vmqex.さんリクエストありがとうございます🫶
使用人の匠海に指示を出し学校の支度をさせる。
今日は高校の入学式だ。初めて着る豪華な制服に身を包み俺はソファに座る。
俺はある大企業の息子として生まれた。金に苦労したことはない。家は広く、庭には噴水や植物園があり、池では魚も見られる。使用人も数えられないほど。
きっと自分は世間一般的に言われる『お金持ち』だ。
上場企業の御曹司として昔から勉強や歌の英才教育があった。それも俺は生まれ持った才能で難なくこなしてきた。それが当たり前だとも思っている。
だからだろうか。俺は昔から『色』が見えない。
『色』といっても色覚異常とか、そういうものではない。
そう…人生に華がないような。簡単に言えば、つまらない毎日で、楽しさが見えない。
そんな感じだろうか。
高校に入ってもどうせこのつまらない毎日は変わらない。小学校だって中学校だって、何らかの節目になにか色が見えるかも、と望みをかけても、ことごとくうち潰されてきた。
結局自分の家と繋がりを持ちたい友達とも呼べない取り巻きができるだけ。毎回、毎回そう。きっと俺の人生はそういうものなのだ、と思って過ごしてきた。
だから、今更…何も変わらなくても、動揺などしない。
今行く、と返事をして俺は席を立った。
きっと俺そのものから生まれ変わらなければ、このつまらない毎日から抜け出すことはできないのだろう。
父様お気に入りのロールス・ロイスのファントムに乗り、行った先はいつも通りのつまらない空間。違うのは建物や光景だけ。
入学式でそんなことを考えるのは野暮だろうか。
でもしょうがない。高校三年間の勉強内容はもう網羅しているし、大学へ行きさっさと会社を継げば経営の忙しさで少しはつまらなさがマシになる気がするから。
入学首席のスピーチもさっさと終わらせた。何も覚えてはいないけれど、きっと笑顔だっただろう。笑顔は訓練されてきた。
笑顔は訓練されてきた、か。
ふと考えてみると残酷な文字列だ、と思う。
じゃあ、本当の笑顔は…俺は、持っていないんだろうか。
入学式が終わり教室に戻ると少しの休憩時間が取られた。すると案の定中学校の時から寄ってきた人、聞いたことのある会社の御曹司が褒め言葉をつらつらと言ってくる。
俺からうちの企業に繋がりを持とうとしてくる腹の底が見えない奴ら。こいつらは媚びを売るだけしか能がないのだろうか。
俺はいつも通り取り繕って礼を言う。言わなければならないことに苛立ちも感じながら。
すると視界の端で誰かが教室を出ていくのが見えた。
ちらりと見て誰かを確かめる。
見たことの無い人だった。
この学校は金持ちしか集まらない。俺は自分の家や他が主催のパーティに出席させられるからこの界隈のだいたいの人は知っているはずなのに、彼の顔は見たことがなかった。
無性に、彼を追ってみたくなる。
彼の目がなんとなく、俺と似ていたような気がしたからだ。ただ、目が似ているなんて抽象的な例えを使うのは正しくない。
多分嫌な褒め言葉から逃げたかったからだ、と結論付けた俺は足をふらりと動かして彼の後を追った。
何故か、体が突き動かされる。
彼が行った先は屋上だった。
学校見学なんかで事前に屋上の場所が分かっていたのかもしれない。ただそれでも入学式が終わってすぐに屋上に行くのは異常だ。
俺は屋上に続くドアを開ける。
すると美しい声が、さらりと聞こえてきた。
今まで聞いてきた歌声の中で一番美しい、と思う。
俺よりも、歌の先生よりも、誰よりも。
心地よい音色が俺を包んだ。
見ると彼は気持ちよさそうに青空を見て笑いながら歌を歌っている。
自由気ままに歌っている姿は俺とは正反対に見えた。
俺はそっと前に出て彼の名前を盗み見る。
見たら帰ろう、そう思いながら。
名札には「髙塚」と書かれている。
すると名前を見るために踏み込みすぎてしまったのか歌が止まった。
先程とは打って変わって刺々しい声が俺を刺す。
仕方なく俺は彼の前に進み自己紹介をした。
彼は心底面倒くさそうに言葉を紡ぐ。
一人になりたくてここに来たのになぜ他の人と話さなければならないのか_そんな感情が目からひしひしと伝わってくる。
流石に視線が痛い、そう思いながらも俺はあの歌を忘れられずにいた。
こんなにさらっと褒め言葉が出たのは生まれて初めてだった。いつも取り繕うためだけに言っていた言葉を自ら言うのは自分からしても驚く。
ただ彼から見て俺は綺麗事しか言わない美しいお坊ちゃまらしい。はあ、そうですかと真剣に取り合われなかった。
だが、彼はただ、と口を開く。
彼は俯く。その瞳は俺が鏡で見た自分の瞳によく似ていた。
天使のように歌っていた先程とは見る影もない。
居てもたってもいられなくて俺は口を開いた。
伝えた瞬間、俺は何を言ってるんだと思う。
途端に恥ずかしさが込み上げ、やっぱり忘れて欲しい、と言おうとした時。
彼は小鳥の囀りのように歌い出した。
Hey! 答えはきっと そこにあるんだ
Switch押して INItialize
聞いたことのある曲だった。確か、有名なボーイズグループの曲。
軽やかに歌う姿を見た時。
彼の心臓から、手から、目から、彼のありとあらゆるところから。
色が滲み出したような感覚に襲われた。
赤、青、黄色、緑…他にもいろいろ。彼から見えてくる。
彼から、俺の世界が色付いてくる。
絵本の着色をするように、彩やかに。
俺はこの曲を知っていた。
だから少し、失礼だとも思いながら、俺の歌を彼に重ねた。
Let’s try 不安は捨てて
描いた夢に
辿り着くまで
But there's no need to rush
歌い終わって、俺は空を見上げる。
こんなに、空は、海は…青かっただろうか。山はこんなに緑だったのか。
色の眩しさに少し目を顰めた時、前から吹き出すような音が聞こえた。
見ると彼は声を出しながら笑っている。
何か、気に障ることをしただろうか。
いや、したら普通笑うことはしないはず。
混乱していると彼は笑いながら口を開く。
くっくっと笑いを堪えられないと言わんばかりの彼につられて俺は笑った。
こんなに自然に笑えたのは初めてだった。
笑いが引いた後、彼は俺に自己紹介をした。
そう言うと彼は顔をちょっと悩ませ、何かを考えた後、
と遠慮がちに呟いた。
そう呼ぶと、それいいね、と彼は微笑んだ。
色が彩やかで、眩しい。
きっと俺は大夢に、恋をしてしまった。
人を好きになる、ましてや一目惚れなんてするはずもないと思っていたのに。
嘘だ、と思っても、俺の世界の色の発生源は間違いなく、大夢だ。
これから…どうしようか。
答えのない疑問を考えるのも、これが初めてだった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!