第19話

第十九話
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2025/09/01 09:00 更新
安倍 あざみ
安倍 あざみ
やく……!
重たい体を無視して駆け寄ると、倒れていたやくがゆっくりと瞼をあけた。
上半身を支えて抱き起すと、やくは声にならない声で謝ろうとする。
西條 やく
西條 やく
……ご、……めん、あざみ
安倍 あざみ
安倍 あざみ
僕は大丈夫。やくは、
西條 やく
西條 やく
……前に逃げたのも、ごめん
やくは大丈夫か、と聞こうとする僕をさえぎって、やくはまた違うことを謝り始めた。
西條 やく
西條 やく
突然、逃げちゃって……
嫌な思いさせたよね
安倍 あざみ
安倍 あざみ
それは、僕が陰陽師だって知った時?
西條 やく
西條 やく
うん。あの時、全部思い出したんだ
西條 やく
西條 やく
俺が妖怪で、
人に手を出してしまったことも
西條 やく
西條 やく
その対応に来たのが、
安倍家の人間だったことも
安倍 あざみ
安倍 あざみ
…………
西條 やく
西條 やく
あざみのお兄さんは、
俺を知ってたでしょ?
やくは、静かに僕たちを見守っているつばきに視線を投げた。
顔を動かすことすら億劫なのか、ゆっくり、本当にゆっくり。
安倍 つばき
安倍 つばき
あぁ。
最初は、君が妖怪ということしか
わからなかった
安倍 つばき
安倍 つばき
でもすぐに、ここ西條家で起こった
怪異の原因だってことも分かったよ
西條 やく
西條 やく
へへ、やっぱりね……
安倍 つばき
安倍 つばき
だが、あの場では私も父も祓わなかった。
それがどういうことかわかるかい?
僕の傍に立ったまま、つばきはやくを見下ろす。
冷たい目。
だけど、不思議と声色は優しく感じてしまう。
安倍 つばき
安倍 つばき
私たちも、君を利用しようとしたんだよ。
あざみが陰陽師として
仕事をするきっかけになれば、と
安倍 あざみ
安倍 あざみ
え……?
つばきは一度目を閉じて、小さく息を吐く。
そして次に開いた時、その目にはもう冷たさは感じられなかった。
安倍 つばき
安倍 つばき
やくくん。
君はあの時暴走していなかった。
しっかりと自我を保っていた
安倍 つばき
安倍 つばき
あざみが望む共存は
ここにあるのかもしれない。そう思った
やくを人間として見ているような、僕の友達と認めてくれているような、そんな慈愛が込められているように感じた。
安倍 つばき
安倍 つばき
さて。私は周りを見てくるよ
そう言って、つばきはこの場を立ち去った。
きっと、僕らに時間をくれたんだと思う。

つばきがいなくなった後、やくは小さく笑みをこぼした。
西條 やく
西條 やく
優しいお兄さんだね
安倍 あざみ
安倍 あざみ
……そう、かも
西條 やく
西條 やく
ねぇあざみ。聞いてくれる?
安倍 あざみ
安倍 あざみ
……うん
西條 やく
西條 やく
俺、あざみから逃げた後
すごい後悔したんだ
西條 やく
西條 やく
巻き込みたくない。迷惑かけたくない。
そう思って逃げたのに、
考えるのはずっと、あざみのことだった
西條 やく
西條 やく
会いたいなって、ずっと、そう思ってた
安倍 あざみ
安倍 あざみ
僕もだよ。
僕もずっと、やくのこと考えてた
西條 やく
西條 やく
ほんと? ……うれしいなぁ
西條 やく
西條 やく
たのしかった……
たのしいこと、いっぱいあった
安倍 あざみ
安倍 あざみ
やくは、……やくは何が一番楽しかった?
西條 やく
西條 やく
そうだなぁ……。
へへっ、あざみといた時間
全部楽しかったから選べないや
安倍 あざみ
安倍 あざみ
……嬉しいな
西條 やく
西條 やく
文化祭、一緒に回りたかった
安倍 あざみ
安倍 あざみ
そうだね。僕も一緒に回りたかった
もう限界が近いのか、やくの目はほとんど閉じたままになっていた。
それでも話そうとしてくれるやくの言葉を一つも逃したくなくて、僕は彼を抱きかかえた腕に力を込めた。
それが伝わったのか、やくがうっすらと目を開ける。
西條 やく
西條 やく
あざみはすごいね
安倍 あざみ
安倍 あざみ
え?
西條 やく
西條 やく
少ししか見れなかったけど、
戦ってるあざみ、かっこよかったな
西條 やく
西條 やく
一緒に居る時は、
ぜんぜんその力使わなかったじゃん
安倍 あざみ
安倍 あざみ
……僕はこの力、
好きじゃなかったから
西條 やく
西條 やく
どうして?
安倍 あざみ
安倍 あざみ
妖怪を祓うための力だから。
僕は、僕が目指す共存に
必要ないって思ってた
西條 やく
西條 やく
そっか……でも、俺はその力に救われたよ
安倍 あざみ
安倍 あざみ
…………
西條 やく
西條 やく
あざみのその力は、
俺みたいにどうしようもなくなったやつを
救ってくれる
西條 やく
西條 やく
あざみがいてくれたから、俺はまた、
同じ過ちを繰り返さないで済む
西條 やく
西條 やく
救ってくれて、ありがとう
やくはゆっくりと重たそうに腕をあげた。
そして、そっと僕の頬に触れる。
その指先が氷の様に冷たくて、僕の熱で溶けて行ってしまいそうで怖かった。
西條 やく
西條 やく
ねぇあざみ
西條 やく
西條 やく
俺の名前、よんで
安倍 あざみ
安倍 あざみ
……やく
やくの名前を呼ぶと、やくはくしゃりと笑った。
その笑顔が一瞬揺らいで見えて、最期を悟る。
安倍 あざみ
安倍 あざみ
やく、……やく
西條 やく
西條 やく
やっぱり、
あざみに名前呼んでもらえると安心する
安倍 あざみ
安倍 あざみ
呼ぶよ、いっぱい、呼ぶから、やく
西條 やく
西條 やく
なぁに
安倍 あざみ
安倍 あざみ
また、遊ぼうね
僕がそう言うと、やくは一瞬驚いた表情を見せ、ゆっくりと微笑んだ。
そして、僕の頬に触れていた手から、力が失われてゆく。
西條 やく
西條 やく
てあて、してあげたかった
やくの手は僕の傷に触れ……る前に、重力に従って落ちた。
そしてその手が次第に薄くなっていって、光の粒子となって僕の前を通りすぎていく。
手だけじゃない。僕の腕から、やくが消えていく。

西條 やく
西條 やく
ありがとう


最期、そんな言葉を遺して。


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