「ぼくも子供がいる。7人」
「ウチと同じだね。大家族だよ。妻には大きな負担をかけた」
「……うちもそう。子供産んでからずっと体弱いままだった。それで結局死んじゃったし」
「……そうかい。子供達も悲しんだろうね」
「さぁ、どうだろ。ずっと前に離婚したから、思い入れもないんじゃないかな。それに、ぼく達は普通じゃないから」
「どういうことだい?」
「人の気持ちを考えなさい、ってよく言うでしょ?」
「あぁ、そうだな。……私は、子供たちとまともな会話をほとんどしたことがないから、よくわからないがね」
「そ。でさ、ぼくらはそれが出来ないんだ。どうやったって、自分のことしかわからない」
「人間、誰しもそんな様なものだと思うよ」
「いや、違う。本当に、自分のことしか分からないの。本とか読んでても、人物の気持ちとか意味不明で、結末に辻褄が合わないこともよくある」
「そうかい。なら音くんは相当苦労して生きてきただろうね」
「…いや、そうでも無い。大人になって、権力も金もあったから、人の気持ちとか、気遣いのことなんて考えなくてもよかった。自分のことばっかりでも、何か問題が起きることもないと思ってた。……でも結局は問題ばっかり。それで、最近になってやっと、自分のやり方が間違ってたんじゃないかって思い始めてるんだから、救えないよね」
「………私も、自分のことしか考えない人間だった。いや、今も実際そうだから、身勝手に死んで償おうとしている。…私も語ってもいいかい?」
「ん」
「ありがとう。……私は会社を経営していて、いずれは長男に継がせるつもりだった。…はっきりいって私は、子供たちを道具として見ていなかった。次男は長男のスペア。娘たちは、今どき時代遅れだと思うが、政略結婚に使う。男共には、反抗すれば頭を殴った。娘には頬を叩いた。……最終的に、妻も、子供たちも家を出て行き、二度と戻って来なかった。その時気づいたよ。…あぁ、私は、なんて愚かだったのだろうと。失ったものは、もう取り戻せない」
「………フ。ぼくの方がマシだったと思うのは、酷い?」
「いいや、全く」
「フフッ。ねぇ、ぼくさ、やり直したいんだ、人生を。過去には戻れないけど、今から新しい人生を生きることだってできるはずでしょ?」
「あぁ、そうだね」
「そうするにはどうしたらいいのかな」
「ははは。……君も大概、身勝手な男だね」
「……知ってるよ。知ってて言ってる」
「なら忘れることだ。出会った人、物、事。自分が何者だったのかさえも。君は、得意なことがあるかい?」
「ピアノ」
「なら、こんなのはどうかな?今から君は、ただのピアノが得意な音という名前の男。椿 天乃という女と一緒に暮らしている。よく彼女に振り回されているが、仲が良い。いつから彼女と暮らし始めた?」
「3ヶ月くらい前」
「3ヶ月前に、職も、帰る家もなく、道をさまよっていた時に彼女と出会った。…これが新しい君だ」
「新しいぼくを作っても、前を忘れなきゃ意味無い」
「そうだね。では……目をつぶってくれるかい?」
「こう?」
「そう。全ての感覚を、私の声に集中させるんだ。人間の脳は、本人が耐えられないような辛い記憶は自動的に思い出さないようにできている。だから、罪悪感を溜め込むんだ。前の自分の辛い記憶を思い出し、溜め込む。そうすれば、体は耐えられなくなり本能的に記憶を消す。美しい思い出も、醜いものと考える。……これが一番確実で、手っ取り早い」
「……上手くできない……」
「家に帰って、ゆっくりやりなさい。……だが、本当に忘れたいのかい?」
「うん。絶対に。……もう、苦しいのは嫌」
「………本当に、身勝手な男だ。私は君よりかは、まともな人間になりたいよ」
「だったら死ぬの辞めれば?」
「何?」
「だって家族が自殺とか人聞き悪いし、後処理面倒くさそう」
「………そうだね。確かにその通りだ。なら辞めるか」
「決断早いね」
「じっくり考えることも大事だが、大切なのは決断力だ」
「あっそ」
「この遺書、後で燃やしておいてくれないか」
「遺書………。遺書……あ、そうだ」
「どうしたんだい?」
「決めた。これ、ぼくの遺書にする」
「はぁ?」
「大切なのは決断力だから」












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!