Koji Side
毎日、夜遅くまで部屋についている明かり。
扉を薄く開いてみると、リビングでパソコンとにらめっこしているあなたの姿。
眉間にしわを寄せて、何かを考えているらしいけれど、全然手が動いてないところを見ると、あなたふうに言う、ことばの風が止まったってやつ。
ごめんね~ってパソコンを閉じて、伸びをするあなた。
多分作業を始めたんは22時頃で、今は夜中の2時。
いつも頑張りすぎやで?って言うたことはあるけど、凡人だから人より努力しないとって笑うだけだった。
大丈夫って、そう言うて笑ってるけど、今日の俺はそれを見逃せへんのよな~…。
だって、今にも泣きそうな顔してるから。
あなたに頑張ってほしいって気持ちはいつもある、あるんやけど、そんな顔してほしいわけとちゃうねん…。
何かを作り出す難しさを、軽率に語れるわけない。
小説家の彼女の、あなたの、あとは照兄か…が悩む姿を見てたら余計にそう思う。
俺たちだって、アーティストとして曲やダンスを作っているけど、0からじゃない。
作曲者や作詞者、ダンスは照兄ぃや振付師さんが考えたものを使ってる。
見せ方、とかを自分で考えることはあっても、1から振り付けを考えることは…まあない。
だからこそ、照兄ぃのこと尊敬してるし、どの曲も大事にしようって俺らは思えるんや。
作ってくれた人ごと、全部が好きになれるんや。
大丈夫、とパソコンを隠すようにぎゅっと抱きしめると、小さな体はすっぽりと俺の中に納まる。
自分の書くものに自信がないと、彼女はよく言うけれど、俺はそうは思わんのよ。
一つ一つ心を込められた文書は、読むとその情景が心の中に浮かんでくるみたいに想像できる。
温度とか、質感とか、目に見たわけじゃないのに、読んだだけで浮かんでくるんよ。
これってすごいことやない?
だからすごいんやでって言っても、全然あなたは信じてくれへんねん。
ほんま、俺が拗ねてまうわ。
彼女が書き進めたデータを大事に保存して、パソコンシャットダウンして、ちょっとだけ泣いてる彼女を抱き上げて、一緒に布団に向かう。
腕の中に閉じ込めて、おでこにキスしてからお休みっていうたら、少し眠くなったのか、かすれた声でこーちゃんと呼んできた。
寝る前ののんびりした喋り方で、ちょっとだけ笑った彼女の眉間にさっきのしわがないことを見てちょっとホッとした。
悪い夢を見ませんように。
夢の中でも、彼女に会えますように…。
そんな願いを込めて、俺も目を閉じた。
Girl Side
きっかけは些細なことだった。
ちょっと人よりも文章を書くのがうまかっただけ。
まとめる力があっただけ…。
風景を言葉にするのが好きだっただけだった。
小説を書くためにたくさん勉強をした。
言葉、色、いろんな文化に対する知識…。
そのために集めた参考書と、言葉を生かすための辞書はいつの間にか棚を覆い尽くした。
こーちゃんと出会ったのは、まだ駆け出しで文書を書くのが楽しかった時。
メールも好きだけど手紙を使ったり、一緒に住み始めてからは書置きをしたり、言葉を通してこーちゃんとつながれることが、とても嬉しかった。
小説家として、決して華やかなデビューではなかったけれど、本を出せたときは、こーちゃんも一緒に喜んでくれた。
誕生日には、部屋の棚にある本があなたのことを押しつぶさんように!って笑いながら、電子書籍をプレゼントしてくれた。
何かを勉強するためにどこかに行くときは、興味がない素振りなんて見せずに一緒についてきてくれて、帰りの車で疲れて寝ちゃった私に文句一つ言わずブランケットをかけてくれて。
夜遅くまでパソコンに向き合ってる私に、いつの間にかコーヒーを淹れてくれるような優しい彼氏。
今書いているのは、恋愛小説。
暖かくてほっこりするようなものにしたいのに、突然、言葉は私に味方をしてくれなくなった。
言葉を紡ぐって、とっても難しいことなんだって、こういう時に凄く思う。
普段は頭の中で溢れる言葉が止まると、まるで周りに置いて行かれるような感覚になる。
本を出すようになって、誰かに見られるという感覚が増えて、より自分のものが面白くなるようにと努力をしようとするけれど…。
電子書籍でも、紙媒体でも、売れ行きは芳しくない。
一冊でも売れたらすごいことやで?というこーちゃんの言うこともわかるけれど、一度むくりと首をもたげた自己承認欲求は、勝手に大きくなって、誰かに評価されたいという気持ちが膨れ上がる。
いつも私の中にいる見えない敵は、私の心の中の柔らかくて弱い部分を的確に攻撃してくる。
それが苦しくて、何度も小説を書くことをやめようと思った。
でももし筆をおいて、物書きじゃなくなった私は、何が残るんだろう…そう思うとさらに怖くなって、筆をおくこともできない、満足に書くこともできない…そんな毎日の中にいた。
私が泣いた朝、彼はいつも決まってフレンチトーストを焼いてくれる。
どんなに忙しくても、朝が早くても…。
一緒に住んだらあなたが泣いてるのにすぐ気づける!と豪語した彼は、その宣言通り私が不安になるといつもそばにいてくれた。
椅子に腰かけて、コーヒーをすすりながら…私のすりへった心を彼はこうして埋めてくれる。
こういう毎日が、嬉しくて、ちょっぴりくすぐったくて、照れくさくて、幸せ。
…………わかった気がする。
彼のおかげで勢いを取り戻した風は、きっと私を遠くまで連れていってくれる…そんな気がした。
Koji side
それは、あなたが書いた小説が世に出て、ほんまに2日くらいたったある日のこと。
聞いてへん聞いてへん!!
狡いぞ!!!!
って叫んだんは、昨日の夜にあべちゃんが投稿したブログを読んだから。
たしかに、あなたが書き終えて、発売される直前のサンプル本を、楽屋に置いとった俺も悪い!
これっていつ発売されるの?って阿部に聞かれて、日付も答えた記憶はある!
でもやなぁ…!!!!
ぷくっとほっぺたふくらませた阿部は、相変わらずあざとくて。
何が厄介って俺の彼女は阿部推しってことや…。
阿部がきっかけで、それを知ったのも、あべちゃんの感想に喜んでるあなたも、なんか全部悔しいねん!
家帰ったら阿部ちゃんのブログ読んでにやにやしてるであろう、彼女を想像して頭を抱えた。
彼女が書いた小説は、あなたが俺と出会った頃の話を綴っていて、等身大の恋愛がキュンとすると話題になっとったところに、阿部がブログで紹介して更に勢いがついたんよ。
腹立つから満面の笑みを浮かべてる阿部を写真に撮ってあなたに送り付けたった。
頑張ったんやから、これくらいのご褒美も…たまにはええやろ?
嫉妬はするけど今日だけ目瞑ったろ。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。