玄関ホールでスマイル君は立ち止った。
ここで何を始めるつもりなのだろう。
スマイル君の一挙一動を黙って見守る。
スマイル君は玄関の扉の前に、
放りだしたままになっていた、
木製の人形を拾い上げた。
ほんのちょっと目にしただけで、
そんなことまでわかっていたのか。
改めてスマイル君の、
人間離れした能力に驚いてしまう。
ポケットから取り出した2つの玉を、
スマイル君は人形の顔のくぼみに押し込んだ。
玉は二つとも、
隙間なく顔に収まった。
それまで不気味にしか思えなかった人形が、
目を手に入れたことで随分を可愛らしい。
いや、変化はそれだけではなかった。
ゲームオーバーであることを口にしていこう、
ずっと沈黙を守り続けてきた人形が、
再び声を出した。
壁に矢印が映し出された。
再現時間をオーバーした時は、
キッチンの非常口の方を示していた矢印が、
今はパネルのあった扉に向いている。
やっぱり、
あの扉が屋敷の外に繋がっているらしい。
でも扉を開けるパスワードは、
相変わらずわからないままだ。
どうすればいいんだろう…。
スマイル君が短い悲鳴を上げた。
いつも取り乱す事のない彼にしては、
随分と珍しい反応だ。
人形がゆっくりと右に回転し始めた。
人間だったら、
ありえない方向に首がねじ曲がってる。
…大分、不気味…。
ちょうど一回転したところで、
人形の頭は空が外れて、床に転がり落ちた。
シャケ君がそれを拾い上げる。
頭部は内側からくりぬかれていて、
そこに紙切れが入っていたらしい。
シャケ君は人差し指を差し込んで、
その紙幣を引っ張り出した。
スマイル君が口にして言葉はたいてい正しい。
だから今回もその通りになるのだろう、
と僕は信じて疑わなかった。
最後の問題もスマイル君は、
あっさり解き明かして、
扉はすぐに開くはずだ。
でも今回は少し様子が違っていた。
紙幣を広げたシャケ君の表情が曇る。
シャケ君の手元を覗き込んだ、
スマイル君の眉の間に深いしわが刻まれた。
顎に手を当てて、
スマイル君は深く長い溜息を吐き出した。
Nakamu君も紙幣を見つめて、
不安そうに尋ねていた。
どういう問題なの…?
僕はスマイル君に尋ねた。
スマイル君がシャケ君から紙幣を貰い、
僕に見せてくれた。
そこに書かれた文章を、
不安そうにNakamu君は読んでくれた。
ようやく最後の扉にたどり着けたのに、
開けることが出来ない…?
…そんな…そんな事って…。
僕はいてもたってもいられなくなり、
パネルの取り付けられた扉に走った。
嫌だ…。
このままお父さんに会えなくなるなんてッ…!
僕は扉に体当たりを繰り返した。
当然ながらびくともしない。
でも諦めるつもりは無かった。
何度も何度も体当たりを繰り返す。
肌が擦り剝けて、
床に血が零れ落ちたけれど、
僕は辞めなかった。
シャケ君が僕の事を止めた。
僕は必死に抵抗したけど、
シャケ君の力には敵わなかった。
その言葉を聞いて、
Nakamu君がパネルの前に顔を近づけた。
Nakamu君はスマイル君の答えたとおりに、
数字を打ち込んだ。
パネルに<1231>と表示された。
…あれ…?
僕の心臓は大きく跳ね上がった。
1231…この数字って…。
エラー音が鳴り、
ドアは開かなかった。
即座にスマイル君は答えた。
パネルに<0813>と表示された。
結果は変わらず、
扉は開かなかった。
…やっぱりそうだ…。
間違いない。
口の中が乾いてカラカラだ。
よほど、
僕は動揺していたみたいだ。
シャケ君が心配そうにこちらを見た。
僕はシャケ君にしがみついた。
僕の体を持ち上げて!
シャケ君にそう訴えた。
パスワードが分かったんだ。
小さな僕はパネルに手が届かない。
だからお願い…!
僕をパネルの傍まで持ち上げて!
シャケ君は僕を抱きかかえた。
パネルが目の前に見えた。
僕は体を伸ばして、
数字のボタンをゆっくりと押していった。
0813…8月13日、今日はお父さんの誕生日
1231…12月31日、お母さんの誕生日
これが偶然であるはずない。
お父さんはあえて、2人の誕生日を、
この脱出ゲームに取り入れたんだ。
だとしたら…二つのコードから…。
最初は<0>、次は<3>、
続いて<1>、最後に…<0>
3月10日、砂糖の日、
これが僕の誕生日。
ロックの外れる音が聞こえた。
シャケ君は僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。
スマイル君が扉を開ける。
扉の奥には地下に続く階段があった。
土の香りがした。
屋敷の外に繋がってるのは間違いない。
僕はスマイル君の横をすり抜けて、
真っ先に階段を駆け下りた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!