小さくそう返して、視線を逸らす。
沈黙が、二人の間に落ちる。
何か言わなきゃいけないのに、
何を言えばいいか分からない。
そう思った瞬間——
私は、ポケットに手を入れた。
取り出したのは、折りたたまれた一通の手紙。
少しだけ、くしゃっとしている。
差し出す。
長尾謙杜は、一瞬驚いた顔をする。
それだけ言って、視線を合わせない。
本当は、今ここで全部言えたらよかった。
好きだったことも。
ずっと忘れられなかったことも。
でも——
言葉にしようとすると、全部崩れそうで。
だから、書いた。
逃げないように、ちゃんと残る形で。
一瞬、迷う。
でも、首を横に振る。
今ここで読まれたら、
その反応を見る勇気がない。
少しだけ優しい声。
そのまま、彼は手紙を受け取る。
触れた指先が、ほんの一瞬だけ重なる。
それだけで、胸が締め付けられる。
それ以上何も言えなくて、
私は背を向けた。
呼ばれる。
でも——
振り返らない。
その声だけが、背中に届く。
歩きながら、涙が滲む。
これでいい。
これで、全部伝わる。
言えなかった想いも、
止まっていた時間も。
全部——あの手紙の中に。
(続く)














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!