警報が鳴り止んで十分後。
基地の空気は完全に戦闘態勢へ変わっていた。
廊下を走る兵士たち。
飛び交う指示。
武器庫へ向かう幹部たち。
その中でショッピだけが食堂に取り残されていた。
「……」
椅子に座ったまま、静かに拳を握る。
身体がうずいていた。
戦場へ行け、と。
動け、と。
S国で叩き込まれた“兵器”としての本能が叫んでいる。
だが――。
(俺は今、敵国に潜入中や)
下手に動けば正体がバレる。
軍人としての動きは隠さなければならない。
そう判断し、ショッピは視線を落とした。
その時。
「何しとるん?」
声がした。
顔を上げると、武装を整えたゾムが立っていた。
ナイフを腰に下げ、いつもの軽い笑みを浮かべている。
「……別に」
「戦場行きたそうな顔しとる」
「してません」
「するやろ。軍人の顔やぞそれ」
ドク、と心臓が鳴る。
ショッピは無意識に表情を消した。
だがゾムは追及せず、ただニヤッと笑った。
「来る?」
「は?」
「任務」
ショッピは眉をひそめる。
「……頭おかしいんですか」
「よぉ言われる」
「敵かもしれん奴を?」
「俺、勘ええねん」
ゾムは平然と言った。
「お前、悪い奴ちゃうやろ」
「……」
その言葉に、ショッピは返事ができなかった。
悪くない?
自分が?
今までそんな風に言われたことなど、一度もない。
S国でのショッピは、“成功率の高い駒”でしかなかった。
「まぁ最終判断は総統やけど」
そう言ってゾムは食堂を出ていく。
数分後。
会議室へ呼び出されたショッピは、盛大に後悔していた。
「何でおるんですか俺」
「面白そうやから!」
グルッペンが即答する。
「理由が終わっとる」
トントンは頭を抱えていた。
「総統、普通こんなん許可しません」
「せやけどショッピくん強そうやし」
「“強そう”で決めんでください」
「俺は賛成」
ゾムが手を上げる。
「動き見たやろ。アレ素人ちゃう」
「……」
ショッピは黙った。
図星だった。
シャオロンも腕を組む。
「戦力になるならええんちゃう?」
「お前らなぁ……」
エーミールだけが静かにショッピを見ていた。
その視線は優しいのに鋭い。
まるで全部見透かしているみたいで、ショッピは少し居心地が悪かった。
「ショッピさん」
「……何です」
「あなた、人を殺したことありますね」
空気が止まった。
ショッピの瞳が細くなる。
反射的に殺気が漏れた。
部屋の温度が下がる。
兵士として染み付いた警戒心。
――踏み込むな。
その空気を感じながらも、エーミールは静かだった。
「でも」
彼は穏やかに続ける。
「あなた、“慣れてない”」
「……は?」
「本当に慣れてる人は、そんな苦しそうな顔しませんから」
ショッピの呼吸が止まった。
苦しそう?
自分が?
そんな顔、していたのか。
「……意味分からん」
かすれた声が出る。
するとグルッペンがパンッと手を叩いた。
「よし! ショッピくん同行決定!」
「無理矢理進めんな」
トントンのツッコミが飛ぶ。
だが結局。
ショッピはwrwrd軍と共に現場へ向かうことになった。
◇◇◇
西区域廃倉庫。
敵勢力による襲撃。
規模は小さいが、人質がいるらしい。
「ショッピくんは後ろおってな」
移動中、トントンが言う。
「何でです」
「怪我されたら困る」
「俺そんな守られる側に見えます?」
「見える」
幹部全員が頷いた。
「何で???」
ショッピは本気で理解できなかった。
自分は訓練された諜報員だ。
守られる側ではない。
なのに。
「細いし」
「顔幼いし」
「放っといたら消えそう」
「徹夜続きの顔しとる」
「……」
全部図星で何も言えなかった。
そして現場へ到着した瞬間だった。
――パンッ!!
銃声。
「伏せろ!!」
トントンが叫ぶ。
だがその直後。
物陰から飛び出した敵兵が、チーノへ銃を向けた。
「っ!!」
間に合わない。
誰もがそう思った瞬間。
紫色の影が走った。
ガキンッ!!
鋭い金属音。
ショッピが敵兵の腕を蹴り上げ、銃を弾き飛ばしていた。
動きが速すぎる。
そのまま回し蹴り。
敵兵が壁へ叩きつけられる。
静寂。
全員が固まった。
ショッピだけが冷静に敵兵を拘束していた。
無駄がない。
迷いがない。
洗練されすぎた動き。
軍人。
それも、かなり上位の。
「……あ」
ショッピが顔を上げる。
やってしまった。
完全に身体が勝手に動いた。
幹部たちの視線が集まる。
沈黙。
数秒後。
「ショッピくんめっちゃ強いやん!!!!」
グルッペンが爆発した。
「そこ!?」
ショッピが思わず叫ぶ。
「いや今の見た!?」
「かっこよ!!」
「蹴り綺麗すぎるやろ!」
「え、何あれ映画?」
「待ってください反応おかしい」
ショッピは困惑した。
もっとこう、“正体を疑う”とかあるだろう。
だが。
「怪我ない!?」
トントンが真っ先に駆け寄ってくる。
「……へ?」
「被弾してへん?」
「いや、してないですけど」
「ならええ」
ほっと息を吐くトントン。
ゾムは隣でニヤニヤしていた。
「やっぱお前強いやん」
「……」
ショッピは答えられなかった。
こんな風に。
自分の強さを“怖がられなかった”のは。
初めてだった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!