第13話

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2025/10/16 13:58 更新
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『手』だ。『手』がいる。

あなたが視界の端にちらつく人ならざる存在に気付いたのは授業中であった。
明らか祓い屋の領分であるその『手』たちは、同じく授業を受けていた八尋寧々に随分とご執心のようで、彼女の意識内に入り込もうと愉快に伸縮を繰り返している。よくいる低級霊の一種だった。
その『手』が一つや二つならばあなたも嗚呼手かと何の気なしに流せたのだが、前触れも無く現れた『手』はざっと数えても軽く三十は超える。明らかな異常事態だ。
其方を一瞥しては僅かに顔を青褪めさせている寧々も、所詮視える人・・・・なのだろう。生まれつきなのか、はたまた死期が迫っているのかは判別しかねるが、かもめ学園の七不思議が一柱【トイレの花子さん】と縁を結んでいるらしい彼女の前で祓えば厄介事が付き纏ってくるのは自明の理である。故に、あなたは自らの視界に屯する『手』をも放置することにしたのだ。

……だが、あなたの意思とは裏腹に『手』は加速度的に増幅していく。どうやら(名前)が視える・・・側の人間であると気付かれたようで、7時限目を終えた時点で視界の半分が『手』に侵食されていた。このまま放っておけば任務に支障をきたしかねない。そっと溜息を吐いてから、人気ひとけの無い校舎裏に移動しようと歩みを進める。



幾つかの告白現場を素通りしつつ、無事に旧校舎の裏手に着いたあなた。
人や他の怪異の気配が無いのを確認すると、『手』が密集している方面に左手を翳す。
するとあなたの手から白い炎が轟と上がる。周囲の空気を揺らす程のそれは、恐るべき霊力濃度を誇っていた。ゆっくりと、振り払うように左右に動かす。不安定な動作で形を崩した炎は角砂糖サイズの欠片を零し、はらはらと、神楽の如く舞い落ちて『手』の指先に触れる。刹那、体積を増幅させた炎の欠片だったものが『手』たちを包み込み、ひとつ残らず焼け焦がした。
悲鳴も、逃げ惑う隙も与えられず、無情にも消滅したソレらの残滓を一瞥すると、あなたはほんの僅かに眉を下げる。
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(なまえ)
あなた
荒々しい祓い方をしてしまってごめんね。
彼ら七不思議私の祓える存在を認知される訳にはいかないんだ
(なまえ)
あなた
……君達の輪廻の先が人間でないことを祈るよ
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淡く燃ゆる鱗粉が、とうとう温度を無くした。






















雨が降り、雨が止んだ。
あなたは一月ひとつきぶりに東京都立呪術高等専門学校を訪れていた。
四人目の同級生(入学順的には三人目だが)に会う為である。
泥濘の中を押し進むかのように、されど軽やかに校門へ続く階段を駆け上がる。待ちに待った女子の同級生だというのに、あなたの気分は低迷する一方だった。熱を出して臥せっている間に新しいプロジェクトを進められていた新社会人でももう少し快活であろう。


──虎杖悠仁が死んだ。
彼の訃報を告げられたのは先日、町の呪霊を祓除している時のことだった。
一年生三人に与えられた等級違いの任務。受胎から特級呪霊へ変態を遂げていたソレ、、から伏黒を逃がし、もう一人の同級生を連れて生得領域から脱出させる為、両面宿儺に身体の主導権を一時的に渡した虎杖。だが目論見に反して主導権は返上されず、挙句の果てには呪霊が取り込んでいたという四本目の指を捕食した宿儺が心臓を抉り取ったらしい。呪いの王を冠するに相応しいイカれっぷりだ。

「長生きしろよ」死ぬ間際に主導権を取り戻したという虎杖さんの遺言を伝える恵くんの声は、電話越しでも分かるほどに震えていた。宿儺が蘇った暁には彼の目の部分にハバネロを塗りたくろうと思う。

これが事態を軽視していた上層部の判断ミスであったならば、交流の浅かったあなたは善人たる虎杖の死を惜しみながらも、励ましの言葉をかけていただろう。呪術師という職業柄、明日を語っていた友が翌日には物言わぬ骸と化すのはそう珍しい事ではない。世界は残酷だ。善良な人間ほど早く死ぬ。虎杖も、その内のひとりであったのだと割り切らねば、この界隈では生き残れないのだ。
だが、あなたがその場で前向きな言葉を紡ぐことはなかった。
上層部が保身の為、虎杖を、そしてあわよくば五条悟の庇護の下にある一年生を殺せまいかと、作為的にそのような任務へ放り込んだのだと早々に悟ったからである。
コミュ強な彼のことだ、恵くんは勿論のこと、四人目の同級生とも早々に打ち解けていたに違いない。
そんないかにも傷心中ですといった二人の前に、新顔でーす!仲良くしてね!なんて軽々しく手を差し出してみろ。虎の鉤爪も斯くやと叩き払われるに決まっている。折角の同性の同級生なのだ、険悪な雰囲気になるなんざ真っ平御免である。


暫く階段を上っていると、近くに慣れ知った呪力と、見知らぬ呪力を感知する。ひとつは伏黒のものであることから、もうひとつの呪力が四人目の一年生のものなのだと察する。
正門まであと数歩のところで、あなたは腿裏から根の生えたように立ち止まった。
(なまえ)
あなた
(虎杖さんの事話してる…)

気まずい。非常に気まずい。
暑さの所為ではない汗が首筋を伝う。完全に出るタイミングをのがして仕舞った。
低級霊に目をつけられるは、上層部に悪戯(精一杯可愛く表現)されるは、虎杖は死ぬは、同級生に会おうとして最悪の場面に出会でくわすはで、今月は厄月なのだろうか?とあなたは遠い目で空を仰ぐ。憎たらしいまでに快晴だ。日輪がジリジリと頬を照りつけている。
はあ、と短く溜息をき、その場で蹲った。ふたりの話が一区切り着くまで暫しの休息だ。目を閉じれば眠りの魔の手が肩を掴む。振り払うことなどできない。学業と任務を両立させているあなたのスケジュールは中々に過酷なもので、任務に至っては休みなど夢のまた夢、あなたは現在、完徹三日目に突入していた。
(なまえ)
あなた
ふあぁ………んん…

故に、頼りない背凭れに体を預け、深い眠りの海に沈んでしまうのも、仕方のない事なのであった。





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