あなたの下の名前side
勉強会を切り上げて教室を出ると、廊下にはすでに夕暮れが染み込んでいた。
窓から差し込むオレンジ色の光が床を長く照らし、私たちの影が並んで伸びていく。
凛が両手を伸ばし、大きく息を吐く。
湊斗が淡々と突っ込む。
凛が勢いよく振り返り、私に同意を求める。
私が笑いながら答えると、想真まで吹き出してしまい、凛はむっと頬を膨らませた。
想真がフォローする。
湊斗は呆れ顔のまま、少し口元だけが緩んでいた。
校門を出ると、風がひんやりと頬を撫でた。
六月の空気はまだ少し湿っているけれど、夕方の涼しさは心地いい。
私がぽつりとつぶやくと、想真が横で笑った。
と割り込んできた。
私が慌てて否定すると、凛は「ふーん?」と怪しい目つきで笑う。
湊斗が一言だけ言って歩き出し、結局みんなでぞろぞろと並んで帰ることになった。
並んで歩く道すがら、笑い声が絶えない。
凛が冗談を言えば想真が乗っかり、湊斗は的確に突っ込みを入れる。
私はそのやり取りを聞きながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
――だけど、ほんの少し、体が重い。
体育祭の準備で忙しい日々に加えて、今日の勉強会。
人並みに笑って、話して、歩いて……それだけで、私の身体は普通よりもずっと消耗している。
それでも、みんなの前では笑顔でいたかった。
だから、私は足取りをゆるめすぎないように気を付けながら、彼らと歩調を合わせ続けた。
家に帰りついたころには、すっかり空が群青色に変わっていた。
玄関の明かりがやさしく灯り、私を迎えてくれる。
靴を脱ぐ前に、妹の陽葵が飛び出してきた。
リビングに入ると、テーブルにはカレーとサラダが並んでいた。
母がエプロン姿で立っていて、「おかえり」と柔らかく笑う。
母の小さな気遣いに胸がじんとした。
夕食は、カレーのスパイスの香りに包まれて始まった。
そんなやりとりを聞きながら、私はゆっくりとスプーンを口に運んだ。
母に尋ねられ、私は頷く。
陽葵が目を輝かせて言う。
そんな他愛ない会話が、心地よく胸にしみた。
食事を終え、部屋に戻ると、私はベッドに腰を下ろした。
足が少し重く、頭の奥にじんわりと疲労が広がっている。
それでも、今日一日の光景を思い返すと、不思議と笑みがこぼれた。
――勉強して、笑って、ふざけて。
ただそれだけの時間が、こんなにも大切で、幸せなんだ。
私は机の上に日記帳を広げ、ペンを握った。
「今日は勉強会。笑ってばかりだった。すごく幸せだった」
一行だけ書いて、ペンを置く。
窓の外には星が瞬き始めていた。
私は小さく息をつき、心の奥でそっと願う。
――どうか、明日もみんなと一緒に過ごせますように。











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!