゃそうじゃん。できることないんだから。
絵とか文章まとめたりとかはさ、得意な方だよ?
でも、それは[得意な方]であって[得意]とはまた別だと思うんだよね。
僕には[得意]がないから、もってないから、先生のその質問に答えられなかった。[得意]じゃないから。
そしたらさ「ないんですか?」って言うだよね。
ま、そりゃそうじゃん。僕が答えないんだからね。相手にとっちゃ、僕が「ありません」って言ってるのと一緒だからね。
大人と子供って本心から分かり合えること、ほとんどないと思う。分かり合える時ってきっと、大人がすっごい子供っぽいか、子供がすっごい大人っぽいのどっちかな気がする。
頭の中ではいろいろ渦巻いてるのにさ、大人はそれが理解できないから自分が分かる範囲でだけで決めつけるんだよ。あ、でも違う。
理解できないんじゃない。忘れてるんだ。
その大人も何年も前は子供だったわけなんだし。
でも、だからと言って大人が子供の思ってる理不尽とかを理解してくれるわけじゃない。
こんなことを、ふっかくふっかく考えてる人はさ愛が欲しいだとか、愛情が足りないだとか言ってるよね。いや、ただの偏見だけど。その考えを否定したいんじゃない。僕の場合は愛じゃなくて、理解者が欲しいんだ。
この気持ちを、理解してくれる人が。
理解を求めるなんて、承認欲求かな?
子供かな?
ねぇ どう思う?












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。