前の話
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💚さんお誕生日おめでとうございます❕
少し長いですが良ければ呼んでもらえると嬉しいです🎂
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影山拓也は、悩んでいた。
10月の空が少しずつ高くなって、風に冷たさが混じり始めたころ。
カレンダーを何気なく見たとき、ふと目に留まった“17”の数字に心が動いた。
そう――その日は、基の誕生日。
毎年のようにやってくる行事のひとつ。
でも今年は、なぜかいつもと違う。
いつもなら「何欲しい?」と軽く聞いて、
言われたものを買って、笑いながら渡して。
それで満足していたはずなのに。
今年は、いつもと同じやり方じゃ、何故か足りない気がした。
それを思うと、胸の奥がじんわり熱くなる。
自分でも理由がわからないまま、
影山は何度もスマホを開いては
“誕生日プレゼント 男 友達”なんて検索していた。
けれど、どれもしっくりこない。
ただ、漠然とした思いだけが胸に残る。
【喜ばせたい】その一言に尽きた。
何故そんな気持ちになるのか。
影山自身も、まだその気持ちの名前に気づいていなかった。
*
今日はグループの仕事で、朝から夜までメンバーと一緒だ。
撮影やインタビューの合間、久しぶりに全員が揃ってわちゃわちゃしている楽屋は、いつものように笑い声であふれていた。
影山はその喧騒の中で、密かに心に決めていた。
――今日こそ、基が欲しいものをそれとなく聞き出そう。
誕生日まであと少し。サプライズっぽくしたいから、本人に「何が欲しい?」なんて直球で聞くわけにはいかない。
だから、あくまでも自然に、さりげなく。会話の流れの中でぽろっと出てくれたら、くらいの感覚で。
ソファに座る基の隣へ、影山はさりげなく腰を下ろした。
「はらへった〜」
と、何気ない声で。
自然に隣をキープできたことに、内心少しだけ安堵する。
「拓、いつもそれしか言わないじゃん」
笑いながら振り向いた基の顔は、柔らかい照明の中でふっと光を帯びたように見えた。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥がわずかにざわつく。
――なんだ、この感じ。
「いやー、食欲の秋っていうじゃん!」
と、誤魔化すように声を張ると、基は肩をすくめて笑った。
「まぁ、たしかに。俺もお腹すいた」
その穏やかな返事にほっとしながらも、影山はすぐ次の話題を探す。
チャンスは逃したくない。
「もう秋か〜。そろそろ衣替えしないとな」
――秋服とか、アクセとか。欲しいもん、ないかな。
少しでもヒントを引き出せたらラッキー。そんな気持ちで、影山は隣の基の横顔をちらりと盗み見た。
「やっと秋服着れるわ」
ソファにもたれながら、スマホをスクロールする基。
画面に映る服やアクセを見てるのか、少し口角が上がっている。
影山はその横顔を横目で見ながら、タイミングを計った。
今なら、自然に聞けるかもしれない。
「……なんか狙ってるのとかあんの?」
さりげなくを装いながらも、声のトーンはわずかに上ずる。
「んー、今のとこはないかな」
期待していた言葉はあっけなく流されて、思わず心の中で肩を落とす。
「じゃあ、家電とかは?」
焦って別の方向から切り込むも、
「なに? 家電? 笑」
基が顔を上げて笑う。
「あ、いや!別に家電じゃなくてもいいけどさ!なんか……」
言葉を探しているうちに、額にじんわりと汗が滲む。
そんな影山の様子を見て、基はふふ、と喉の奥で笑った。
口に手を当てて、肩を震わせながらこらえるように。
「……拓、下手すぎ」
「え、な、なにが?」
予想外の言葉に、思わず声が裏返る。
「誕プレ。くれんの?」
その瞬間、影山の思考が一瞬止まった。
どうやら、完璧にバレていたらしい。
「……バレたか」
落胆したように肩を落とす影山を見て、基はまた笑った。
「ほんとそういうの下手だよね」
口調は軽いのに、どこか嬉しそうで。
「バレたならしょうがない!なんか欲しいもんある?」
観念したように笑ってみせる影山。
どうせ誤魔化せないなら、もう正面から聞くしかない。
基は少しだけ考えるように視線を落とし、
「……拓から貰えるなら、なんでも嬉しいよ」
と、どこか含みをもたせた言い方でそう呟いた。
そのまま軽く伸びをして、
「じゃ、ちょっと行ってくる」
と言い残し、ゆっくりと部屋を出ていく。
扉が閉まる音がして、静かな空気が残った。
影山は何も言えず、その背中を目で追いながら、
頭の中でさっきの言葉を何度も反芻する。
(……なんでも嬉しい、って)
(なんだよ、あの顔)
胸の奥がざわざわと波立つ。
それは戸惑いとも、焦りとも違う、
名前のない感情だった。
その後の撮影中も、影山の頭の中はさっきの基の言葉でいっぱいだった。
『拓から貰えるなら、なんでも嬉しいよ』
その言葉と、あの時の少し照れたような笑顔。
気づけば同じ場面を何度も思い出してしまい、カメラの前でも集中が切れる。
「かげ、どうしたの?」
こっそり隣から声をかけてきたのは椿だった。
笑顔を作ろうとしても、どこか上の空な影山を見て、心配そうに眉を寄せる。
「……なんでもない」
とごまかしたけれど、胸の中はどうにも落ち着かない。
その日の仕事が終わる頃には、
“誰かに聞いてほしい”という気持ちが抑えきれなくなっていた。
*
夜。
結局、影山は椿を誘って焼肉屋に来ていた。
「で?相談したいことって何?」
網の上でジュウ、と肉の焼ける音が響く。
椿がトングを持ったまま、視線を向けてくる。
「基もうすぐ誕生日じゃん?何あげるか迷っててさ」
真剣な顔で言う影山に、椿は一瞬ぽかんとしたあと吹き出した。
「え?そんなこと!? 何年一緒にいると思ってんの!」
もっと深刻な話かと思っていたらしく、あきれたように笑う。
「いや、そうなんだけど……なんかさ、上手く言えないけど、今までとは違うっていうか……」
言いながら自分でも戸惑う。
何が“違う”のか、はっきりわからない。
少し黙ったあと、椿が箸を置いて、真面目な顔で尋ねた。
「……かげはさ、もってぃーのこと、どう思ってるの?」
「……え?」
思考が止まる。
どう、って──何だろう。
メンバー。
友達。
仲間。
いくつも言葉が浮かんでは消えていくけれど、
どれもしっくりこなかった。
(基ってそれだけじゃない気がするんだよな)
無意識にそんな言葉が心の奥でこぼれた。
「最近なんか、基と話してると……なんかザワつくっていうか」
焼肉の煙がふわりと上がる。影山は箸を止め、俯きながら言葉を探した。
「別に嫌な感じじゃねぇんだけど、なんか落ち着かねぇっていうか……」
そう言って小さく笑う。自分でも説明が下手だとわかってる。
椿はそんな影山を見ながら、目を細めて優しく笑った。
「それってさ、どういうことか……もう、かげなら分かってるんじゃない?」
一瞬、時が止まったように感じた。
言葉の意味を考えようとするたびに、胸の奥がざわざわと音を立てる。
それ以上、椿は何も言わなかった。
ただいつもの調子で「肉、焦げるよ」とトングを返す。
それがかえって、影山の心を揺らした。
その夜。
布団に入っても、椿の言葉が何度も頭の中で反芻された。
(……分かってるって、何が?)
けれど、浮かぶのは基の顔ばかりだった。
*
翌日。
幸いにも仕事は休み。影山は朝から一人で外へ出た。
澄んだ秋の空気を吸い込むと、少しだけ気分が軽くなる。
「……とりあえず、プレゼント探すか」
駅前のショッピングモール。
店のガラスに映る自分の顔は、どこかぼんやりして見えた。
胸のざわつきの理由を抱えたまま、影山は足を進めた。
歩いていると、ふと視界の端にきらめくガラスが映った。
アクセサリーショップのショーウィンドウ。
ライトに照らされた小さなジュエリーたちが、昼の光を受けて静かに輝いている。
なんとなく足が止まり、そのまま店内へと吸い寄せられるように入った。
「アクセサリーか……」
呟きながら店内を見回す。
基はいつもオシャレで、普段でも小物づかいが上手い。
アクセサリーなら、喜んでくれるかもしれない。
ぼんやりとショーケースを眺めていると、店員が柔らかい声で話しかけてきた。
「なにかお探しですか?」
「あ、プレゼント探してて」
そう答えると、店員は微笑んでいくつかのアイテムを取り出してくれた。
ブレスレット、ピアス、リング。
どれも綺麗だったけれど、その中にひとつだけ目を奪われた。
――ネックレス。
細い金のチェーンに、小さく赤い石が埋め込まれている。
シンプルだけど、妙に印象に残る。
それに、基は赤が好きだ。
(赤……俺の色じゃん)
(……いや、だからなんだって話だろ)
自分の中に芽生えた感情を打ち消すように、影山は軽く首を振った。
「これ、下さい」
気づけば、そう口にしていた。
小さな箱にリボンをかけながら、店員がふと尋ねる。
「ネックレスのプレゼントの意味、知ってますか?」
「え? 意味とかあるんですか?」
思わず聞き返すと、店員は微笑んで首を振った。
「良ければ、あとで調べてみてください」
柔らかい声を残して、包装された箱を手渡す。
影山は小さな箱を受け取りながら、その言葉の意味を知らないまま店を後にした。
*
帰宅したのは夕方だった。
買い物袋をソファに置き、ようやく一息つく。
テーブルの上に小さな箱を置いて、影山はその包装を眺めた。
(……ネックレスの意味、か)
店員の言葉が頭の片隅でずっと引っかかっていた。
何気なくスマホを手に取り、検索欄に指を走らせる。
──「ネックレス プレゼント 意味」
すぐにいくつかのサイトが出てきて、その中の一文が目に止まった。
“ネックレスのプレゼントには『あなたとずっと一緒にいたい』『私だけを見てほしい』という意味がある”
一瞬、息が詰まる。
「……は?」
思わず声に出してしまった。
スマホの画面を見つめたまま、固まる。
(いやいや、俺、そんなつもりじゃ……)
心臓がドクドクとうるさく響く。
気づけば、指先が少し震えていた。
頭の中に浮かぶのは、ネックレスの赤い石。
そして、それを身につけた基の姿。
自分でもわからない。
けれど、否定しようとすればするほど、
胸の奥が熱くなっていくのを感じた。
「……なんだよ、これ」
小さくつぶやき、ソファに背を預ける。
天井を見上げても、鼓動の速さは止まらなかった。
*
ついに誕生日当日。
なぜか朝から胸の奥がざわついていた。
プレゼントを渡すだけなのに。
この日も朝からグループの仕事で、全員が同じ現場に集まっていた。
影山が楽屋に入ると、すでに中は賑やかな空気で満ちている。
「もってぃー、おめでとう!」
「俊、これ!新と俺から!」
メンバーが次々に声をかけ、笑顔でプレゼントを手渡していた。
その輪の中心で、基が嬉しそうに笑っている。
「ありがと!いやーいい日だな今日!」
無邪気なその笑顔に、影山の胸の奥がまた少し跳ねる。
遅れて入った影山は、少し照れくさそうに言葉を放つ。
「基!誕生日おめでとう!」
「ありがと!」
何気ないそのやり取りなのに、どこかぎこちなさが残る。
手にした紙袋の存在が、急にやけに重く感じられた。
渡すタイミングを見計らっても、輪の中に入る隙がない。
みんなが笑って、基が笑って。
その笑顔に見とれているうちに、またタイミングを逃してしまう。
そんな時、椿がふいに口を開いた。
「かげは?なんかプレゼント持ってきた?」
一瞬、空気が止まる。
自分に視線が集まった瞬間、影山の脳が真っ白になった。
「ま、まぁ!!まだ早いって!」
意味のわからない言葉を勢いで口にしてしまい、周囲から笑いが起こる。
「なにそれ!」と新が笑い、椿も苦笑いで肩をすくめる。
笑いの中、影山はなんとか息を整え、隣の基へ小声で囁いた。
「……今日、夜どっか食べに行かね?せっかくだし。」
基は驚いたように目を丸くしたあと、ふっと笑って言う。
「えー?おごりならいいよ」
その言葉に、影山の頬が自然と緩んだ。
*
仕事が終わる頃には、外はすっかりオレンジ色に染まっていた。
「おつかれー!」
「またあした!」
メンバーそれぞれがスタッフに挨拶をして帰り支度を始める。
そんな中、影山は楽屋の奥でバッグを整理している基をちらちらと気にしていた。
(言ったからには、ちゃんと誘わないとな…)
そう思いながらも、なかなか声が出てこない。
自分でも笑えてしまうほど、鼓動が早かった。
そんな影山の様子に気づいたのか、椿がニヤニヤしながら近づいてくる。
「で?ちゃんと誘えた?」
「……今から行くとこだよ」
「はいはい、がんばってリーダー!」
背中を軽く叩かれ、背中越しに「うるさい」とぼやきながらも、影山は意を決して歩き出した。
そう思いながら、深呼吸をして近づく。
「おつかれ、基」
「おつかれ!今日は早く終わったね」
「うん。……飯、行こっか」
「あー、言ってたね。どこ行く?」
自然体の笑顔を向けてくれるその瞬間、なぜだか少し息が詰まる。
「ちょうど行きたいとこあって、予約しといた」
「え、まじ?珍しいね」
そう言って軽く笑う基に、思わず照れ隠しで頭をかく。
店は、駅から少し離れた路地裏の小さな居酒屋だった。
外観は控えめだが、木の温もりが感じられる扉を開けると、柔らかな灯りと静かな音楽が迎えてくれる。
「おーいい感じ」
「だろ?この前スタッフさんに教えてもらって」
靴を脱いで上がり、案内されたのは掘りごたつ式の個室。
和紙のランプがぼんやり照らす中、ふたりだけの空間に一瞬、沈黙が落ちる。
「なんか……静かすぎない?」
「いや、なんかたまにはって思って。」
メニューを開きながら、基がふふ、と笑った。
それだけで、なぜか影山の心臓がひとつ跳ねる。
「じゃ、とりあえず乾杯しよっか」
「おう。誕生日おめでとう」
グラスを軽く合わせた音が、個室の中に小さく響いた。
その音が、いつもよりやけに近く感じた。
湯気の立つ鍋と、炭火の香ばしい焼き鳥。
店員が一通り料理を置いて去ると、個室の中はふたりだけの世界になった。
「うまそ〜!これ絶対当たりじゃん」
基が嬉しそうに箸を割る。
その無邪気な笑顔を見て、影山は思わず頬が緩んだ。
「拓、なに笑ってんの」
「いや、楽しそうだなって思って」
「え、だって誕生日だよ?楽しくないわけないでしょ」
そう言って基は鍋の具材をしゃぶしゃぶしながら、満足そうに頷く。
(……ほんと、こういうとこ好きなんだよな)
気づけば、そんな言葉が心の中で浮かんでいた。
すぐに頭を振って、ビールを一口。誤魔化すように喉を鳴らす。
「拓ってさ、なんか、最近優しいよね」
ふと、基がそんなことを言った。
「え?そうか?」
「うん。なんか、気のせいかもしれないけど」
冗談っぽく笑いながらも、影山の目を見た基の瞳が妙にまっすぐで、視線を逸らせなかった。
時間が経つにつれ、ふたりの距離は自然と近くなっていた。
話題は仕事のこと、メンバーのこと、他愛ないことばかり。
でもそのどれもが、心地よい。
グラスが空になった頃、影山はバッグの中をそっと確認した。
小さな箱。
(……今渡したら、変かな)
誕生日のプレゼントを渡す。それだけのことなのに、どうしてこんなに緊張するんだろう。
そんな自分に苦笑しながら、意を決して口を開く。
「なあ、基」
「ん?」
「その……誕生日プレゼント、今渡していい?」
「え、今?」
「うん。渡したい時に渡した方がいい気がして」
そう言いながら、影山はバッグから小さな箱を取り出した。
「……なにこれ」
「開けてみ?」
基はゆっくりとリボンを解いて、蓋を開けた。
中に入っていたのは、金のチェーンに赤の差し色が入ったネックレス。
「……これ」
基の声が少し震えた。
影山は、そんな基の反応を見てどこか落ち着かないように頭を掻く。
「なんかさ、基っぽいなって思って。」
基はしばらく箱を見つめたあと、小さく笑って呟いた。
「……ありがと。めっちゃ嬉しい」
そう言いながら、指先でネックレスの赤をそっとなぞる。
その“赤”に、基の頬も少し色づいて見えた。
店を出ると、夜の空気が肌を撫でた。
居酒屋の灯りが背中で遠ざかっていく。
街の喧騒も少し落ち着いて、どこか静かで穏やかな時間。
「うわ、けっこう冷えてきたな」
「だね、もう10月だもん」
吐く息が白く見えるほどではないけれど、空気が確かに秋の夜を告げていた。
ビルの合間を並んで歩くふたり。
さっきまで笑い声で満ちていた個室の余韻が、どこかくすぐったく胸の中に残っている。
そんな中、ふいに基が口を開いた。
「ねぇ、なんでネックレスにしたの?」
歩調を合わせていた足が、わずかに止まる。
(……え?)
心臓が一瞬だけ跳ねる。
まさか、意味を知っているわけじゃ──。
「いや、別に深い意味はねーよ!?」
思わず声が上ずった。
自分でも不自然だと分かっている。けれど、言い訳のように笑うしかなかった。
基は何も言わず、夜風に揺れる前髪を指で整えながら数歩前を歩く。
街灯が作る影が、ふたりの間に少し距離を落とす。
「……ふーん、残念」
その言葉に、影山の胸がまたざわついた。
軽い冗談みたいに聞こえるのに、どこか本気の響きが混ざっている。
「残念って、どういう意味?」
口から出た声が、思っていたよりも真面目で、自分でも驚く。
鼓動が速くなる。
足音が妙にうるさく感じるほどに。
基は振り返る。
街灯の光を背に受けて、その瞳だけがはっきりと輝いて見えた。
「……ほんとにわかんない?」
声のトーンが少し低く、でも優しくて。
冗談じゃないことを、ちゃんと伝えようとしているのが分かる。
影山はゆっくりと、基との距離を詰める。
街灯の光がふたりの影を重ねていく。
あと一歩で触れそうな距離で、影山は喉を鳴らして言った。
「……俺、なんか変なこと考えてる」
「変なこと?」
上目遣いで見上げてくる基の瞳に、また心臓が跳ねる。
影山は視線を逸らせず、けど言葉も出せない。
何かを言えば、もう戻れなくなりそうだった。
そんな影山の様子を見て、基が小さく息を吐いた。
「俺、めっちゃ欲しいものあってさ」
「……欲しいもの?」
「拓からしか、貰えないもの」
そう言って、基は一歩踏み出し、影山の胸のあたりを——心臓の真上を、つん、と指で突いた。
鼓動が跳ねる。
一瞬の沈黙。
ふたりの間に、夜の空気が甘く絡む。
「俺からしか、貰えない」
その言葉を、まるでオウムのように繰り返す。
頭の中が一瞬で真っ白になる。
意味を理解しようとしても、追いつかない。
胸の鼓動だけがうるさく響いて、世界の音をかき消していた。
「はあ。ここまで言ってんのに」
基が呆れたようにため息をついて、くるりと背を向ける。
影山は数秒遅れて現実に引き戻された。
「え、ちょ、ま、待って基!」
慌てて歩き出した基の腕を掴む。
「俺、なんか、勘違いするって……」
掴んだ手に力がこもる。
自分の手が震えているのが分かった。
振り返った基は、不貞腐れたような顔で影山を見上げた。
「……すればいーじゃん」
その言葉に、思考が吹っ飛ぶ。
頭で考えるより先に、口が勝手に動いた。
「——好きだ」
空気が一瞬、止まった。
街のざわめきも、風の音も、何も聞こえない。
ただ、互いの呼吸だけがそこにあった。
(あれ? 俺、今……なんて言った?)
我に返った影山は、掴んでいた手を慌てて放す。
「ち、違っ、今のは——いや違くはないけど!」
わたわたと弁解しようとするが、言葉が全然まとまらない。
その瞬間。
基が勢いよく影山に飛びついた。
「うわっ——!」
驚く間もなく、胸の中に小さな温もりがぶつかる。
顔を上げた基は、少し涙がにじむほど嬉しそうに笑っていた
「ばか! おせーよ!!」
勢いよく抱きついた基の声が、影山の胸の奥まで響いた。
驚きと同時に、張り詰めていた何かが一気にほどけていく。
「も、基!」
あたふたする影山の胸の中で、基は小さく笑った。
「……俺も、好きだよ。」
その一言に、影山は息を飲む。
胸がいっぱいで、上手く言葉にならない。
それでもどうにか、かすれた声で
「俺の方がプレゼント貰ってんじゃん……」
と笑ってみせた。
基は少し顔を上げ、首元のネックレスにそっと触れる。
「ねぇ、ネックレスの意味……ちゃんと知ってたよ。」
「……え?」
影山が目を瞬かせると、基はにやっと笑う。
「“特別な人に贈るもの”なんでしょ? ……そういうの、ちゃんと伝わってたよ。」
途端に顔が熱くなる影山。
「…!じゃあ最初から分かってて……」
「うん。ちょっとは期待してた」
満足そうに笑う基に、影山は何も言い返せなかった。
また照れくさそうに視線を逸らして、
「……やっぱり、俺の方が貰ってんじゃん。」
ともう一度呟いた。
街の明かりが静かに二人を包み込む。
ネックレスの赤が、まるで二人の間の秘密みたいにきらりと光った。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。