ぐわんぐわんと揺らぐ視界。
終電間際の電車の中に乗っているのは私と、恐らく同類…つまり社畜であろう男性1名、それとこれからお家に帰ってイチャコラするであろう男女2名の計4名。
すぐに閉じてしまいそうな瞼を懸命に擦りながら、退勤したにも関わらず仕事の事で頭を回す。
心地よい電車の揺れに身を任せ眠りにつこうとした瞬間、耳をつんざくブレーキ音が私の眠りを強制的に終了させた。
ふらふらとした足取りで電車を降り、改札を通り、当たり前に人通りが少ない夜道を歩く。
この社畜生活も早10年。
いつか辞めようと思っていたブラック会社に勤めている内にアラサーになっていた。
最早救いようがない。
そんな自虐に半笑いを浮かべながら帰路をひたすらに進む。
あと少しで自宅に着く。ちょっとした解放感を憶えた瞬間、激しい目眩に思わず足元がふらついた。
近くの電柱に寄りかかった瞬間、急激に襲ってきた睡魔に抗えず…
私は意識を失った。
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誰かに頬を撫でられながら呼びかけられている内に、ようやく意識がハッキリとしてきた。
しばらくはぼんやりとしていた視界だったが、時間が経つにつれ少しづつ鮮明になっていく。
どうやら今私は仰向けになっているらしく、目の前には不思議な模様の入った服を着て青みがかった瞳を心配の色に染めている少女が居た。
…少女と言っても彼女はとても大人びていて、なんだか意志の強さを体現した様な子だった。
そんな事を考えていた次の瞬間。
猛烈な寒さに身体が震え始めた。
なんだこの寒さは。
ガチガチと歯が鳴るほどに寒い。
そういえば…辺りが白すぎる。
私の住む東京とは縁のないこの白くて冷たくて、ふわふわした、
これは…
いやいやいや、そんなはずない!!
今何月だと思ってんの。
8月だよ?!
8月?!8月に雪?!
年甲斐も無く若者言葉をぽつりと呟く。
今時こんなにも手の込んだドッキリを仕掛ける暇人もいるもんなんだな、と余り働かない頭で考える。
目の前の景色や自分の事に気を取られている内に目の前に居る少女の存在を完全に無視していた。
心配する様な声色で私にそう問いかけた少女は、綺麗な黒髪ロングで青みがかった瞳、不思議な模様の入った服に暖かそうな毛皮をマフラーの様に巻いた風貌だった。
寒さで頭がやられたのか、小学生でも出せる薄っぺらいセリフを口にしていた。
矢継ぎ早に質問を投げかけたにも関わらず、少女は冷静に私の質問に応える素振りを見せてくれる。
そして今8月だよね、という私の質問に眉根を寄せて首を傾げると…
恐るべし、今の日本。
最早アラサーの私の考えなんて古代の物なのかもしれない。
震える腕を自ら抱きしめながらそんな事を考えていると、不意に少女が振り返った。
あしりぱ?
随分とキラキラネーム…
あ、いや違うか。外人さんの血が入ってるのかもしれない。
そしたらあの綺麗な目の説明もつくし。
1人頷きながら納得し、こちらも口を開いた。
なんだか話が噛み合わない。
流石の私でも一般的な教養はあるから、和人という言葉は勿論分かる。
だが何故この時代にそんな言葉を。
訳が分からないままアシリパちゃんに着いて行く内に少し開けた場所にたどり着いた。
幼い少女に駄々をこねる様にそう言うがあくまでも彼女は冷静で、近くにあった木の枝を集めながら小さなテント(仮)を作り始めていた。
なんだか自分が恥ずかしくなって、口を噤むと枝を集めるのを手伝い始めた。
…だが寒いのは変わらない。
震える肩を擦りながら指に息を吐きかけていると。
アシリパちゃんが毛皮のマントを私に差し出していた。
なんとまぁイケメンなセリフ。
この歳になって、しかも遥かに年下の素性も何もかも全く分からない少女にときめくとは考えもしなかった。
いや待てよ、寧ろこの際そこら辺に転がってるむさ苦しい漢よりもこの可憐な少女に…
アシリパちゃんの声ではっと意識を呼び戻す。
肩には先程までアシリパちゃんが手にしていた毛皮のマントがかかっていた。
たった1枚なのに本当に暖かくて、驚きと同時に尚更この少女の素性が気になる。
慣れた手つきで火をおこしてしまった少女にほとほと関心しながら、葉っぱの敷かれた地面に腰を下ろした。
駄目だ。
あくまでも彼女はきちんと役者を演じ切るつもりらしい。
肩を竦めて膝を抱えたその時。
盛大にお腹が鳴った。
慌てて自分のお腹を押さえていると、アシリパちゃんが口元に笑みを浮かべているのが目に入った。
なんてこった。
もうこれはドッキリとかいう類ではなく、夢なのかもしれない。
…いや、夢だ。夢なんだ、これは。
もういっその事、これはこれで楽しい夢だからエンジョイしてしまおう。
いや当たり前だろう、夢の中なんだから現実世界に無い食べ物が出てきてもおかしくない。
夢だと分かっているはずなのにまたもや聞いてしまう。
私がどんな質問をしても、アシリパちゃんは顔色1つ変えずに丁寧に答えてくれる。
ギョッとした目でアシリパちゃんの手元を凝視する。
彼女の手には大ぶりの刃物が握られていた。
その先には…リス(だったもの)。
丸太にのせられて皮を剥がれている。
まさかのここに来てスプラッタ展開?!
幸せすぎる夢は続かないってか?!
ぎゅっと目を瞑ろうとしたが。
思ったよりも普通の…なんなら3分ク○キングの様な流れに少し驚きながらも手渡しされた包丁よりも少し大ぶりの刃物を手に取る。
チタタプと言いながらどんどんペースト状になっていく肉を無心で砕いていく。
よく分からないが、なんだかクセになる作業だ。
夢ってのが惜しいな。
この子大人になったらマジで仕事出来るぞ。
是非うちの会社の救世主になって欲しい…
ようやく話が掴めた。
つまるところ、このチタタプ?はひき肉という事だろう。
それを丸めてつみれみたいにして、オハウ…まぁ汁物に入れて鍋みたいにして食べるって事か。
グツグツと煮立った鍋…いや、この場合いっそ夢に没入する為オハウと言っておこう。
お母さんみたいなセリフがアシリパちゃんの口から飛び出し、なんだかおかしくなって笑みがこぼれた。
何度か息をふきかけて冷ましていたが、なんだか完全に冷ましてしまうのは勿体無くて思い切って口に入れる。
夢だとは到底思えない旨味が口いっぱいに広がる。
幸せが身体中を駆け巡り、ほんわかとした表情を浮かべた。
聞き慣れない言葉をアシリパちゃんが口にした。
そんな言葉、勿論初耳。
いただきますの代わりなのかな?なんて思いながらじっと手元のオハウを見る。
身を寄せあって毛布をかぶりながらアシリパちゃんとそんな会話をする。
夢のくせしてちゃんと眠気が襲ってくるし、人肌のおかげで尚更瞼がくっつきそうになる。
段々と薄れていく意識の中、私がひたすらに願ったのは…
これが夢じゃないこと。
それから、夢だとしてもまたこの素性も知らない少女と一時を過ごす幸せな夢を見られること。
その2つだった。
アンケート
ぶっちゃけどう?
おもんない
7%
まぁ普通
23%
いいんじゃない?
70%
投票数: 71票
アンケート
ぶっちゃけどう?
ながい
13%
みじかい
24%
ちょうどいい
63%
投票数: 70票












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。