第68話

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2025/04/22 09:02 更新
「あなたっ!!」
はっ、と赤子が産声で肺呼吸を開始するかの如く、私は脈打つ心臓を確りと確認する様にひとつコキューした。
「あなた...」
眩い照明に瞼越し乍らも目が眩む。おずおずと遮光カーテンを開けると目の前には紫色の澄んだ瞳。

弱々しく、聞いている此方がツンと鼻の奥を刺激される。今にも感情の彼れ此れが決壊しそうな声で私の名を呼ぶ彼は、私なんかよりもよっぽど女々しかった。

なんだ
『やっぱり覚えてたじゃん、』
へらりと安堵の笑みを溢す。
次の瞬間、マーダーさんに私を潰さんとする勢いで抱き締められたのは、目出度い頭の魅せる幻覚。

『マーダーサン。
「Murderで良い」
『アッハイ』
どうやら幻覚だと思っていた彼れは現実だったらしく、その判断を下した私の頭はお目出度いレッテル脱退を見事成した。併し自分の都合の良い様に現実改変をした点では、目出度かったのは私の頭で間違いなかったのだが。


只今は無事(?)ナイトメアさんからのおつかいを制覇し、彼等の待つバカデカいウィンザー城の様な応接間へ向かっている所である。
多分今後一生こんな大変なおつかいを頼まれる事は無いし、頼まれてやることもぜっっったいに無い。
今までの心労が祟ったのか、少々ナイーブ気味な心身。

ふぅと一息吐くと隣に歩くマーダーが怪訝そうに此方を見詰めている事に気付く。
「腹、大丈夫か?成る可く傷まない様心掛けたんだが...」
ジーザス!折角落ち着いていたトラウマが走馬灯の様に蘇ってくる。
『マーダー...いま、その話はやめよう...』
「オウ」
うぅ...と咽せ込む私を横目に、彼は萎らしく伏せ目がちに言ちる
「正直、俺は覚えていられる確証なんて無かった。

若し全部忘れて、凡て無かった事になってたら、お前は如何する心算だった」
掛かる重力が私だけ3倍になったと錯覚させる、重圧のある問い掛け。吃驚して彼を見ると、深く被ったフードで均整の取れた白い綺麗な鼻筋だけが照明に照らされていた。
『もう一度、凡てをやり直す____
言い終わる前に、私は壁へと縫い付けられた。
『いたっ...

「お前は自分の事しか視えていない。」
憤怒、悲嘆、疑念、寂寥

何れともつかない感情を、面と向かって私にぶつけてくるマーダー
『何言って__

「お前は、
ゆらりと陽炎の様に揺らいだ視界は、彼の紫一色。
『(不屈…!)』
ぐぅっと喉が鳴る。腕も脚も、痛いくらい押さえつけられて身動きの取れない状況。
目と鼻の先に彼の顔。生暖かな荒い吐息が直に伝わる。
「お前は馬鹿だ。どうしようも無く馬鹿で間抜けで阿呆で、」
急な罵倒に目が白黒。
「お前は俺との出会いをやり直せるかも知れ無ェけどよ、はな、この一度切り何だぜ...?」
意図を汲み兼ねていると、マーダーは可笑しくなった様に笑い出した。
「はは、はは...

良いぜ、お前が其の気ならよ
息一つ吸う暇も無く口を塞がれる
暫く放心状態で、気を取り戻した時には身体が酸素に飢えていた。
エラーちゃんの時の事がフラッシュバックされる。

ここで空気を求めてはならないと言う実体験からの教訓を胸に、この場を絶え抜く決意を抱く。
『(いや、むりかも...)』
死因がキスで窒息死だなんて洒落にならない、と内心悪態を吐きながら意識を手放そうとしたその時
『ふっ!?!?』
人工呼吸でもするかの様に彼から口移しで酸素が送り込まれる。もうやめてくれと羞恥と苦しさで涙ぐみながら胸板を叩くも一向に止める様子はない。
『まーだ、ほんと、しぬ...』
口が離れた隙を見て必死の懇願。そこで彼は漸くこの地獄から解放してくれた。
ふぅふぅと肩で呼吸する私を、恍惚とした表情で見下ろすマーダー
「お前が其の気なら、此方も勝手にさせて貰う。」









俺にこんな感情植え付けてった責任








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