プロローグ
世界凍った。
未曾有の寒さのその下で
道路も空も
青く白く 凍った。
あまり静かで
思わず息を吸い込んだ人は
冷えた夜が肺に 砕けて散った。
二人はそんな外の 景色を見て怖くなって、
白くて浅い、 呼吸をするのだ。
ひぽ、ひぽ、せー、ぜ。
コンポタつくる。
窓の隙間を寒が抜けて
思い出も夢も そのうち すっかり凍るのに。
ぐるぐる夜に、 二人の口ずさむ歌も 掴まれ消えたので
今日もふたりは
こたつでみかんを食べながら
次の季節が
来ないと知って泣いているんだよ
冷気の蔓延で
細胞単位の終わりを迎えて
星が落ちる現象だよ
クーネル・エンゲイザー

フクシマと呼ばれた場所に、巨大な発電所があった。
通称 《1F》――フクシマ原子力発電所。
沸騰水型軽水炉を8機も抱える、国内最大級の電力の要塞だ。
その冬の昼下がり、事務所はいつもと違う空気に包まれていた。
外は雪。
窓の向こう、制御棟の屋根に積もる白が、まるで巨大な墓標のように見えた。
「所長! 至急、テレビを!」
若い所員の声が響く。
芥川所長は眉を寄せながら、壁の大型スクリーンに目を向けた。
そこに映っていたのは――
トウキョ電力社長。
顔は青ざめ、額に汗が光っている。
「芥川所長! 今すぐテレビを確認してください!」
「分かりました」
芥川は短く答え、所員に指示を飛ばす。
「ニュースに切り替えて!」
画面が切り替わる。
雪。
一面の雪。
レポーターが、凍える手でマイクを握りしめていた。
レポーター
「――現在、トウキョでは初冬に異例の大雪が降り続いています。気象庁は『突発的な異常気象で、予測は困難。今後さらに気温が急激に低下する見込み』と警告を発しています。」
ニュースの映像が切り替わり、トウキョ大学の気象学者が登場する。
背景には、崩れ落ちる南極の氷床の衛星写真。
「一ヶ月前、世界気象機関(WMO)が発表した南極氷床の大規模崩壊――
推定15兆トンの淡水が太平洋に流入。
これは過去の年間流出量の100倍に相当します」
学者は震える指で海流図を指さした。
「東オストラリア海流、黒潮、北太平洋海流――
海流は塩分濃度の差によって引き起こされるため、大量の淡水が流入することによって、海流が停止する事も考えられます。
もしそうなれば、地球規模の熱輸送が崩壊し、未曾有の寒波に…」
事務所の空気が、凍りついた。
スクリーン越しに、社長が机の書類を握りしめる。
「状況は理解していただけただろう」
声は低く、震えていた。
「現在、運転停止中の5、6、7、8号炉を――
即時再稼働させてください」
芥川の顔が、引き攣る。
「監視委員会と規制庁の職員は、2時間後に現地到着予定です。
手続きは私が責任を持って進めます」
「待ってください」
芥川はマイクに近づき、小声で続ける。
「近隣住民の同意は? 燃料棒の在庫は?
しかも、5~8号機は定期点検中です。
こんな短時間で――」
「とにかく!」
社長が叫んだ。
机を叩く音が、スピーカーから響く。
「フクシマ変電所には既に連絡済みだ!
消費電力は爆発的に増える!
責任は私が取る。
――今すぐ、発電量を増やせ!」
通話が、ぶつりと切れた。
静寂。
事務所の時計だけが、カチカチと音を立てる。
芥川は、ゆっくりと立ち上がった。
白髪交じりの頭を掻き、マイクを握る。
「――所長だ」
声は、かすかに震えていた。
「5、6、7、8号炉――稼働準備に入れ」
一呼吸。
外の雪が、窓を白く染めていく。
「繰り返す。
5、6、7、8号炉、緊急稼働だ」ーー












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!