「そんなことで嫌いになんてならない!」
応接間に、オフィーリアの声が響く。
涙でぐしゃぐしゃになった顔。
それでも。
霧青の瞳だけは真っ直ぐだった。
「今のルシアンは、わたくしの大好きなルシアンでしょう!?」
ルシアンは言葉を失った。
好き。
また。
こんなにも真っ直ぐ。
迷いなく。
自分を。
「……姫」
掠れた声。
「私は」
「知らない!」
オフィーリアは涙を拭いながら叫ぶ。
「知らないわ!」
ルシアンが目を見開く。
「昔のあなたなんて知らない!」
「盗みをしたとか、裏社会とか、そんなこと!」
「だって、わたくしが知ってるのは!」
ぽろぽろと涙を零しながら。
彼女は笑った。
「眠れない時に、絵本を読んでくれるルシアンだもの!」
「お薬が苦いって言ったら、お菓子を用意してくれるルシアンだもの!」
「わたくしが泣いてたら、一緒に泣きそうな顔をするルシアンだもの!」
「そんな人が悪い人なわけないでしょう!」
沈黙。
ルシアンの瞳が揺れる。
壊れる。
少しずつ。
ずっと固く閉ざしていた心が。
「……っ」
声にならない。
言葉が出てこない。
そんな彼の姿に、王妃は目を細めた。
アステルも静かに笑う。
「負けましたね」
小さな声。
「完全に」
王もまた。
目を閉じた。
「……やれやれ」
困った娘だ。
誰よりも優しくて。
誰よりも頑固。
それは昔の王妃そっくりだった。
「ルシアン」
王が呼ぶ。
「はい」
「顔を上げろ」
ゆっくりと。
ルシアンは顔を上げる。
その目は赤くなっていた。
王は苦笑した。
「十五年育ててきたが」
「お前が泣くところを見るのは初めてだ」
「申し訳ございません」
「謝るな」
王はため息をつく。
「そんな顔をされると、私が悪者みたいだ」
その時。
オフィーリアが。
とことことルシアンの元へ歩いていく。
そして。
彼の前で立ち止まった。
「ルシアン」
「……はい」
「手」
「え?」
「手を出して」
ルシアンは戸惑いながらも右手を差し出した。
すると。
オフィーリアはその手を両手でぎゅっと握った。
昔と同じように。
十五年前。
小さな少女が。
汚れた少年の手を握った時と同じように。
「わたくし、離さないわ」
ルシアンの瞳が大きく開く。
「姫……」
「だから」
オフィーリアはにっこり笑った。
涙でぐしゃぐしゃなのに。
とても綺麗な笑顔で。
「今度は、あなたが一人で逃げないで」
その瞬間。
ルシアンの頬を、一筋の涙が伝った。
「……ずるい人だ」
震える声。
「本当に」
「残酷なほど、優しい」
オフィーリアは首を傾げる。
「そう?」
「はい」
小さく笑う。
「あなたには、一生勝てそうにありません」
すると。
「おやおや」
アステルが立ち上がった。
「感動的なところ申し訳ないのですが」
全員が振り向く。
「私はまだ失恋したばかりなんですよ?」
「もう少し配慮してください」
オフィーリアが慌てる。
「ア、アステル!」
「冗談です」
彼は笑った。
「姫が笑っているなら、それで十分」
青い瞳が細まる。
しかし。
その笑顔の奥にある寂しさを。
ルシアンだけは見逃さなかった。
その時。
コンコン。
突然。
扉が叩かれる。
近衛騎士が青ざめた顔で飛び込んできた。
「陛下!」
「何事だ」
「侵入者です!」
全員の空気が変わる。
「侵入者?」
「王城の外壁を突破し、現在北庭園へ!」
「人数は!?」
騎士は震える声で答える。
「二名!」
「そのうち一人は……」
彼の顔から血の気が引いていた。
「赤い瞳の男です!」
その瞬間。
ルシアンの表情が凍りついた。
「……ヴァルター」
そして。
もう一人。
騎士は信じられないものを見るような顔で告げる。
「もう一人は……」
「白銀の髪をした少女です」
「年齢は、十六歳ほど」
「そして」
「彼女はこう名乗りました」
『ルシアン兄様に会いに来ました』
応接間の空気が。
完全に凍りついた。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。