物音がした。誰かに寄り添うような、間伸びた音が、自分の周りで点と点を繋ぐようにこだまして、不意に止んだ。先程まであった温もりが遠のいてゆく。それが、ひどく寂しくて。思わず手が伸びた。
すると、指先が、柔い何かを捕らえてみせた。
ゆるゆると目を開ける。はっきりしない視界の中、濡鴉の髪がやけに目映ゆく映る。「めぐみくん?」私の指先は、どうも彼の服の裾を追っていたらしい。寝惚けた喉はまともな音ひとつ出さなかったけど、彼は目敏く気がついて、私の視界を遮るように手を当てて、「まだ寝てろ」なんて酷い事を言うのだ。私が、彼の手の平の程よい温さに抗えないことを知っていながら。
拙い動きでなんとか彼の手を払いのけて起き上がる。どうやら此処は談話室のようで、校門前で寝落ちてしまったところを恵くんが運んでくれたらしい。
「ほら、分かったら早く寝ろ」恵くんはぶっきらぼうに告げると、再び私をソファに沈ませて、持っていた毛布を掛けてくれた。
本当に限界だったようで、ふわふわに包まれた私の意識は呆気なく、また暗闇に落ちてゆくのであった。
重い溜息が静謐を揺るがす。
伏黒の視線は、何の気も知らずすよすよと心地良さげに眠るあなたの名字に注がれていた。
この生きる姫君製造機は事幼馴染が関係してくると、さも平常運転であるかのような顔で度の越えた無茶をしでかしてくる。といっても、話に聞いていただけで実際に目の当たりにするのは今回が初めてなのだが。
この様子では睡眠は疎か、碌な食事も摂っていないだろう。此奴の行動理念は幼馴染の平穏に重きを置いているようなので、多少の無茶は仕方の無い事ではある。自分だって、善人たる津美紀が危険な目にあっていれば文字通り身を投げ出して助けるだろう。似た者同士、思考は理解できる。
けれど、それはそれ、これはこれだ。心配だってするし、身を滅ぼしかねない程度の無茶を繰り返すならば、五条に任務から手を引かせるよう進言することだって吝かではない。かれこれ六年以上の付き合いなのだ。情くらい湧く。
それは、紛れもない本心だった。彼女が聞けば、きっと困ったように笑んでみせて、ただ、静かに肯定するのだろう。ならば辞めろと続ける事ができないからこそ、直接言って聞かせたことはなかった。そしてそれは、これからもないだろう。
雑念を払うように頭を振った伏黒は、くしゃり、と乱雑にあなたの名字の頭を撫でて、先輩たちが待つグラウンドへ向かうのであった。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!