第2話

こまかせ(小町×華扇)窓の向こうのあなた
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2024/02/02 08:49
「っと。」
そう言って現れたのは、死神。
いきなり現れた死神に驚いたのか、仙人の肩に乗っていた雷獣が飛び降りて逃げてしまった。

その雷獣の姿を見て、仙人は死神を見た。
「あら、誰かと思ったら死神じゃない。雷獣って死神にあんなに驚くものだったかしら。そこまで驚く必要ないのに。」

そう言う。
その言葉に、死神は苦々しく笑った。
と、そのとき、死神は気づいた。

仙人の手に、肉まんがあることに。今は戌の刻。いくら人外とはいえ、晩飯を食べていない死神に、それはとても美味しそうに見えた。

そんな事も仙人はつゆ知らず。
「仕事終わり?」
「ああ。今日の分の死人は全員川を渡らせ終わったよ。」

そんな他愛のない会話をしているうちにも、死神の視線は肉まんへと注がれている。
あまりにもじっと見過ぎたのか、仙人も死神がお腹を空かせており、肉まんを食べたいということに気づいた。

「肉まん食べる?」
もう死神はその事しか考えられなくなって、こくんこくんと何回も何回も頷いた。

「はいはい、分かったわよ。

ところで、、窓の外で食べるつもりなの?」

そこで死神はハッとした。今までずっと窓際で会話をしていたから、気が付かなかった。
反応がない死神に仙人はこう言った。
「じゃあ、縁側で食べることにしましょう。」

丁度、縁側からは黄色い三日月が見えた。
三日月だが、何かを食べると言う点では月見のようだ。
縁側に2人は並んで座り、その間に肉まんの皿を置く。

「食べて良い?」
そう座った途端、真っ先に言った。
「勿論。」

「いただきます。」

とても食べたかった筈なのに、こうなるとかえって緊張してしまう。
「食べて良いのよ?」

此方を覗かれると、少し胸がドキドキする。此れが何なのか、自分にも分からない。

死神は、手を震えさせながら、肉まんを手に取り、頬張った。
もぐ、もぐもぐ。
喉を過ぎる。
ごっくん。

食べ終わったのを見ると、仙人はにっこり笑った。

ただ肉まんを食べるだけの時間が、とんでもなく長く感じられる。いったい何なのだろう。

「美味しい?」
またこくりと死神は頷く。
「良かった。」
そう言って仙人は微笑む。
死神の胸の高鳴りが止まらない。この気持ちが何なのか、分かった気がした。今までのことも、ストンと腑に落ちた。

三日月を見ながら、死神は言った。



「月が綺麗だね」
と。

また、仙人は死神の顔を覗き込む。そして聞く。


「それ、本気で言ってるの?」

「何が?」
こうとしか返せない。わざわざ正直に本当のことを言うほど、小野塚小町はバカではない。

「そう。」
そしたら仙人も何も返せなくなった。


「じゃあ、あたいは帰るね。」
ふよふよと浮きながら、背を向けて進む。

「サボりじゃなければ、また来て良いわ。」
その仙人の言葉に驚いたのか、死神はくるりと振り向いた。

「うん。」
その笑みは、満面の笑みだった。

仙人は頬を赤く染めて、家へ戻って行った。雷獣が気付きそうなほどに、耳まで紅い。

月が綺麗だと思うたびにあんなこと言うんじゃ、とても月見には向いてない。全く。

意味を分かって言っているに決まっているだろう。分かってくれないなぁ。



そんな事を二人——仙人と死神だが——が思っているのを知っているのは、三日月だけである。












窓の向こうのあなた end




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