第一部 隣の練習室の男の子
第十二章 本当は、話すつもりじゃなかったのに
デビューしてから半年。
BOYNEXTDOORは少しずつ忙しくなっていった。
音楽番組。
サイン会。
コンテンツ撮影。
インタビュー。
深夜まで続く練習。
気づけば、会える時間は前よりずっと少なくなっていた。
それでも。
『お疲れ。』
『今日の収録どうだった?』
『イハンがまた魚の動画送ってきた。』
『テサンが宿舎で暴れてる。』
『ウナクがまた泣いた。』
『リウヒョンに怒られた。』
『ソンホがご飯作ってくれた。』
そんなLINEは、途切れなかった。
会えなくても。
“今日もどこかで頑張ってるんだな。”
そう思えるだけで安心した。
それが、いつの間にか当たり前になっていた。
⸻
『今日、時間ある?』
珍しくジェヒョンから来たLINE。
『あるよ!』
『じゃあ終わったら少し会える?』
『うん!』
その日。
あなたは仕事終わりに待ち合わせ場所へ向かった。
冬が近づいていた。
吐く息は白い。
「ごめん。」
「ううん。」
「待った?」
「五分くらい。」
「じゃあ待ってる。」
「意味分かんない。」
「ふふっ。」
久しぶりだった。
こうして二人だけでゆっくり話すのは。
コンビニで温かい飲み物を買って。
誰もいない川沿いを歩く。
「忙しい?」
「うん。」
「そっちは?」
「忙しい。」
「だよね。」
「うん。」
沈黙。
でも、不思議と気まずくはなかった。
「……。」
「……。」
「ねぇ。」
「ん?」
「最近。」
「うん。」
「ちゃんと寝てる?」
「何それ。」
「心配。」
「五時間。」
「少ない。」
「ジェヒョンもでしょ。」
「四時間。」
「もっと少ないじゃん。」
「仕事だから。」
「無理しないでね。」
「……。」
「何。」
「いや。」
「?」
「そういうところ。」
「うん?」
「好き。」
「……え?」
一瞬。
時間が止まった。
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「え?」
「……。」
ジェヒョンは自分でも何を言ったのか分からないような顔をしていた。
「……。」
「……。」
「今。」
あなたが瞬きをする。
「……好きって言った?」
「……。」
「……。」
「……ごめん。」
「え?」
「違う。」
「違う?」
「いや。」
「え?」
「……。」
ジェヒョンは顔を覆った。
「本当は。」
「……。」
「話すつもりじゃなかったのに。」
「……。」
「……。」
「……。」
「俺さ。」
「……うん。」
「恋愛しないって決めてた。」
「……。」
「アイドルだから。」
「うん。」
「ファンを悲しませたくないし。」
「うん。」
「中途半端な気持ちで誰かを好きになりたくなかった。」
「……。」
「だから。」
「……。」
「ずっと、このままでいいって思ってた。」
「……。」
「でも。」
ジェヒョンの声が少し震える。
「会えない日が続くと。」
「……。」
「今日何してるかなって考える。」
「……。」
「誰かと楽しそうにしてると。」
「……。」
「なんか嫌で。」
「……。」
「お前が笑ってると安心して。」
「……。」
「泣いてると苦しくて。」
「……。」
「気づいたら。」
「……。」
「一番最初に伝えたいことも。」
「……。」
「会いたいって思うのも。」
「……。」
「全部、お前だった。」
あなたは何も言えなかった。
心臓の音だけがうるさい。
「……。」
「……。」
「だから。」
ジェヒョンは苦笑した。
「たぶん。」
「……。」
「俺、お前のこと好き。」
「……。」
「……。」
「……。」
「でも。」
「?」
「返事とか。」
「……。」
「今じゃなくていい。」
「……。」
「むしろ。」
「?」
「断られても仕方ないと思ってる。」
「……。」
「今の関係壊れる方が怖いし。」
「……。」
「だから。」
「……。」
「忘れてくれてもいい。」
「……。」
「……。」
「ジェヒョン。」
「……。」
「忘れられるわけないじゃん。」
「……。」
「私ね。」
涙が滲んだ。
「会えないと寂しかった。」
「……。」
「LINE来ると嬉しくて。」
「……。」
「今日こんなことあったって話したくて。」
「……。」
「ジェヒョンが頑張ってると嬉しくて。」
「……。」
「怪我したら嫌だし。」
「……。」
「無理してほしくないし。」
「……。」
「誰よりも幸せでいてほしいって思ってた。」
「……。」
「……。」
「これって。」
「……。」
「好きなんだと思う。」
沈黙。
数秒。
数十秒。
「……。」
「……。」
「……本当に?」
ジェヒョンが呟く。
「うん。」
「……。」
「後悔するかも。」
「しない。」
「アイドルだよ。」
「知ってる。」
「バレたら終わるかもしれない。」
「うん。」
「それでも?」
「……。」
あなたは小さく笑った。
「それでも。」
「……。」
「ジェヒョンだから。」
「……。」
「好き。」
その瞬間。
ジェヒョンは俯いた。
「……。」
「ジェヒョン?」
「……。」
「何。」
「……。」
「泣いてる?」
「泣いてない。」
「泣いてるじゃん。」
「……。」
「ふふっ。」
「笑うな。」
「だって。」
「……。」
「嬉しい。」
「……。」
「俺も。」
そして。
恐る恐る。
本当に恐る恐る。
ジェヒョンはあなたの手を握った。
「……。」
「……。」
「初めてなのに。」
「うん。」
「めっちゃ緊張する。」
「ふふっ。」
「笑うなって。」
「だってジェヒョンだもん。」
「何それ。」
「リーダーでも。」
「うん。」
「アイドルでもなくて。」
「うん。」
「ただのジェヒョン。」
「……。」
「そういうところも好き。」
「……。」
ジェヒョンは少しだけ照れたように笑った。
「じゃあ。」
「うん?」
「よろしく。」
「……。」
「彼女として。」
「……。」
あなたは泣きながら笑った。
「こちらこそ。」
「彼氏として、よろしく。」
こうして。
誰にも知られない恋が始まった。
ファンの前ではアイドル。
メンバーの前ではリーダー。
でも。
二人きりの時だけは。
ただのミョン・ジェヒョンと、あなた。
たくさんの幸せと。
たくさんの不安を抱えながら。
誰にも言えない恋は、静かに動き出した。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。