第33話

離さない手
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2026/06/24 07:08 更新
「そんなことで嫌いになんてならない!」

応接間に、オフィーリアの声が響く。

涙でぐしゃぐしゃになった顔。

それでも。

霧青の瞳だけは真っ直ぐだった。

「今のルシアンは、わたくしの大好きなルシアンでしょう!?」

ルシアンは言葉を失った。

好き。

また。

こんなにも真っ直ぐ。

迷いなく。

自分を。

「……姫」

掠れた声。

「私は」

「知らない!」

オフィーリアは涙を拭いながら叫ぶ。

「知らないわ!」

ルシアンが目を見開く。

「昔のあなたなんて知らない!」

「盗みをしたとか、裏社会とか、そんなこと!」

「だって、わたくしが知ってるのは!」

ぽろぽろと涙を零しながら。

彼女は笑った。

「眠れない時に、絵本を読んでくれるルシアンだもの!」

「お薬が苦いって言ったら、お菓子を用意してくれるルシアンだもの!」

「わたくしが泣いてたら、一緒に泣きそうな顔をするルシアンだもの!」

「そんな人が悪い人なわけないでしょう!」

沈黙。

ルシアンの瞳が揺れる。

壊れる。

少しずつ。

ずっと固く閉ざしていた心が。

「……っ」

声にならない。

言葉が出てこない。

そんな彼の姿に、王妃は目を細めた。

アステルも静かに笑う。

「負けましたね」

小さな声。

「完全に」

王もまた。

目を閉じた。

「……やれやれ」

困った娘だ。

誰よりも優しくて。

誰よりも頑固。

それは昔の王妃そっくりだった。

「ルシアン」

王が呼ぶ。

「はい」

「顔を上げろ」

ゆっくりと。

ルシアンは顔を上げる。

その目は赤くなっていた。

王は苦笑した。

「十五年育ててきたが」

「お前が泣くところを見るのは初めてだ」

「申し訳ございません」

「謝るな」

王はため息をつく。

「そんな顔をされると、私が悪者みたいだ」

その時。

オフィーリアが。

とことことルシアンの元へ歩いていく。

そして。

彼の前で立ち止まった。

「ルシアン」

「……はい」

「手」

「え?」

「手を出して」

ルシアンは戸惑いながらも右手を差し出した。

すると。

オフィーリアはその手を両手でぎゅっと握った。

昔と同じように。

十五年前。

小さな少女が。

汚れた少年の手を握った時と同じように。

「わたくし、離さないわ」

ルシアンの瞳が大きく開く。

「姫……」

「だから」

オフィーリアはにっこり笑った。

涙でぐしゃぐしゃなのに。

とても綺麗な笑顔で。

「今度は、あなたが一人で逃げないで」

その瞬間。

ルシアンの頬を、一筋の涙が伝った。

「……ずるい人だ」

震える声。

「本当に」

「残酷なほど、優しい」

オフィーリアは首を傾げる。

「そう?」

「はい」

小さく笑う。

「あなたには、一生勝てそうにありません」

すると。

「おやおや」

アステルが立ち上がった。

「感動的なところ申し訳ないのですが」

全員が振り向く。

「私はまだ失恋したばかりなんですよ?」

「もう少し配慮してください」

オフィーリアが慌てる。

「ア、アステル!」

「冗談です」

彼は笑った。

「姫が笑っているなら、それで十分」

青い瞳が細まる。

しかし。

その笑顔の奥にある寂しさを。

ルシアンだけは見逃さなかった。

その時。

コンコン。

突然。

扉が叩かれる。

近衛騎士が青ざめた顔で飛び込んできた。

「陛下!」

「何事だ」

「侵入者です!」

全員の空気が変わる。

「侵入者?」

「王城の外壁を突破し、現在北庭園へ!」

「人数は!?」

騎士は震える声で答える。

「二名!」

「そのうち一人は……」

彼の顔から血の気が引いていた。

「赤い瞳の男です!」

その瞬間。

ルシアンの表情が凍りついた。

「……ヴァルター」

そして。

もう一人。

騎士は信じられないものを見るような顔で告げる。

「もう一人は……」

「白銀の髪をした少女です」

「年齢は、十六歳ほど」

「そして」

「彼女はこう名乗りました」

『ルシアン兄様に会いに来ました』

応接間の空気が。

完全に凍りついた。

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