第3話

眠り姫を奪いに来ました
298
2021/07/21 07:39



細い道をみんなで歩いていた。

狭すぎだろと悪態つきながら、カメラに成人男性の後頭部がゆらゆら揺れるのを映す。
日常の様子を動画にしたくて、近所の小道を散歩しようという話になったのだ。

「この絵面白い〜?」

智貴が危惧する通りとても地味な画面が続いている。

「面白くない〜」

「あははっ」

金髪頭や襟足青の頭がある分、通常成人男性よりは面白味があるけれど
なんとも映えない。

場所のせいで歩きにくさはあるがやけにカメラがブレてしまう。
...昨日寝ていないせいか?
手に力が入りづらい。

「ごめん、誰かカメラ変わってもらえる?」

「俺やろか?」

テツヤが下がってきてカメラを受け取ってくれる。

無粋なことを聞くタイプじゃないテツヤは俺がカメラを代わって欲しい理由も聞くこともなかった。

「ありがてー」

ふらふらとカメラの前に躍り出ると小石に蹴つまずいてすっ転げた。

「ハハハハッ!!!!」

無様な転び方にテツヤが爆笑する。
やった取れ高取れ高...ハァ...

「いったあ!!!」

大袈裟に叫んで立ち上がろうと片膝を立てるも全身に力が入らない。
擦りむいた程度なのに。

「ようへいくん大丈夫ですか?」

遠生が手を差し伸べる。

「んや、平気よ」

後輩に心配されるのが恥ずかしくて自分で起きあがろうとするも、なんかダメだ。
もだもだしてるうちに先頭を歩いていた智貴が走ってくる。

「大丈夫じゃないでしょ?今日朝からフラフラしてたよね」

「そ、そう??」

それには理由があって、元凶がいてだな。
お前だよ智貴。
同棲してる智貴キッチンでいちゃいちゃ!なんて夢を見ちまったからもうこれ以上翻弄されたくなくて昼から今日の朝までぶっ通しでゲームをしてやったのだ。

おかげで夢は見てないがこのザマだ。


「おんぶしよっか?」

Twitterを早朝に少し荒らしたので智貴は俺の悪行に気付いているんだろう。
優しいことを言ってくれるが智貴にしては少し厳しい口調だ。
徹夜で仕事に支障をきたすなんておっさんがすることじゃないからな。

...それでも心のどこかで心配されてることを喜んでる女々しい俺。

「いや大丈夫、ごめん」

「はいはい!俺がおんぶします!♪」

いきなり、ぴょんと飛び跳ねる様に
俺と智貴の間に遠生は割って入った。

智貴に気を遣っての行動だろうか?
そんな深く考えてないか。

「いいですよね!ね!」

楽しそうな笑顔で言われると意外に推しに弱い俺は断れない。

「ハハ、重いぞ」

後ろ向きでこーいこーいをしてる遠生の背中に倒れ込む。

「いーえ♪か、軽い!?!軽過ぎます!羽生えてるみたい!」

重いとも言われたくないが、そこまで軽いか??

「お姫様みたいだねようへいくん」

「い、いや、いうて歩けるし俺」

「いーから乗っておいてください♪」


☆☆


「どしたん?!怪我??怪我??」

「なんでちょっと楽しそうなんですかぁ」

HAPに戻った後もみんなが俺を気にかけているので何事かとはじめくんが楽しそうに聞いてきた。
智貴が即座にツッコミを入れる。

はじめくんはこの後東京に行く予定だが短い暇をぬって様子を見にきてくれたらしい。

「誰が怪我??」

「いや、大した怪我じゃないんですけど俺がちょっとふらついてたんで」

引け目があって弱々しく手を挙げる。

「あー!ようへいくんダメですよ。昨日朝までゲームしてたでしょー!」

「はい、すみません...」

「俺が言えることじゃないですけどみんなが心配しますからね!」

「はぃい...」

しゃちょーからのありがたいお言葉に頷く。
...穴があったら入りたい。

「はい!!じゃあゲームしますよ!」

気まずくならない様に俺をスマブラに誘うはじめくん。ありがとうございます。
今後この様なことがない様に努めます。


...その為にも智貴の夢のことをなんとかしないと。


さっき遠生のあったかい背中でおぶられながらうたた寝をした。
その時に例の夢を見て、
智貴とキスをした...いや、夢の中だけれども

わかってはいるんだが寝不足も相まって顔が火照って仕方ない。
まともに智貴の顔が見れない。

...どうにかならんだろうか。



「...ボス」

「なんですか?」

ゲームをしながら俺は言い訳がてらはじめくんに相談してみることにした。
周りで普通にみんな見ているし智貴もいるんだが、例え話にすればバレないだろう。

「なんていうんでしょうか...平行宇宙の様な、実際にはあり得ない人間関係が持続した状態の夢って見たことあります??」

「んん????サイレントヒルってこと??」

「えっと、人間関係だけなんですよ違うのは。それ以外は大差なくて普通に日本で、
簡単に言うと...付き合えるはずない人と、付き合ってる夢...みたいな」

最初から簡単に言えよ俺。
どうにも恥ずかしくて小難しくしてしまった。

「つまりようへいさんが恋煩いしてるってこと???」

「い、いや違うくて」

違わないんだけどストレートに言われると戸惑う。

「例えば芸能人と付き合ってる設定で、毎日違うシチュエーションの夢を何種類も連続して見てしまう...みたいな」

「え!!最高じゃない??例えば俺とこじはるが結婚してるの前提で、一日目の夜はベットでいちゃいちゃしてる夢みて、二日目は一緒に海行っていちゃいちゃしてる夢みて、三日目は子供が出来た夢みて、みたいな感じ???」

「そ、そんな感じです」

「最高じゃない??それは見たことないですね俺は、
ようへいさんついに夢の中で結婚したんですか?」

はじめくんに聞かれ、
俺は図星で盛大にコーラを吹いてしまった。

はじめさんも周りで話を聞いていた皆も大爆笑する。


「あ〜カメラ回しとけばよかった〜」

たなっちが悔しそうに言う。

智貴も普通に爆笑していて恨めしい目を向けてしまう。
追い討ちをかける様にテレビ画面からは
ゲームセット!の声。
俺が慌ててるうちにはじめさんがトドメの一発をいれていた。
また皆爆笑するし俺も笑う。

「ま、まぁね...夢の中で結婚ってか同棲みたいな感じになってて」

「本当に?!?本当に?!ガチじゃん、ガチのやばいやつじゃないですか!!」

はじめさんは心底楽しそうに俺の精神状態を笑い。

「こわいい〜」

またぞうが震え出す。

こいつら...

「かわいいですか??その同棲相手」

はじめさんが興味津々で前のめりになっている。
...議題がかなり俺が聞きたかったことから離れてしまっている。

夢の相手がかわいい女の子なら俺はこんなに悩んでないのだ。

俺は智貴の顔を一瞬盗み見る。


「...いや、全然かわいくないです」

「えー!?!!」

はじめさんがそんな驚かんでもいいだろという程驚く。

「ようへいくんかわいくない女の子と結婚してる夢を毎晩みてるの??」

たなっちはお腹を抱えている。

「ようへいくん!もしかしてそれで寝たくなくて朝までゲームを?!?!」

...はじめくんの結論はあながち間違ってない。

「ま、まぁ、そういうことですかね?」

「アハハハハッ!!!!」

はじめくんはよだれを垂らしながら大爆笑。
智貴がティッシュを何枚も渡している。

口元を吹くと、社長は突然キリッとした目つきになる。

「いや、でも、寝不足になるぐらい悩んでるんなら病院行ったほうがいいかもしれないですしいつでも相談してくださいね出れる時は電話出るんで!」

いきなり真面目モードに切り替わるはじめさん。...この人やっぱりすごいな。

「じゃ!東京行ってきます!!」

「「いってらっしゃーい」」

みんなで和やかな空気で見送る。

...脱線したけど俺の状況を少しでも話せて安心した。
かわいくない女の子(失礼極まりない)と同棲している夢を見たくなくて寝れないとか訳のわからん設定になってしまったが、
智貴とのラブロマンスな夢を見てるとバレるよりはマシか。


「ようへいくん♪」

「あ、遠生。さっきはありがとうな運んでくれて」

「いえいえ♪...ねぇ、ようへいくん。耳貸してもらえますか?」

「ん?」

なんだ??
不思議に思いつつも耳を向ける。


遠生は妖しく囁いた。




「俺ようへいさんの夢のお相手、知ってますよ♪」



☆☆☆
ti目線



今日はフラベジの全員お休みの日。

もちろんはじめさん以外、ですけども。

朝起きて真っ先にインスタを開く。
ようへいくんが昨日撮影した俺の動画をアップしている。
クスッと笑ってハートマークを押す。

ようへいくんは今日はどう過ごすんだろうか。せっかくのおやすみだけどきっとゲーム三昧なんだろうなぁ。
...昨日もずっとゲーム用のアカウントが稼働しててきっと寝てないから今頃寝てるのかな?

俺は静岡に来てくれた友達と撮影したり遊ぶ予定があるので準備を進める。

ようへいくんのインスタもTwitterも通知オンにしてあってようへいさんの情報は逐一入ってくる。
ようへいさんが別名義でやってるTwitterや公開してないゲーム用アカウントも全部僕は知ってるんですよ?
俺の前で何の疑いもなくページを開いてるのでバレバレです。
もし暇だとか書いていたら晩ご飯誘おうっと♪


☆☆

「遠生、ずっと鳴ってるけど大丈夫?」

「うん?全然大丈夫♪」

鳴り止まない通知音に友達が驚く。

ゲームで負けたとか勝ったとかどう工夫していくかとかそんなことばかりかかれたようへいくん裏アカウントが動き続けている。
昼ご飯を食べた後ぐらいから止まらなくなった。
相当白熱しているらしい。頑張り屋さんですね♪

写真撮影を終えて、カフェでだべって駅まで友達を送り家に帰る。


夕方になっても、夜になって、真夜中になって...
そして次の日の朝になってもようへいくんの通知は止まりませんでした。



ようへいくんとずっと一緒にいるみたいで通知が続くのは嬉しいんだけど流石に心配になる。

そして案の定、出勤してもフラフラのようへいくん。
本垢でも昼から朝まで定期的に呟いてるからファンのみんなからも「寝てないんじゃない?」と心配の声が沢山届いている。


......ようへいくんはもう少し自分を大切にするべきですね。



「いったあ!!!」

カメラをしていたようへいくんは、突然テツヤにカメラを変わってもらったかと思うと派手に転んでしまった。

「ようへいくん大丈夫ですか?」

「んや、平気よ」

俺が手を差し伸べるけど、ようへいくんは手を取ろうとしてくれない。
先輩のプライドなのかたまに俺の好意を無視することがあって少し凹みます。
こんなに好きなのに。


痛々しく擦りむいた膝に一生懸命力を入れて立とうとしてるけれど、今度は後ろに倒れてしまうんじゃないかと思うほどぐらついている。
前を歩いていたトマトクンがこっちの様子に急いで駆けつける。


「大丈夫じゃないでしょ?今日朝からフラフラしてたよね」

......トマトクンは俺の片想いの相手のようへいくんの思い人。
憶測なんだけど多分そうだと思う。

「そ、そう??」

動揺しながらも嬉しそうなようへいくん。

瞳が一瞬キラッと光った気がした。
...乙女ですねー♪

でもトマトクンには負けません。

「おんぶしよっか?」

さらりとイケメン発言をするトマトクン。

「いや大丈夫、ごめん」

弱々しくようへいくんが返事をしたところに俺は割って入る。

「はいはい!俺がおんぶします!♪いいですよね!ね!」

圧力をかけるとようへいくんは諦めたように
笑った。

「ハハ、重いぞ」

どう見ても軽そうな身体で謙遜をする。
俺はようへいくんに背中を向けて、乗っかってもらう。

「いーえ♪か、軽い!?!軽過ぎます!羽生えてるみたい!」

...びっくりした。
軽くて、いい香りがする。
初恋みたいな甘い香り。

「お姫様みたいだねようへいくん」

「い、いや、いうて歩けるし俺」

いじってるつもりはなくて、華奢なようへいさんがお姫様みたいでかわいいと思った。
王子様のポジションは誰にも渡しません。

「いーから乗っておいてください♪」

「...ありがと」

ようへいくんが俺の背中にほっぺたをくっつける。
体勢的にそうしないときついのはわかるけど背中越しの感触に興奮してしまう。

「ん...っ...すー」

「あれ、ようへい先生??寝ちゃった??」

なるべく揺らさないように歩く。
全く寝てないみたいだったから仕方ないね。

「と...」

「と?」

ようへいくんは高い声で呟く。

嫌な予感がした。
ようへいくん、やめて。
これ以上僕を嫉妬させないで。
醜い僕を暴き出さないで。

「....ともたか...好き...」

雄を誘う雌の甘ったるい声でようへいくんは囁いた。
俺の背中で。

他のみんなは会話に夢中で聞こえていなかったと思うけれど、僕にだけはっきり聞こえてしまった。



......ねぇ、ようへいくん。

ただの明るい後輩でいるのは、そろそろ限界みたいです。

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