第36話

第3章 夏休み、花火と秘密の痛み Part1
12
2026/04/26 12:00 更新
蝉の声が、朝から途切れることなく響いていた。
 
終業式の日。
体育館の中は熱気とざわめきに包まれ、生徒たちは先生の言葉を半ば聞き流しながら、明日からの夏休みに思いを馳せていた。
暑っ……この空気、サウナだよね
隣で凛がハンカチで汗を拭きながら、小声でつぶやいた。
あなた
ほんとに。あと10分が地獄……
前の方では想真が友達とふざけて笑っていて、湊斗はそんな彼を半ば呆れ顔で見ていた。
 
――いつも通りの風景。それが、どうしてこんなに眩しく感じるのだろう。

終業式が終わると、クラスでは一気に解放された空気が広がった。
机の上にはプリントが散らばり、窓際から差し込む光がきらきらと反射している。
想真
ついに夏休みー!
想真が両手を上げて叫ぶと、教室中が笑い声で包まれた。
湊斗
うるさい、想真。先生まだ廊下にいるぞ
湊斗の冷静なツッコミに、また笑いが起きる。
そんな中で私は、少し遠くからその光景を見つめていた。
胸の奥に広がるのは期待と、ほんの少しの不安。
あなたの下の名前、今日帰り寄ってかない? アイスでも食べよう
あなた
うん、行く
想真
俺も行くー!
想真がすかさず割り込んできて、湊斗も渋々といった様子で立ち上がる。
こうしていつもの4人で過ごす放課後が、また始まるのだと思うと、胸が少しだけ温かくなった。

 
校門を出ると、夏の匂いが一気に押し寄せてきた。
アスファルトの照り返し、風に混じるひまわりの香り、遠くで聞こえる蝉の合唱。
夏休み、最初の予定どうする? やっぱり夏祭りでしょ!
想真
お、賛成。浴衣着て、りんご飴食べて、金魚すくい!
想真が子どもみたいにテンションを上げ、私は思わず笑ってしまう。
想真
あなたの下の名前は浴衣着るの?
あなた
うん……多分。せっかくだし
その言葉に、想真の目が一瞬嬉しそうに輝いたのを、私は見逃さなかった。
想真
じゃあ、俺が金魚すくい勝負で勝ったら、りんご飴奢って
あなた
なんでそうなるの
想真
勝負ごとには報酬が必要なんだよ
あなた
じゃあ、負けたらどうする?
想真
うーん……負けたら、浴衣の帯結んであげる
あなた
えっ、なにそれ!
やめなさい!笑
湊斗
ほんと子どもか
4人の笑い声が夏の風に溶けていく。
そんな平和な瞬間が、いつまでも続くように感じられた。
帰り道、陽射しはゆるやかに傾き始めていた。
私は少し歩く速度を落とし、校舎の向こうに沈みかける太陽を見上げる。
あなた
もう3年の夏休みか……
ねぇ、今年は特別な夏にしようよ
あなた
特別?
うん。受験とか、進路とか、いろいろあるけど――せっかくの最後の夏休みだし、思い出たくさん作ろう
凛の目は真剣で、どこか切なげでもあった。
私はその表情を見て、心の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
あなた
(そうだよね、今は“生きる”ことを楽しもう)
そう自分に言い聞かせるように、笑った。
家に帰ると、妹の陽葵が玄関で出迎えた。
陽葵
おかえり、お姉ちゃん! やっと夏休みだね! どこ行く?
あなた
お父さんたちにお願いして旅行連れて行ってもらう?
陽葵
それいいね!
あなた
宿題早めにおわらせよー
陽葵
宿題いっぱいだもん やだな
あなた
一緒にやろ! 2人で協力プレーしよ!
陽葵
やった!
その小さな声が、家の中に弾けて響いた。
夜、机の上に置かれたカレンダーを見つめながら、私は赤ペンで「夏祭り」の日を丸で囲んだ。
あなた
(この夏を、絶対に忘れたくない)
胸の奥が少し痛んだけれど、それを包み隠すようにそっと笑った。

 
窓の外では、蝉の声が静かに夜に溶けていった。
明日から始まる夏休み――それが、何かを変える季節になる気がしてならなかった。

プリ小説オーディオドラマ